第13話 ハニーと恋人つなぎ

「桜庭、連絡先交換しようぜ!」


 放課後。

 講堂で本日最後の授業が終わった後、突然、見知らぬ生徒が声をかけてきた。


 ただし、確実に春樹のことをナマクラ、と馬鹿にしていたであろう生徒たちだ。


「え? なんで?」

「なんでって、俺らはせっかく同じ天剣学園に入学した仲間じゃないかぁ」

「何かあった時すぐ連絡がつくよう、連絡先の交換は当然だろぉ」


 違和感のありすぎる態度に、春樹は訝しんだ。自然と、眉根が寄ってしまう。


 しかし、コミュ力が高くない春樹は、上手く断る方法がわからなかった。


 そこへ、助け船が出る。


「はいはい、おれら急いでいるからまた今度なぁ」

「春樹の放課後の予定はしばらく空かないぜ」

「消えなさい」


 獅子王勇雄と紅羽赫が、半ば強引に春樹の肩をつかんで連れ去り、最後に九本が三下り半を突き付ける。


 クール美人の無感動な一言は強烈で、手の平返し生徒たちは、完全に色を失っていた。




「さっきのは何だったんだ?」


 そうして、講堂から抜け出した春樹は、廊下を歩きながら、勇雄に尋ねた。


「みんなお前に取り入りたいんだよ」

「俺に? 入学式で鮫島やアメリアを倒したからか?」

「それもあるけどな、学年主席の小夜の彼氏で、さっきは司令と食事だからな」

「ようするに、お前はナマクラどころから強くて彼女は主席で司令のお気に入りっつう三種の神器をそろえちまったってわけだ。昼休みのあいだ、食堂も行動もお前の噂で持ちきりだったんだぜ」

「ああいうのとは、付き合わない方がいいわ」


 勇雄の説明を、赫がまとめて、最後に九本が助言する。


 そのことに感謝しつつ、春樹はため息をついた。


「現金な連中だなぁ。でも大丈夫だよ九本。今更あんな連中におだてられて調子にのるような馬鹿はしないよ」

「詩織」


 ぽつりと、九本は呟いた。


 無表情で見つめながら、無感動にもう一度。


「九本じゃなくて、詩織」


 言われてみれば、小夜、勇雄、赫は下の名前で呼んでいる。


 自分だけ苗字で呼ばれることに、疎外感があるのかもしれない。


 だが。


「いやでも、女子を下の名前で呼ぶのってちょっと恥ずかしいな……」

「…………………………………………」


 九本は、眉一つ動かさず、じぃぃぃっと見つめてくる。


 クール美人が放つ無言の圧力というものは筆舌に尽くしがたいものがある。


 春樹のように、美人に弱い男子ならばなおさらだ。


 やがて、春樹は根負けして、頬を引きつらせた。


「えと、じゃあ、詩織」


 眉一つ動かさないまま、詩織から喜びの感情を感じた。


「まぁ、詩織がそれで喜んでくれるなら」

「え!? 今こいつ喜んでいるのか!? いでぇ!」


 赫が驚くと、詩織の鋭いローキックがスネに炸裂した。


 赫は固く目を閉じて、スネを押さえてうずくまった。


 その様子を笑いながら、小夜は手を叩いた。


「そうだ、せっかくだし今日は五人で学園内を回ろうよ」


 春樹たちは、入学前に何度も天剣学園で訓練をしている。


 けれど、入り口から真っ直ぐ訓練場へ行っては帰ることが多かった。


 施設案内も多少あったが、訓練や戦闘に関連する場所だけだった。


 カフェや中庭など、憩いのスペースをみんなと一緒に回りたいという欲求は自然だろう。


「おっ、いいな、いこうぜ!」

「おい待てよ」


 同調する赫を、勇雄が引き止めた。


「そういうことなら春樹と小夜の二人で行けよ。おれは馬に蹴られる趣味はないんでな。お前らの恋路は邪魔しないよ」


 眼鏡の奥で眼差しを和らげつつも、勇雄は強めに言い含めてくる。


「ワタシも遠慮するわ。ただし、退学になるようなことはしないでね」


 そう言って、詩織は退路を断つように、さっさとその場から離れてしまう。


「じゃ、そういうわけだから。行くぞ赫」

「え、あ、お、おうぅ」


 赫も、勇雄の背中を追って、その場から離れた。


「あいつら、気ぃ使い過ぎだろ……」


 その気持ちが嬉しい反面、少し、申し訳ない気持ちにもなる。


 けれど、小夜に手を取られて、意識をそちらに持っていかれた。


 小夜の五指が、春樹の五指の間に滑り込む。


 いわゆる、恋人つなぎだった。


 小夜の体温、やわらかい手の平の感触。いつまでもこうしていたくなる心地よさ。


 申し訳なさなんて、一瞬で吹き飛んだ。


 顔を上げると、小夜は満面の笑みで笑う。


「じゃあ行こうか、ハニー」

「あ、あぁ」


 春樹は、どうにかこうにか頷いた。



 ◆◆◆



 天剣学園には、驚くほど娯楽設備が整っている。


 カラオケ、ゲームセンター、ボウリング場。ワクドナルドやテンタッキー、スダバが、休みなく開店している。


 これは、生徒を極力、学園の外に出さないためと言われている。


 心理学的に言えば、人は力を持つほど共感性が低くなり、根拠のない自信を持ち暴走しがちになるらしい。


 十代の子供が、一般人など瞬殺できる戦闘力を持ち、国家を守るスターヒーローの地位を得れば、傲慢になる者もいる。


 本人にその気が無くても、新人ホルダーを狙った詐欺グループも、世の中には存在する。


 生徒が街で事件やトラブルを起こさないようにするため、あらゆる用事が学内で済むように設計されている、というわけだ。


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