第9話 彼女とそろって呼び出しをくらった

 入学式が終わると、司令に言われた通り、春樹は学園の司令室に向かっていた。


 その足取りは重く、頭の中にはどんよりと雲がかかっていた。


 そのすぐ隣を、小夜は猫のようにやわらかな足取りでついてくる。


「どうしたのハニー? 顔が暗いよー?」

「しょうがないだろ。せっかく小夜と同じスレイヤーズになれたのに、あんなヘマをやらかしたんだ。これのせいでリザーブズに降格、なんてなったらお前に悪いよ」


 春樹がレギオンの生命力を回収しなければ、小夜は生きられない。


 小夜にとっては、それこそ死活問題のはずだが、彼女はいたって明るかった。


「ボクが一緒に呼ばれているんだから、さっきの試合結果のごほうびでもくれるんじゃない?」

「小夜は全校生徒の前でキスしたからだろ?」

「だーいじょーぶだって。ハニーの強さはみんな知ってるんだし、そんなハニーを降格なんてさせるわけないよ」

「どうだかな。大人なんて汚いぞ。優秀な生徒よりお気に入りの生徒の成績を良くするんだ」

「う~ん、ボクが担任ならハニーの成績でだけ悪くつけちゃうかも。それでぇ放課後個人レッスンに持ち込むの」


 妖艶な笑みをたたえる小夜に、春樹は赤面した。


 イケナイ妄想がはかどる春樹の顔を、小夜は満足げに覗き込んできた。


 ドキドキが不安に勝って、悔しいけれど春樹は気分が少し晴れた。


 昔は、ここまで単純な男じゃなかった気がするけれど、恋人ができると男は変わるものだ。


 そうこうしているうちに司令室の前についた。


 春樹は三度のノックのあと、入室を促されて、ドアが横にスライドした。


 司令室は無機質で、生活感のない空間だった。


 部屋の奥のシステムデスクには、さきほど春樹が押し倒してしまった司令、秋月紅葉が腰を深く下ろしていた。


 彼女の背後は前面ガラス張りで、学園の施設を一望できる。


 春樹にはそれが、彼女がこの学園の責任者である象徴にも見えた。


「来たな。前置きは嫌いだ。単刀直入に聞くが桜庭春樹、あのボイルドボムというのは何度も使えるのか?」


 子供らしい高い声ながら、声音と語調は威厳に満ちていて、春樹は背筋を伸ばして、慎重に答えた。


「はい。あれは特別な技ではないので、何度でも使えます」

「威力はあれで最大か?」

「いえ、ボイルドボムなら、一度に直径一メートルのものまで作れます」

「ほう、それはいいな。水の盾、水流ジェットによる高速移動、過熱水の火力、過冷却水による拘束。うむ、戦いの幅が広い」


 口角を上げ、満足げにうなずいてから、司令は再度尋ねた。


「入学前の訓練成果と努力は聞いている。Cグループからの繰り上がりは過去にもあったが、水属性は初めてだ。何故、そこまでスレイヤーズに固執する?」


 相手を値踏みするような、鋭い視線に、春樹は背筋を固くした。


 戦う理由に、嘘をつきたくなかった。


 小夜に目配せをすると、彼女は頷いた。


「いいよ。別に隠してないし」


 小夜の了解を得て、春樹は説明した。


 小夜の心臓は、脈を打てる回数が少なく、大人になるまで生きられない事。


 小夜には、大人になって叶えたい夢がある事。


 そして、春樹のライフイーターなら、小夜の寿命を延ばせる事。


 だから自分は、一体でも多くのレギオンを倒したい事。


 全ての話を聞き終えても、司令は眉一つ動かさなかった。


 何を考えているのかわからない不気味さに、春樹の緊張はより一層強まった。


「月宮小夜」


 司令の視線が、小夜へと移った。


「最後の確認だ。お前は主席入学者だが、エリート部隊のガーディアンでなくていいんだな? 今ならまだ転属できるぞ?」

「ことわります。ボクはハニーと一緒にいっぱいレギオンを倒して、みんなを守って、ヒーローになりたいから」


 くったくのない笑顔でピースサインを作る小夜。


 それを目にした司令の顔からは、険が抜けた。


 むしろ、母性を感じさせるほどに、優し気な声を漏らした。


「ふっ、仲の良いことだな」


 その反応に春樹が驚く間に、司令は手を鳴らし、机に肘をついて前のめりになる。


「いいだろう。次にレギオンが出現した際には、お前らにも大人の隊員に混じって出撃してもらおう」

「え、いいんですか?」


 春樹に不満なんてあるわけがない。


 今のは、素人の自分でいいのか? という意味だ。


「構わんさ。詳しくは明日、話すのだが、レギオン討伐は研修として、学生も参加するのは知っているな?」

「はい」

「ただし、出撃頻度の多さ、優先順位がある。より上の学年、そして、1組の生徒が多く出撃することになっている」

「クラスによって変わるんですか?」

「うむ。1組は学年のトップランカーが集まる特別クラスだ。ただし、ホルダーズは組織だ。仲間との連携力も評価される。1組への選抜は、個人及び班単位で行われる。これも詳しくは明日、説明するが、もう班は組んだか?」

「はい。Bグループの獅子王勇雄、紅羽赫、九本詩織と組みました」

「奴らか、悪くない人選だ」

「え? 知っているんですか?」


 一般の生徒を、司令が把握していることが意外だった。


「当たり前だ。全隊員、全生徒の顔と名前は把握している。では、このことは班員にも伝えておけ。活躍次第では、五人そろって1組だ」

「「はい!」」


 春樹と小夜は、そろって頷いた。


 最初はリザーブズへの降格すら想像していただけに、春樹の喜びはひとしおだった。


 そうして、小夜を伴って司令室から出て行こうとすると、司令が一言。


「それと、忠告しておくがな桜庭春樹」

「はい」

「男女の肉体関係は心臓に負担をかける。小夜に若さゆえの衝動をぶつけるのはほどほどにな」

「はうぅっ!」


 一瞬でイケナイ妄想が広がって、春樹はその場で固まった。


「大丈夫ですよ司令。ドキドキさせるのはボクのほうですから!」


 小夜はベストスマイルで、ぐっと親指を立てた。


「そうか、ならば安心だ」

「どこが!?」


 小夜と司令は、二人仲良く、親指を立て合っていた。



   ◆◆◆



「「あっ」」


 司令室を出ると、獅子王勇雄と紅羽赫、それに九本詩織が立っていた。


 春樹は獅子王に尋ねる。


「待っててくれたのか?」

「お前らが司令室に行くって言うから、心配になってな。そしたら九本と紅羽も」

「そっか、心配かけたな」

「お、おう」


 なんだかおとなしい紅羽。


 その隣で、九本は何も言わず、ジッと春樹を見つめてくるが、これはいつも通りだ。


 獅子王が尋ねる。


「それで桜庭、司令はなんだって?」

「ん、ああ。次、レギオンが出たら俺らを出撃させてくれることと、それで活躍したらトップランカーが選抜される1組になれるって話だ」

「マジかよ! よっしゃ!」


 思った通り、紅羽は手を叩いて喜び、拳を突き上げた。


「ふっふっふっ、これで真のエースが誰か、やっと証明できるな」


 悪い顔をする紅羽に、獅子王は愛想笑いを浮かべながら春樹に言った。


「じゃあ、中学の頃はほとんど話せなかったけど、これからはよろしくな春樹」


 名前呼び、獅子王なりに、友達になった証拠だろう。


 春樹も、次からは『勇雄』『赫』と名前で呼ぼうかと考えた矢先、


「え? お前ら友達じゃねぇの?」


 何故か、紅羽赫が素早く反応する。


「ああ、おれと春樹は同じ中学だけど、一緒に遊んだことはないんだよ。クラスが同じだったのも一回しかないし」

「そうだな。仲が悪かったわけじゃないけど、それぞれ違うグループに属していた感じだな」

「なぁんだそうかそうなのかぁ。ほんじゃ、これからはよろしくな」


 それを聞くと、赫は、妙に安堵した顔で笑う。


 さっきの妙な雰囲気と合わせて、春樹は察した。


 ——あ、さてはこいつ、俺と獅子王が同じ中学で自分だけよそ者なことに気が付いて気まずくなってたな。


 女子ではあるが、ついでに九本も同じ中学である。


 ——俺、勇雄、九本が同じ中学で、小夜は俺の彼女だし、赫的には疎外感あったんだろうなぁ……。


「よっしゃあ、俺が五人でテッペンとるぜぇ!」


 ——赫って、自信家に見えてけっこう繊細なのな。


 初対面から小夜に決闘を申し込んできたときは失礼な奴だと思った春樹だが、今はなんだか、仲良くなれそうな気がしていた。


「じゃあみんな、ボクの部屋で入学祝いしようよ」

「遠慮するわ」

「えーやろうよパーティー」


 けんもほろろに断る九本。小夜は、九本にもたれかかり食い下がるも、九本は微動だにしなかった。


「ハニーは付き合ってくれるよね?」

「いや、えっとそれは……」


 春樹は、すぐには答えられなかった。


 小夜の部屋でパーティー。


 それはつまり、勇雄や赫も行くということだ。


 それで春樹が最初に感じたのは、自分以外の男子が小夜の部屋に入ることへの抵抗感だった。


 思いがけない自分の独占欲と束縛彼氏ぶりを恥じながら、春樹は答えた。


「じょ、女子の部屋に行くのは恥ずかしいかな」

「じゃあハニーの部屋にしようか。ねぇ行こうよ詩織ぃ」

「ええ行くわ」

「なんでだよ!?」

「気が変わったのよ」

「この10秒で何が!?」

「いいじゃんハニー。ハニーだって詩織みたいに可愛い子がいたほうがいいでしょ?」

「彼女的にはそれはありなのか?」

「うん。可愛い子に囲まれてもなおボクを選んでくれたほうが嬉しいし」

「お前、けっこうアブノーマルなんだな……」


 春樹は、彼女の意外な一面にへの字口を作った。



   ◆◆◆



 司令室のドアをロックして、司令の秋月紅葉は、MR会議を開始した。


 先程まで、春樹と小夜のいたそこは、司令室であり司令室ではなかった。


 いまや、秋月紅葉の司令室はMR映像に塗り潰され、円卓会議上になっていた。


 仮想現実のAR。

 複合現実のMR。

 仮想現実のVR。


 こうしたXR技術の進歩で、現代では、組織の要人が物理的に集まる必要はなくなっている。


 秋月紅葉の耳裏に装着したデバイスが、上層部のサーバーから送られてくる映像データを、皮膚越しに彼女の視覚視野へと電気信号を送り、この映像を見せている。


 よく見れば違和感はあるものの、ぱっと見では、本人がそこにいるかと錯覚するような映像だ。


 円卓に居並ぶのは、いずれも年配の、そして高そうなスーツに身を包んだ男女だった。


 秋月紅葉は、厳粛な顔で、彼らに告げた。


「ではこれより、桜庭春樹のライフイーターに関する報告を始めます」


 そこには、春樹に見せた母性は、欠片も映ってはいなかった。

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