第14話 興奮しちゃったかな?

 春樹と小夜は、噴水広場を歩き、カラオケで一時間歌って、ゲームセンターで少し遊んだ。


 その間、小夜は常に恋人つなぎで、ことあるごとに肩を寄せてくるので、春樹はドッキドキのワックワクだった。


「あ、カフェだ。ハニー、アイス食べてこ」

「お、おう」


 小夜に手を引かれるまま、春樹はついていく。


 流石に、席に座るときは恋人つなぎを解除する。


 小夜の手が離れると、軽い喪失感を覚えて、春樹は自分の欲しがりぶりが恥ずかしかった。


 小夜が選んだのは、向かい合う対面席ではなく、ソファ席だった。


 ソファにお尻を下ろすと、小夜はすぐ隣を手で叩いて、着席を促してきた。


 手は離れてしまったけれど、体の物理的距離の近さに、春樹は喪失感が埋まった。


 ソファに座ると、手元にMRメニューが表示された。


 アイスを選択すると、80種類を超える味が表示されて、どれを選択すべきか悩んでしまう。


「ハニーどうする? ボクは抹茶アイスにしようかな」


 ——マズイ、すぐ選ばないと優柔不断な男だと思われる。


「じゃ、じゃあ俺はバニラで」


 困ったときは一番無難なモノ。


 それが、桜庭春樹の哲学だった。


 結果、中学時代、とある界隈でつまらない男子ナンバーワンに選ばれたが、春樹はそれを栄光ある敗北だと自負している。


 MR画面でメニューを選択してから【会計】を押す。


 天剣学園は給料制で、学園側が管理している二人の電子マネーからは、アイスの代金が引かれたことだろう。


 1分もしないうちに、二人分のアイスを乗せたカートが自動的に走ってきて、春樹たちのテーブルの前で止まった。


「ありがと。ふふ、おいし」


 わざわざ配膳ロボにお礼を言ってから、小夜は抹茶アイスを手に取ってひとなめする。


 演技ではない、自然な、条件反射のようにお礼を言う小夜に、春樹は感心してしまう。


 ——小夜って、育ちがいいのかな?


「ん、どうしたのハニー?」


 小夜は、不思議そうに眼をぱちくりとまばたきさせた。


「あ、もしかしてアイスをなめる姿に興奮しちゃったとか?」


 いつもなら春樹の心を読むのに、今回はまるでわかっていない。やはり、さっきのお礼は、無意識に言ったことらしい。


「なんでもないよ、アイスおいしいな」

「むぅ……ふふ」


 なんでもないと言われた小夜は、ちょっと不機嫌になってから悪い顔で舌を伸ばした。


 艶めかしいピンク色が、アイスの表面を淫らに這っていく。


 セクシーな横顔に、春樹は息を呑んだ。


「あの、小夜さん? なにをしているのかな?」

「ん~、べつにぃ~」


 長いまつげの奥から、月色の瞳でこちらを見つめながら、小夜の舌はいやらしい動きをやめない。


「あ、垂れちゃう」


 わざわざ声に出してから、小夜は溶けてコーンから溢れそうなアイスを舐めとった。


「ッッ!?」


 春樹は内股&前かがみになって、口の中で頬を噛んだ。


 小夜が、にんやりと笑った。


「ボクの勝ちぃ」

「あ、あんまりからかうなよな」

「えへへ、ごめんねハニー」


 アイスを舌でなめる仕草がエロ過ぎて興奮したのに、舌先をちょこっと出した謝罪が愛くるしすぎて、逆に興奮が治まった。


 手の平どころか、舌先で転がされているようで、春樹はだいぶ悔しかった。


 ただし、だ。


「おい、あれナマクラじゃね。隣にいるの月宮だよな」

「学内美人ランキング一位候補筆頭の月宮が彼女とかどんなテク使ったんだ?」

「むしろどんな悪いことをすれば月宮と付き合えるんだ?」

「あぁ、月宮とデートできるなら、俺、一生童貞でもいい」

「くっ、恨みで人を殺せればどれだけ楽か……」


 カフェのそこかしこから、春樹に対する恨みの念が聞こえてくる。


 それが、心地よくて仕方ない。


 ——どうしよう、優越感が半端ない。


 どうだ、俺の彼女は可愛いだろ。小夜は世界一だろ。


 そんな感情が止まらない。


 ——改めて見ると、小夜ってマジでヤヴァイよな。


 美人でモデル体型で豊乳で、子供みたいに自由奔放な性格で甘えたがりかと思えば、時々オトナっぽい仕草を見せてくれる。


 それでいて所作は上品でマナーが良くて、自分が馬鹿にされても気にしないけど、愛する彼氏が馬鹿にされると怒ってくれる。


 小夜の愛には一部の疑いもないけれど、こんな至高の美少女が自分の彼女であることに、現実感を失いそうだった。


 勇雄と赫は、春樹のことを高く評価していたが、春樹からすれば、こんな可愛い彼女を助けるためなら、命がけで戦って当たり前だと思った。


 小夜が大人になったら結婚、その先には、幸せな夫婦生活が待っている。


 なんとしてもレギオンを駆逐し尽くして、小夜を延命させねば。


 春樹は、愛欲七割、性欲三割で、闘志に燃えた。


「ねぇハニー、抹茶バニラ食べる?」

「え、うんそうだな食べようかな」


 可愛い彼女からの提案を、春樹は半ば無意識的に飲み込んだ。


 ——抹茶バニラってなんだ? 抹茶とバニラのダブル? それとも抹茶とバニラが混ざり合ったアイス?


「じゃあ、はい」


 すぐ隣に座る小夜は、自分の抹茶アイスを一口食べると、春樹の頭を抱き寄せた。


 春樹はデジャヴする。


 一度目は、天剣検査会場で目の前で唇がちゅぱっと音を立てるエアキスだった。


 二度目は、入学式のデモンストレーション試合で、唇が触れるだけのバードキスだった。(舌先がちょっと触れた気がするけど)


 そして、今度は、小夜の舌先が口をこじ開けてきて、唇が重なると、隙間から抹茶アイスを送り込んできた。いわゆる、口移しだ。


 口の中で、春樹のバニラと、小夜の抹茶が混じり合って、えも言われぬ快感が脳髄を痺れさせた。


「ボクの愛情たっぷり、お手製抹茶バニラだよ」


 小夜の可愛いウィンク。


 春樹は鼻の奥に血の匂いを感じて、闘争心が無限に沸き上がってきた。


 今なら、レギオンの大群が相手でも、一人で一掃できてしまいそうな気がした。


 そうして春樹が心地よい全能感に酔いしれていると、無粋な声がかかってきた。

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