第8話 最強彼女の異能は?
「すっげぇえええええええええええええ!」
「はぁっ!? マジかよ!? 水が爆発したぞ!」
「鮫島が一撃!? ナマクラの奴、爆発属性なんて持っていたのか?」
「いや、あいつは水属性だ、水蒸気爆発だろ?」
「水属性だからってそんなことできっかよ。なら他の水属性だってやってる!」
「おい、今のちゃんと撮ったか!? これは凄い画だぞ!」
「はい、ばっちりカメラに収めました!」
観客とマスコミの疑問に答えるように、春樹は声を大にして説明した。
「過冷却水の逆、過熱水。100度を超えた水は、刺激によって瞬間的に気化して爆発を起こす。呼び名がないと不便だから、俺はボイルドボムって呼んでいる」
絶縁体の純正水による雷撃無効。
水流による物理攻撃の軌道修正。
過冷却水による氷結攻撃。
過熱水による爆裂攻撃。
もう、この場において、水属性を馬鹿にする奴なんて、一人もいないだろう。
春樹がそう思った矢先、二階堂武蔵が猛進してきた。
「俺には関係ねぇなぁ!」
「!?」
速い。
天剣による肉体強化を考慮しても、異常な速さだった。
すぐさま過冷却水を浴びせるも、走る二階堂の体は、凍るそばから氷を砕く。
続けて過熱水によるボイルドボムを撃ち込むが、爆発の衝撃波にも動じず、二階堂は迫ってくる。
「桜庭! 二階堂の能力は超身体強化だ! おれらの肉体強化とは段違いだ!」
獅子王の助言に、春樹は目を見張った。
小細工無用。
ただ誰よりも力強い究極のゴリ押し。
その超暴力を前に、春樹はとっさに対応できなかった。
二階堂の太い腕が大ぶりな天剣を振り上げ、一息に下ろされる。
「ナマクラが粋がんなよド低能!」
春樹はとっさに、緊急回避を取ろうとした。
刹那。
目の前に迫った大剣が、何かに弾かれた。
二階堂は両足で急制動をかけて、何かを睨んだ。
ガラスのように透明な、だが確かにそこにある壁はドーム状で、二階堂を完全に閉じ込めている。
その表面に獰猛な視線を這わせ、二階堂は振り返った。
「これは……てめぇか、月宮!」
二階堂の背後には、夜色の髪を手でかきあげながら、にんまりと笑う小夜がいた。
主席入学者で、史上最高の適性値を持つ小夜の能力、それは【バリア】だ。
史上最も堅牢なる障壁に、二階堂の剣が敵うわけもない。
「ふざけんなよ出しやがれ!」
二階堂が一歩踏み出そうとすると、ドーム型のバリアの中に仕切り壁が形成されて、阻まれた。
二階堂が怪訝な顔をする間に、仕切り壁のバリアが次々生まれ、彼のスペースがみるみる減っていく。
「がっ、ちょっ、てめぇえええ!」
「あんまり大きな声を出すと、酸素無くなっちゃうよぉ。それにぃ」
弄ぶような声と流し目で二階堂を黙らせると、小夜は指を鳴らした。
それを合図に、二階堂を閉じ込めるバリアを包囲するようにして、無数の剣が空中に出現する。
切っ先を二階堂に向けて、ズラリと並ぶ剣の軍勢。
史上最高硬度のバリアで形成された剣の貫通力は、推して知るべしだ。
串刺しのハリネズミになる自分を想像したのだろう。
二階堂は頬を引きつらせて、その場で固まった。
「SUGEEEEEE!」
「TUEEEEEEE!」
「流石主席! 攻防最強のチート能力じゃねぇか!」
客席からは歓声が沸き上がり、最後の決着を望む声が高鳴った。
「あとはボクとハニーだけだね。ふふ、どっちが強いか、試してみよっか? ケガしたら、ボクが優しく看病してあげるね」
可愛いウィンクに、春樹は息を呑んでから、桃色の妄想を膨らませた。
「い、いやぁ、でも俺、もう充分目的は果たしたっていうか、小夜とは戦いたくないって言うか……あれ、ていうかもう一人いなかったっけ?」
春樹は、名も知らない無言の少女の姿を探して、視線を彷徨わせた。
すると、彼女は、氷の柱に閉じ込められるアメリアの近くにいた。
——ん?
「こんなもので、このアタシに勝ったつもりにならないでよ!」
アメリアが眉間にしわを寄せて声を張り上げると、氷の柱に異変が起きた。
ミシミシと音を立てると、氷はアメリアの体を覆っていた部分だけ砕け飛んだ。
きっと、うまく体に触れている氷だけに、横向きの重力をかけたんだろう。
しかし、結果として、氷の柱は支えとなる下部が大きく欠けることになった。
ゆっくりと、氷の柱が倒れる。
あの、無言の少女目掛けて。
「まずい!」
春樹は脊髄反射で飛んでいた。
手足と背中から、水をジェット噴射のように放出して、芝生の上を水平に飛びながら、超高速移動をした。
「間に合え!」
叫びながら、春樹は少女に手を伸ばした。
氷の柱が倒壊して、芝生を圧し潰した。
観客の誰もが瞠目する中、フィールドには、少女を抱きかかえ、芝生の上に転がる春樹の姿があった。
少し離れた場所で砕けている氷の柱を横目に、春樹は息をついた。
「ふぅ間に合った……君、大丈夫? あれ?」
助けた時の勢いで、少女の帽子は脱げていた。
少女然とした童顔ながらも意志の強そうな眼差し、長い赤髪、彼女は、どこかで見たことがある。
確か、天剣学園のパンフレットでだ。
「貴様、いつまで女を抱いている」
少女が初めて喋った。
そのことに驚いてから、春樹は自分が女子を抱きしめている事実に気が付いて、慌てて上体を起こした。
おかげで、彼女の正体が頭から失念してしまうのだが……。
「だいじょうぶですか司令?」
いつの間にか、男性教頭が近くに立っていた。
——というか、司令って、え?
「え!? 司令!?」
「馬鹿者め、今更気が付いたか」
少女は小さな体で立ち上がると、平らな胸を張って告げる。
「自己紹介が遅れたな。私がこの学園の学園長でありホルダーズ司令、秋月紅葉(あきつきもみじ)だ」
「が、学園長!?」
それで、春樹は完全に思い出した。
どうりで、パンフレットで見たことがあるはずだ。
ただし、司令と言っても、十年前に生まれた世界初の天剣使い一期生なので、年齢はまだ25歳だ。
加えて、能力の関係で外見は小学生なので、あまり威厳はないと、パンフレットではそう思っていた。
けれど、いざ本人を目の前にすると、幼い外見には似つかわしくない威圧感に満ちている。
この数か月の間に、培った技が、アメリアや鮫島を倒した技術が、彼女には通じる気がしない。
——ていうか、もしかして俺、すごく失礼なことをしてしまったんじゃあ……。
「皆が消極的な戦いをするようであれば、私が手ずから鉄槌を下すつもりだったが、御見事と言っておこう。それと貴様、後で話がある。入学式が終わったら司令室へ来るがいい」
「え!? いやすいません、押し倒すつもりはなかったんですよ! わざとじゃありません!」
司令に嫌われれば、レギオン討伐に回してもらえないかもしれない。
そうなれば、レギオンの生命力を回収して小夜に供給するという春樹の目的は達成できない。
春樹は必死に弁明を考えるが、そこへ……。
「ハ、ニ、イー」
小夜が上機嫌なステップを踏みながら近寄ってきた。
「小夜、ちょうどよかった、俺は棄権するから優勝は小夜が――」
「いくよー、ボクの必殺技」
春樹の言葉を遮って、小夜は手首を曲げて両腕を突き上げ、鶴のようなポーズをとった。
一体なんだと思って春樹が身構えると、その両手が春樹の頭をつかみ、強引に引き寄せた。
「え?」
「奥義、バードキス」
ちゅ、と小夜の唇が一瞬だけ、春樹の唇に触れてきた。
やわらかくてみずみずしい感触、温かくて、湿った感触。
唇が触れ合うだけのバードキス。でも一瞬、確かに一瞬、舌先が触れたような感じがした。
その曖昧な刺激と、小夜とキスをしたのだという確かな現実が、15歳の桜庭春樹の脳髄を熱した。
「あ、あの……小夜……いまもしかして……」
小夜は、頬に指先を当てて可愛くウィンク。
「ファーストキスあげちゃった」
春樹は気を失った。
そして、その顔は、とても幸せそうだった。
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