僕たちは出会ってしまった
ハロー、地球外知性体
木星軌道付近で遭遇した、巨大構造物。
グッバイアース号は、引き寄せられるように構造物に向かっている。
カイトは判断を迫られていた。
「どうしますか、マスター・カイト?」
「どうとは?」
「いえ、このままあの構造物に向かうか、逃げるかです」
このまま構造物に回収された場合、その先に待っている者が好意的だとは限らない。そもそも地球人と価値観を共有できる存在かさえ分からないのだ。
一方で、逃げたからといって生き延びることは出来ない。元々が片道切符の死出の旅。エモーションの提示している逃げとは、ここで安楽死するかどうかの確認だとも言えた。
とはいえ、カイトの結論は既に決まっていた。
「行ってみるさ」
「……よろしいので?」
「どうせ死ぬならやれることは全部やっておこうかなってね。公式に発表されている範囲で、地球外知性体と初めてコンタクトを取った地球人って情報も追加しておいてくれるかい」
「それはもちろん」
船は構造物に向かいながら徐々に減速している。エモーションが船の速度を落としているのかと思っていると、きゅるきゅると音を立てた。
「マスター・カイト。船のコントロールが掌握されています。どちらにしても逃げるという選択肢は選べなかったようです。申し訳ありません」
「仕方ないね。僕たちのゴールはここだったってわけだ」
どこからこの構造体がやってきたかは知らないが、少なくともようやく木星軌道までやってきたカイトたち地球人と比べるべくもなく、その技術が隔絶しているのは明らかだ。
邂逅は止められない。
それならば、出来るだけ楽しむしか方法はない。
ロッカーに向かい、生命維持スーツを取り出す。
「さて、どんなクリーチャーと会うことになるのかな」
「ですから古典ムービーを見すぎだと」
エモーションの呆れたような突っ込みは、やはりまだ切れ味が鈍かった。
***
引き寄せられたグッバイアース号は、巨大構造物の内部に自然と招き入れられた。どうやらこの構造物は巨大な宇宙船であるらしい。
エモーションはすでにグッバイアース号とのリンクを切っており、機体を動かしているのはこの構造物の中にいる誰かである。
と、唐突にエモーションが落下した。カイトの体にもずしりと負荷がかかる。重力だろうが、この重さは何とも懐かしいと思える。とはいえ、伝え聞いていたほどの辛さは感じない。毎日続けていた運動の成果か、ここの重力が地球ほどではないのか。
エモーションがきゅるきゅると音を立てた。カイトはエモーションのボディを持ち上げると、メインルームの壁面に設置されていた重力下用の制御ユニットに接続させる。
「ありがとうございます、マスター・カイト」
「どういたしまして。さて、ここには重力があるようだね」
重力下用ユニットが駆動し、エモーションがふわりと浮かび上がる。
相変わらず船は自動で動いている。重力の影響下に入ったということは、目的地は近いのだろうか。
「マスター・カイトはあまり不安に思っていないようです。バイタル正常」
「そりゃ、ここまで来たら好奇心の方が勝つさ。有無を言わさず殺されるってことはなさそうだし」
「その根拠は?」
「そんな気があるなら、ここに来るまでの間に殺してるでしょ」
「そうでしょうか」
「地球人のサンプルとして標本にされる可能性もあるかな?」
言っておいて何だが、その可能性は低いと思っている。
こんな巨大建造物を作るほどの文明であれば、技術力や資源の差は明らかだ。わざわざカイトを招き入れる意味も必要もないだろう。
あるいは地球の文明を滅亡させたのは彼らなのかもしれないが、それならそれでどんな理由でそんなことをしたのか聞いてみたくもある。あくまで知的好奇心を満たすために。
楽観的なカイトに呆れたのか、エモーションは無言できゅるきゅると音を立てた。
思ったより多彩な表現技術を持った機械知性である。
***
船が止まる。
カイトは特に躊躇なく、出入り口の扉を開けた。生命維持スーツは既に着ているから、しばらくは保つと判断している。命への執着を止めた地球人の好奇心と行動力を舐めてはいけない。
エモーションが外の空気組成を調べていたが、「スーツは脱がないでくださいね」と言われたので地球人が生存しやすい状態ではないのだろう。
グッバイアース号から降りて、水色の床に降り立つ。天井と壁、床とそれぞれ色が違うのは、何かの意図があるのだろうか。
振り返ればグッバイアース号。そういえば初めて外観を見たが、ずいぶんとツギハギだらけの姿をしている。よくここまで保ったものだと背筋が少しばかり寒くなった。
「ハロー、地球外知性体の皆さん」
取り敢えず、外部マイクをオンにして語りかける。
暫くの沈黙の後、どこからともなく聞こえてきたのは。
『こんにちは、アースリングの方』
中々に流暢な母国の言葉だった。
驚きはあまりない。カイトは彼らがここにいる理由の仮定、そのいくつかを脳裏から追い出した。
少なくとも、こちらの挨拶に返事を出来る程度には地球の文明を観測していたと分かったからだ。
『アースリングの生存に適した気体組成の空間を用意しました。通路を開放しますのでお越しください』
「それはどうも」
音もなく、壁の一部が開いた。扉のようには見えなかったが、どういう仕組みなのやら。
特に反抗する意味もないので、開かれた通路を歩く。少しばかり後ろをエモーションがついてくる。
天井が白色の、壁面が緑色のほのかな光を放っている。通路に継ぎ目がないのを不思議に思いながら、進んでいく。
「エモーション。何か異常はあるかい」
「特にありません。空気の組成も変化はないですね」
「了解」
少しだけ右にカーブしている通路を、ひたすら進む。
機械的な音が、壁の向こう側から時折聞こえてくる。どれ程歩いたか、ようやく正面に壁面を捉えた。
立ち止まると、背後でぷしゅっと空気の抜けるような音がした。振り返れば、背後が塞がれている。
「エモーション?」
「位置座標がわずかにずれました。扉が閉じたのではなく、我々のいる場所が少しずれた形です」
「ふむ」
特に足元が動いたようには感じなかった。これが彼らの技術力か。
と、エモーションがきゅるきゅると音を立てた。
「この場所の空気組成が入れ替わっています。どこにも空気口らしいものはないのですが……」
困惑している様子だ。エモーションに分からなければ、カイトにもそのカラクリは分からない。そのまま動きがあるのを待っていると、唐突に目の前の壁面が右に動いた。ふたたび通路があり、その奥には扉らしいものが見える。
どうやらそこが目的地であるらしい。近づいてみると、音もなく扉が開いた。半ばから上下に分かれる扉というのも珍しい。
「ようこそ、勇敢な。あるいは無謀な旅人。あなたは私たちと能動的に接触した初めてのアースリングです」
「はじめまして、地球外知性体の方。僕は地球から来たカイト・クラウチです。こちらは相棒のエモーション」
「はじめまして」
部屋の真ん中に座っていたのは、二足歩行の人物だった。地球人と比べると体毛が少しばかり多いが、思っていたよりかなり人間に近い姿をしている。
顔立ちも人間とほぼ同じだ。薄紫色の肌が地球人とは違う以外は、これと言って違いが見当たらない。
エモーションが「この空間ではスーツを脱いでも大丈夫です」と言い出したので、取り敢えずヘルメットだけを外す。文化が違うとはいえ、顔を見せている相手に自分の顔を見せるのは礼儀だろう。
「丁寧な挨拶に感謝します。ミスター・カイトとお呼びしても?」
「ええ、もちろん。僕はあなたを何と及びすれば良いでしょう」
「これは失礼しました。私はリティミエレと呼ばれるのが最も近しいでしょう」
「分かりました、リティミエレさん」
名前の時だけ発音に違和感を感じる。翻訳ソフトの類だろうか。
少しばかり毛深いリティミエレは、笑顔に見えるような表情を作ると、カイトに座るよう促した。床から直接生えたような椅子。
座ってみるが、特に拘束されることもない。エモーションが斜め後ろに来たので、取り敢えず引き寄せて膝の上に載せた。
「私たちはかなり以前からあなた方を観測していました」
「そうですか。この場所にいたのは、僕の乗る船を確保するためですね?」
「はい。私たちもまたこれを最後の機会だと思っていましたから」
最後の機会と言った。観測していたのであれば、地球の文明が崩壊したのも分かっていたはずだ。
リティミエレの言葉からすると、カイトと同じ選択をした者は他にいなかったようだ。
「僕以外の船で外を目指した者はいなかったのですね」
「はい。惑星外周部に居住していた百八十六名のうち、星に戻ったのが百四十二名。その場所に残留したのが二十五名。自ら命を絶ったのが十八名。時間経過を考えれば、残留した二十五名がこの座標まで到達することは出来ないでしょう」
「そうですか」
特に感慨はない。
宇宙空間にいたのは、宇宙ステーションなどに駐在していたスタッフ以外は大体が同じように追放刑に処された犯罪者たちだ。
中にはカイト同様に社会のあく抜き目的で追放された者たちもいただろうが、追放刑に処された大半は恐るべき重犯罪者である。カイトは興味を持たなかったが、ほとんどが地上に戻ったということは、文明の崩壊はそれほど致命的なものではなかったのかもしれない。
それよりも、カイトの興味はリティミエレの言葉にあった。最後の機会とはどういう意味なのか。
「最後の機会と言っていましたが」
「はい。アースリングの皆さんを迎え入れるかどうかの最後の機会でした」
「ふむ?」
「私たちは、そうですね……あなた方の言葉でいうと『連邦』という集団にあたります。私とこの人工天体のスタッフは、あなた方が母星からこの辺りの距離まで到達出来た時点で、私たちの存在を明かし、連邦への参加を提案する予定でいました」
「つまり、僕が例えば別の方向に進んでいたとしても、あなた達の仲間に迎え入れられたということですか?」
「はい。この程度の距離であれば、それほどの時間を必要とせず移動できますから」
「ということは、僕が皆さんと出会えたのは偶然や幸運ではない?」
「そうですね。ミスター・カイトが恒星を挟んで逆に向かっていた場合も、私がこうやって最初の面談をしたことでしょう」
少なくとも技術的な部分では、明らかに自分たちよりも彼らのほうが進んでいる。分かっていたつもりだったが、その規模についてはっきりと理解できてはいなかったようだ。
次から次へと疑問が湧いてくるが、あまりこちらばかり質問しすぎるのは失礼かもしれない。
カイトは残りの質問を三つと定め、リティミエレに問う。
「リティミエレさん。あまりこちらから聞いてばかりでも申し訳ないので、ここからは三つだけ質問します。最初の面談があなただったことに理由はあるのですか?」
「はい。私たちの経験則として、こういった最初の出会いの時に、自分と近しい姿をしている方が理解と共感が得られやすいという結果があるからです」
「なるほど」
「私たちの連邦には、知的種族として二千六百ほどが所属しています。前肢先端機能発達型種族はそのうち過半数を占めますから、アースリングの皆さんはあまり疎外感を感じることはないと思います」
前肢先端機能発達型種族。つまりは手のことか。カイトは思わず自分の両手をまじまじと見た。
似た姿の方が共感を得られやすいという経験則には納得だ。もし最初に出会ったのがリティミエレのような姿でなく、古典SFに出てくるようなタコの化け物であったら、これ程落ち着いて会話できただろうか。
他にはどんな姿をした種族がいるのかといった興味はあったが、残りの質問を優先することにする。
「次の質問です。我々を観測していたと仰いましたね。その理由は何ですか?」
「いくつか理由がありますが、現時点ではミスター・カイトに開示出来ないものもあります。ご容赦ください」
「そうですか。後で教えてもらえるのであれば構いません」
リティミエレは特に表情を変えなかった。開示をごねれば困った顔をするのかもしれないが、カイトとしても別に困らせたいわけではない。
そのまま次の質問に移る。これが今のところ最後の質問だ。
「では、今僕が思いつく最後の質問です。地球の現状を見る限り、地球にはあなた方の求める価値がもう存在しないのではないですか?」
「いいえ。私たちは資源と環境の問題から完全に解き放たれています。資源や環境のためにあなた方の星を求めるようなことはありません。ですが、文明の著しい後退はこちらでも確認しています。ミスター・カイトがここに到達しなければ、我々は観測を停止して連邦に戻っていたでしょう」
「僕たちが再び宇宙に飛び立つだけの文明を積み上げるまで、皆さんの興味の対象ではなくなるから、という理解で構いませんか」
「その考えは正解でもあり、不正解でもあります。その理由を説明するには、やはり現時点では難しいと思うのです」
「そうですか」
カイトは特に地球人類を代表しているわけでもないので、その点についても追及はしなかった。情報を急いで引き出す必要も感じていない。
それに、現時点ではとリティミエレは言った。条件を満たせば説明すると言っているわけだ。それならこの疑問にも答えはもたらされることになる。あくまでカイトの好奇心でしかないのだから。
質問を終えたので、この後は向こうの話を聞く番だ。
こちらが聞く姿勢になったと理解したのか、リティミエレが口を開いた。
「ミスター・カイト。あなたは連邦の市民権を希望しますか?」
その問いはあまりにも軽く発せられた。
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