第4話 俺の彼女のコミュ力が半端ない

「おい、テメェが主席の月宮か?」

 声のする方へ、春樹は首を回した。


 小柄な男子が腕を組んで、仁王立ちしていた。

 赤茶色の髪に、気の強そうな釣り目で、いかにも負けん気が強そうな雰囲気だ。


「君、誰?」

 こちらを睨みつけてくる男子に、小夜は首を傾げて聞いた。


「おれ様は天剣学園一年生エース、紅羽赫(あかばねてらし)様だ! お前、入学式が終わったら俺と勝負しろ!」


 突然の決闘申し込みに、春樹はついていけず、まばたきをした。


「え、お前何言ってんの?」

「お前には聞いてねえよ。おれ様は月宮に言っているんだ。なんの実績もないくせに適性値が史上最高だからってどいつもこいつも月宮月宮ってフザケやがって。ホルダーに大事なのは腕っぷしだろ? なら、真のエースが誰か、おれ様がみんなにわからせてやるよ」


 口角を上げて歯を見せながら、紅羽は自信満々に鼻息を荒くした。


 随分と失礼な物言いだが、小柄でやや童顔気味なので、生意気小僧、という感じがして、いまいち迫力が無いし、あまりムカつかない。


 春樹も、

 ——うわぁ、なんか痛いやつ来たなぁ……。

 と辟易して、獅子王勇雄も小声で、

「おい、どうする二人とも。てきとうにあしらうか?」

 と呆れ気味だ。


 でも、小夜だけは違った。

「へぇ、君エースなんだ、凄いね」

 春樹から体を離して、くるりと紅羽に向かい合った。


 小夜は背が高いので、小柄な紅羽とは、あまり目線が変わらない。


 身長のことを気にしているのか、紅羽は不自然なくらい背筋を伸ばして、一ミリでも小夜より目線を高くしようと頑張りながら、胸を張った。


「へっ、まぁな」

「あれ? でもボク、訓練で君のこと見たことないよ? Aグループにいた?」

「んぐっ」


 紅羽の表情が固まった。


 入学前の訓練は、適性値や能力の強さに応じて、ABCの三つのグループに分かれる。


 トップランカーは、Aグループだ。


 でも、紅羽はそこにはいなかったようだ。


「ハニーは見たことある?」

「いや、Cグループにはいなかったな」

「あ、そいつおれと同じBグループだったぞ」

「うるさいぞ勇雄! 能ある鷹は爪を隠すんだよ! それに、おれ様の器は試験や鑑定能力なんかで測れるほど小さくねぇんだよ!」


 紅羽が顔を真っ赤にして怒る一方で、小夜は声を明るくはずませた。

「え、つまり規格外ってことだよね? すごいなぁ、流石にエースは違うよねぇ」


 オーバーに感心する小夜に、紅羽の頬がゆるんだ。

「お、おう、だろ? 流石は主席、わかってんじゃんか。天才は天才を知るってやつだな」

 紅羽はすっかり上機嫌だった。


「ねぇ、ならボクらと一緒に班を組もうよ」

「え? おれ様とか?」

「うん。だって君、エースなんでしょ? ボクなら、仲間に申し分ないんじゃない? ねっ?」


 小夜が、愛くるしい笑顔で紅羽の顔を覗き込む。

 その魅力に、紅羽はすかりほだされていた。


「そ、そうだな。うん。勇雄も、おれ様ほどじゃないけどまぁ悪くはないし、Cグループが1人いるみたいだけど安心しろ。お前ぐらいおれ様がカバーしてやるぜ! わははははは!」

 親指で自分のことを指しながら、紅羽は高笑った。


 そして小夜は、春樹へ振り返りながら、親指を立てた。


 メンバーゲット、みたいな顔で笑っている。


 ——小夜SUGEE……。


 彼女の持つ無限のコミュ力に、中学時代は陰キャ側だった春樹は、軽く恐怖を覚える程に驚いた。


 獅子王も、感心した様子で喉を唸らせた。


「お前の彼女半端じゃないな。これで四人だけど、最後の一人はどうする桜庭。入学してからじっくり選ぶか?」

「ああ、そのことなんだけど、最後の一人は――」

「おいテメェ」


 あと一人。そうなると、春樹はとある少女のことを思い出すのだが、不躾な声に遮られた。


 今度は誰だとまた振り返って、春樹はぎょっとした。




「なんでここにリザーブズが混じってんだよ?」


 人工芝を踏みつけ、そこに立っていたのは、180センチを超える長身と、格闘家を思わせる肩幅をした、目つきの悪い男子だった。


 左右には、仲間と思われる小柄な男子と、褐色の肌をした中東系の女子と、桜色の髪をした女子が立っている。


 でも、その三人はあまり怖くないし、敵意は感じられなかった。


 目つきの悪い男子が、ひとりで勝手に喧嘩を売ってきている感じだ。


 おかげで、春樹は怖じることなく、毅然と言い返した。

「俺はスレイヤーズだ。訓練中に試験をパスしたんだよ」

「お前がか?」


 男子は、春樹を睨みつけるように見下ろしてくる。

「でもお前、ダブルのくせに両方ハズレのナマクラなんだろ、画像回ってるぜ」


 男子が耳の裏のウェアラブルデバイスに触れると、目の前の空間にMRデスクトップが表示される。


 画面を何度かタップすると、デスクトップを反転させる。


 そこには、SNS上に出回っている春樹の画像が表示されている。


 検査会場で呆然自失の表情で座る春樹の画像の下には、


【ダブルでハズレ能力のナマクラ天剣使い】

【倒したレギオンの生命力を吸収するくせに水属性とか意味ねぇし】


 と表示されている。


「どんな方法でスレイヤーズになったか知らねぇけど、水属性のホース野郎がどうやってレギオンと戦うんだよ? 水浴びでダメージ受ける奴がいるか? 超高速で叩きつけるなら岩や金属のほうがいいだろ? どうせ後で退学か、リザーブズに堕とされるんだ。夢見てんじゃねぇよ」

「二階堂、弱い者いじめは許さないわよ」


 褐色の肌をした女子が、悪事は見逃さない、と言わんばかりに眼鏡の位置を直しながら、語気を強めた。


 しかし、二階堂はどこ吹く風だ。


「こいつのために言ってやってんだよ。頑張ればきっとなんとかなる、なんて言うのは簡単だけどな、それで傷つくのはこいつなんだぞ。それともお前は、こいつが成功する責任持てるのか?」

「それは……」

「いいよな。お前は敵や味方の位置がわかる索敵能力に天剣が攻撃力抜群の対物ライフルだ。将来は安全圏からバシバシ味方を援護して大活躍だろうぜ。でもな、そうやって安全圏から無責任なことを言うのは駄目だぜ」


 褐色の眼鏡女子は言い返せず、黙ってしまう。


 それと入れ替わるように、今度は小夜が口を挟んだ。


「ちょっと、リザーブズ堕ちとか勝手に決めないでよね」


 小夜は、きゅっと眉を吊り上げた怒り顔だった。

 紅羽の時とは態度が違う。

 自分が馬鹿にされるのは良くても、春樹が馬鹿にされるのは許せない様子だ。


「はっ、主席様か。お前だって、どうせ雑用や囮用に仲間にしたんだろ?」

「ハニーはボクのハニーだ!」

「え? ハニ、付き合ってんのか?」


 二階堂の眼は丸く、口はぽかんと開いた。


「そうだよ。ラブラブなんだから」


 小夜が大きな胸を張りながら、得意げに息をつくと、二階堂は頬を引きつらせ、迫力はみるみる委縮していく。


「な、ナマクラが彼女持ちって……」


 桜髪の女子、褐色女子、小柄な男子が口々に言う。


「武蔵、あんた確か」

「言うな!」

「二階堂。泣いたらダメよ」

「泣いてねぇし!」

「武蔵君元気出して!」

「超元気だよゴルァ! いいか桜庭、いくらいきがったってな、水属性なんて何の役にも立たないんだよ! いくぞお前ら!」


 二階堂が顔を真っ赤にして立ち去ると、他の三人もそれに続いた。

 女子二人は呆れ顔で、小柄な男子はぺこりと春樹たちに頭を下げた。


「あいつら、何がしたかったんだ?」

「さぁな」


 獅子王と紅羽が首を傾げる中、春樹は少し考える。


―—水属性のハズレイメージは、思った以上に根深いな。今後もああいうのが出てくるなら、小夜に迷惑がかかるな。


自分のせいで可愛い彼女に迷惑がかかる。

それだけは、どうしても避けたかった。


春樹の水属性能力は、この数か月でかなり鍛えられている。

でも、そんな裏事情は誰も知らない。


―—まぁ、今後のレギオン討伐でイメージアップに励むしかないか……。


それでも、漫画なんかだとこういう場合、主人公が活躍しても信じて貰えなくて低評価のまま、というのが定番なので、春樹は少し不安になる。


「そうだ桜庭、さっき何か言いかけていたけど、五人目に心当たりがあるのか?」


獅子王の問いかけに、春樹は彼女の存在を思い出す。


―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―

他にも

【闇営業とは呼ばせない 冒険者ギルドに厳しい双黒傭兵】

【サービス終了ゲーム世界に転生したらNPCたちが自我に目覚めていて……】

など色々投稿しているので、気が向いたら読んでみてください。

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