第10話 ハニーなら、いつでもボクの部屋に来ていいからね
司令室を上書きするMR映像の円卓会議場で、秋月紅葉は厳かに言った。
「まずは、入学前の訓練における成果についてご報告いたします」
天剣学園への入学希望者は、中学生の頃から、定期的に天剣学園で訓練を受けることになっている。
そこで自分には向いていないと思う生徒は入学希望を取りやめ、引き続き入学を希望するものは、能力や適性値、訓練中の成績に応じて三つの部隊、
要人と重要施設警護のエリート部隊ガーディアン。
レギオンを討伐する殲滅部隊スレイヤーズ。
避難誘導と避難所警備業務を主とする予備部隊リザーブズ。
へと振り分けられる。
一人で二つの能力を持つダブルだが、能力は攻撃力のない水属性とライフイーターで、適性値の低い桜庭春樹は、リザーブズ入り確実だった。
しかし、彼は並々ならぬ努力と試行錯誤の末に、見事スレイヤーズ入りを果たした。
「ライフイーターは、殺した生物の生命力を奪い、自身の寿命を延ばし、死や病気を克服する力ですが、生命力を他人に供給することには成功しました」
年配の男女たちから、感嘆の声が漏れた。
「しかしながら。訓練中に蚊やハエ、ゴキブリなど、様々な種類の害虫を殺させてから、他の虫に生命力を注がせたところ、虫の寿命は数日しか伸びませんでした。桜庭春樹本人も、多くの生命力を吸収している実感はありませんでした。生命力の量は対象の寿命で決まるのか、体重——細胞の数——で決まるのか、また、伸びる寿命は、生命力を供給する対象によって変わるのか、それはまだ解りません」
眼鏡をかけた男が問う。
『何故だ。桜庭春樹に牛や豚を殺させればいいだろう』
「十五歳の少年に、実験のためだからと生き物を殺させることは得策ではありません。天剣の能力は、所有者の精神力を糧に発動しています。彼が心を病めば、どのような影響があるか解りません」
『生ぬるいことを。それでも人類を守るためにレギオン共を殺すホルダーか?』
「人類の敵であるレギオンを殺すことと、罪もない牛豚を殺すことは同列ではありません。学生隊員の心のケアも仕事のうちだと、私は自覚しております」
二人の会話に、鷲鼻の男が口を挟んだ。
『ふん、まあいい。実戦に投入し、レギオンを討伐させればわかることだ。先の戦いは見せてもらった。水属性でどれだけ戦えるか憂慮していたが、素晴らしい力ではないか』
「はい。本人に確認したところ、力の使用に制限はなく、むしろ、まだ余力を残しているようです」
化粧の厚い女性が、喜びの声をあげた。
『それは素晴らしいことね。秋月、彼をすぐにでも実践に投入しなさい。そしてレギオンを倒させ、ライフイーターの全容と限界を、一刻も早く解析するのです』
「では、桜庭春樹の優先的実践投入に賛同していただける、ということで良いでしょうか」
『ええもちろん。皆さんもそうでしょう?』
女性の呼びかけに、他のメンバーも口々に頷き、肯定した。
「承りました」
従順な返事をする秋月に、目つきの鋭い男が、噛んで含めるように言う。
『忘れるなよ。君の能力に欠陥があるとわかった今、桜庭春樹だけが、人類を永遠の命へといざなう導き手なのだ』
「肝に、銘じております」
秋月が無感動な声を返すと、MR映像は消失した。
円卓は消えて、そこには、いつもの司令室の姿があった。
若くて初々しい、そして愛らしい春樹と小夜を思い出しながら、秋月紅葉は毒づいた。
「老害共が……」
十年前、自分の能力にも群がってきた連中の顔を思い出す彼女の瞳には、憎しみの炎が静かに燃えていた。
◆◆◆
「小夜、女子寮の門限よ」
男子寮の桜庭春樹の部屋で、入学祝いをしていた月宮小夜たちだが、不意に九本詩織が時間に気づいた。
春樹もデバイスでAR時計を呼び出すと、視界に現在の時間が重なるように表示された。
現在の時刻は、午後6時52分だ。
天剣学園は全寮制で、学園の門限は6時、寮の門限は7時となっている。
「おっと、じゃあ早く帰らないと」
言いながら、小夜はお菓子の袋や、ジュースの入っていた空のペットボトルを集めていく。
どうやら、ゴミを持ち帰ろうとしているらしい。
「いや、片付けは俺らでやるよ。こんなことしてて入学式から門限破ったらマズイだろ」
「だいじょうぶだって、ささっと片付けてささっと帰れば」
「危ない橋をわたるなよ」
楽観的な小夜を、たしなめるように春樹は言い含めた。
すると、小夜は嬉しそうに小さく笑った。
「うん、ありがとね、ハニー。じゃあ帰ろっか詩織」
「ええ」
そう言って、小夜と九本は立ち上がった。
二人を玄関まで見送ろうと、春樹も立ち上がろうとするも、直前に気づいた。
いま、春樹は絨毯の上に直接腰を下ろして、テーブルに着いている。
その状態で小夜が立ち上がると、彼女をローアングルから見上げる形になる。
すると、彼女のスカート越しにもわかる腰幅や、ぎゅっとくびれたウエスト、そこから相反するように大きく膨らんだバストのボリュームを実感させられた。
——今更だけど……小夜ってスゴイな……。
何がどんなふうに、とは、深く考えないようにした。
ただし……。
「あ、ハニー。ハニーなら、いつでもボクの部屋に来ていいからね」
長いまつげに縁どられた、月色の流し目でセクシーな声で誘うあたり、小夜には春樹の欲望は筒抜けらしい。
春樹は口の中でくちびるを噛みながら、二人を玄関まで見送った。
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