第5話 クール美少女を勧誘

「そうだ桜庭、さっき何か言いかけていたけど、五人目に心当たりがあるのか?」

 獅子王の問いかけに、春樹は彼女の存在を思い出す。


「あぁ、九本詩織(くほんしおり)だよ。同じ中学校の。獅子王も会ったことないか?」

「同じBグループだったから知っているけど話したことはないな。中学のときからいつも一人で本ばかり読んでいるし、人付き合いが苦手なのかと思って」

「いや、あいつ話かければ普通に返してくれるぞ。でも自分から声かけるのは苦手みたいでさ。だからペアや班決めの時は、いつも俺があいつを誘ってるんだよ。今回もあいつ、俺のことアテにしているかもしれないから、声かけておきたいんだけどいいかな?」

 春樹の問いかけに、獅子王と小夜、紅羽は頷いた。

「おれは構わないぞ」

「ボクもハニーの知り合いならいいよ」

「あいつ結構強かったし、おれ様もいいぜ」

「ありがとう。じゃあ……えーっと……あ、いた」


 件の少女は、小夜のことを遠巻きに眺める群衆の前列に混じっていた。


 たぶん、今までのやり取りを観ていたのだろう。


 いまは、誰かに声をかけられ、何かを断っているところだった。


 話しかけた男子が、残念そうに離れていく。


「おい九本」


 名前を呼び掛けながら、春樹は九本に歩み寄った。


 彼女も、クールな表情でこちらへ振り返る。


「春樹」


 人形のように無機質な呼び捨てにしてくる彼女は、目立つ容姿をしていた。


 うなじで一本結びにした髪は長く、腰まで伸びているうえに純白で、肌は、小夜よりも白かった。

 瞳は、ルビーのように赤く透き通っていて綺麗だった。

 生まれつき色素のない、アルビノ特有の美しさを持つ彼女は、群衆の中でもすぐに見つけられる。


「いま班員探しているんだけど、九本も入らないか?」

「いいわよ」

「え?」


 仲間に同じ中学の獅子王がいるとか、主席の小夜が一緒とか、説明しようと思ったのに、九本は打てば響くような即答だった。


「いいのか?」

「ええ、誘ってくれるなら誰でもいいわ」

「さっきの人たちは? 勧誘されたんだろ?」

「違うわ。彼らは……そう、キャッチセールスなの」

「入学式で!?」

「ええ、度胸のあるキャッチセールスだったわ」

「相変わらず九本は面白いな」


 無口無感動無表情。

 けれど、時々こうしてボケが入る九本のことを、春樹は気に入っていた。

 ただし、


「じゃあ、これからよろしくな」

「ええ」


 彼女の嘘がわかる春樹も、彼女が後ろで、コッソリと小さなガッツポーズを作っていることまではわからなかった。


 アリーナに、入学式開始五分前のアナウンスが響いたのはその時だった。



   ◆◆◆



 入学式は、大人のホルダーズ隊員によるホルダーの心構え、そしてレギオンの脅威に関する説明に始まり、教頭の挨拶へと移った。


 天剣学園は、教師も全員天剣使いだ。世界最初の天剣使いが現れたのが十年前なので、必然、教師は全員若い。


 教頭も、今年で25歳になる若い男性だった。


 それでも、定型文でも用意されているのか、普通の学校と同じく、ありきたりなセリフが続く。


 桜庭春樹は、教頭の話を真面目には聞いていなかった。


 どうしたら水属性の悪いイメージを払拭できるか。


 どうすれば小夜が後ろ指を指されない男になれるか。


 そればかり考えていた。


「え~、では皆さん、堅苦しいのはここまでにして」


 ——レギオン討伐は班行動で行う。俺の活躍でレギオンを倒しても、小夜のおかげ、なんて言われそうだしなぁ。


「ひとつ、デモンストレーションをしないか?」


 語調の変わった教頭の言葉で、春樹を含めた、全生徒たちの顔色が変わった。


「誰か、我こそはと思う生徒は今、この場で戦い、入学式に華を添えて欲しい」


 生徒たちがざわついた。

 こんな予定は聞いていない。

 マスコミもどよめいている。

 どうやら、学園からのサプライズらしい。


 その意味は、誰でもわかる。


 ここには全校生徒が集まっている。マスコミも、各界の著名人もいる。


 この場で戦い目立てば、スターへの道が一気に開けるだろう。


 最高のアピールの場を、教頭は用意してくれたのだ。


 ただし、生徒たちの反応はいまひとつだった。


「戦いに参加しない者は、客席へ移動するように」


 教頭の指示で、生徒たちは次々に踵を返して、客席へと続く階段を目指した。


 無理もない。

 下手に目立とうとして負ければとんだ恥晒しだ。

 ホルダーになった時点で勝ち組人生は確定。

 危険な賭けに出る必要はない。

 こんな催しに参加するのは、よほどの馬鹿と目立ちたがり屋だけだろう。

 つまり、こいつらだ。



「よっし、エースの力、見せてやるぜ!」

「はっ、誰がボスかわからせてやるよ」

 紅羽赫が両手を鳴らし、離れた場所からは、さっきの二階堂武蔵がやる気に燃えている。


「ボクも出ようかな。ここで優勝すれば、偉人伝のネタがひとつ増えるし。ハニーは?」

「もちろん出るよ。ここで勝てば、もう誰もナマクラなんて呼べないだろうしな」


 水属性の悪い汚名を払拭したい春樹にとっては、まさに天啓に等しい催しだ。


 全校生徒、マスコミ、各界の著名人の前で活躍すれば、それだけ多くのレギオン討伐を任せてもらえるに違いない。


 そうすれば、より多くの生命力を集めて、月宮小夜に注ぐことができる。


 春樹の目的は地位や財産ではない。


 あくまでも、小夜を延命し、彼女の夢を叶えることなのだから。


「そっか、桜庭が出るなら、おれも出ようかな」

「獅子王も?」

「ああ、桜庭とは一度戦ってみたいし、馬鹿な奴らが絡んできたらフォローするよ」

 獅子王勇雄のスマイルに眩しさを感じながら、春樹はお礼を言った。

「あとは……」


 獅子王の視線が、九本に向いた。


「九本はどうする?」

「興味ないわ」

「はは、だよな。じゃあおれらだけで参加するか。五人中四人が出るなんて、どんだけ目立ちたいんだって話だよな」


 客席へ向かう九本を尻目に、ちょっと自分ら下げをする獅子王。相変わらず、いい奴だと春樹は感心した。


 そうして、フィールドに残ったのは、次の八人だった。

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