第3話 バカな!?ナマクラ野郎がなんであんな美少女と!?

「おい、月宮だぞ」

「ついに来たか主席入学者、いや、史上最強の一年生」

「おい押すなよ、うお、写真より美人だな」

「うわぁ、月宮やべぇ。あれで一般人とかアイドルいじめだろ」

「つうか胸でけぇな、グラビアモデルかよ」


 誰もがフィールドの入り口に殺到して、もう小夜に夢中だった。


 ただし、小夜に声をかける者は誰もいなかった。


 理由は、ちょっと耳を傾ければすぐにわかる。


「適性値の高い奴はいいよな。月宮と組めるんだから」

「あぁ、月宮さん素敵。一体誰と組むんだろう」

「でも、成績上位者はたいていガーディアンズに入るのに、どうして月宮さんスレイヤーズに入ったんだろ」

「他に成績上位者でスレイヤーズに入ったのって誰だっけ?」


 みんな、最初から諦めていた。


 きっと小夜は、成績上位者たちで構成されたドリームチームを作るのだろうと決めつけ、好き勝手に噂し合う。


 そんな中、春樹は一歩を踏み出そうとして、けれど足が固まった。


 この数か月、ずっと彼女のために頑張った。


 彼女のために頑張れた。


 おかげでスレイヤーズになって、勝ち組の人生が約束されたが、そんなことはどうでもいい。


 いまの春樹にとっては、月宮小夜こそが、天剣学園に入学した最大の理由なのだから。


 すぐに駆け出して、彼女に会いたかった。


 でも、万が一にも、実はあれが彼女のジョークだったらと考えてしまう。


 この数か月が、自分の独り相撲だったら、と。


 悪い妄想に取りつかれていると、人混みの中から、小夜の姿を見つけた。


 数か月ぶりに見る彼女に、春樹は息を呑んだ。


 夜色の髪、月色の瞳、白く透き通るような肌の美貌は、より磨きがかかっているようにさえ思えた。


 小夜は軽快な足取りで歩きながら、上機嫌な瞳を巡らせている。


 誰もが彼女に道を譲り、人垣が割れる姿は、まるで現代版モーゼだった。


 やがて、彼女の視線が春樹とかち合った。


 春樹が緊張する一方で、小夜の瞳は、星を散りばめたように輝いた。


 小夜の細い腕が伸びて、人差し指をピンと突き出した。


「ハニー、みぃつけた♪」


 自分に向けられた指先に、春樹は体を固くした。


 その間にも、小夜はみるみる距離を詰めてきて、そして。


「久しぶりだね、ハニー」

 小夜が、きゅっと抱き着いてくる。


 両腕を背中に回して、キスができそうなくらい笑顔を近づけてだ。


 甘い匂いと月色の瞳の輝きに、春樹は心臓が高鳴り、頬が硬くなる。


 周囲からは絶望と驚愕の悲鳴が沸き上がり、獅子王は小気味よく笑った。


「桜庭、お前やるなぁ」


 逆に、周りの生徒たちは恨み節を口にする。


「は? なんでナマクラが月宮と!? あいつは退学候補のハズレ能力だろ?」

「クズのくせに、ナマクラのくせに調子こいてんじゃねえよ」

「きっと月宮さん、騙されているのよ。そうに違いないわ」

「なるほど、ナマクラのやりそうなことだ」

「スレイヤーズへの裏口入学に月宮への脅迫、最低だな」


 けれど、小夜は雑音など意に介さず、好意的な笑みを崩さなかった。


「えへへ、入学おめでとうハニー。今日からいっぱい、ドキドキしようね」

「ちょ、駄目だよ。心臓を無駄遣いしたら」


 小夜の心臓は、生まれつき脈を打てる回数が少ない。ドキドキなんてもってのほかだ。


「だからこそ、ドキドキするのが好きなの、こう、まだボク生きてるって感じがして。それにぃ、ドキドキするのはボクじゃなくて、ハニーだよ」


 小夜の口が耳元で、ふっ、と息を吹いて来た。


 温かい吐息が耳の奥を刺激して、春樹は頭の奥がしびれるような快感を味わう。


「はうぅ……」

「あはは、ハニーってば可愛い。顔赤いよぉ」

「み、みんなの前でやめろよな、恥ずかしい」

「つまりぃ、二人きりの時ならいいってことだよね?」

「え!?」


 否定はできなかった。

 春樹も男だ。そして、小夜は美人で、スタイルも抜群だ。

 むしろ、二人きりの時ならもっと凄いこともしたいと思っている。


 この数か月間、風呂やベッドの中で頭をよぎった妄想を思い出して、春樹は顔を熱くした。


 すると、小夜の眼が、にんまりと妖しい三日月を描いて、蠱惑的な声を作った。


「ハニーのえっち、男の子」

「ッッ。月宮!」

「小夜。ボクのことは下の名前で呼ぶように。ボクら、付き合っているんだよ」


 その言葉で、春樹は胸の中のもやもやがすべて吹き飛んだ。


 ジョークでも勘違いでもない。


 やはり、自分と彼女は付き合っていた、恋人同士なんだという事実が、頭の中がを明るく照らした。


 一方で、周囲からはさらなる悲鳴と絶叫が鳴り響いた。


 なかには、むせび泣く声まで混じっている。


「ナ、ナマクラが月宮と……」

「あんな底辺野郎が、月宮のカラダを好き放題に……」

「嘘だ。絶対に遊ばれているだけだ!」


 でも、春樹は気にしない。


 これが勝者の余裕というものだろう。


 小夜に抱きしめられていると、罵倒が全部負け惜しみにしか聞こえない。


「おいどうする? 月宮とナマクラが同じ班だぞ?」

「なら俺らにもチャンスあるだろ?」

「でもナマクラでも組めたのに断られたら恥じゃん」

「インチキ野郎のナマクラと同じ班は流石に、な……」


 周りは、名乗り出るべきかどうか悩み、遠巻きに見るばかりだった。


 春樹も困った。


 ——班を組むのが難しそうだな。それに、名乗り出てくれても、十中八九が月宮目当てだろうし。いや、女子にすればいいのかな? 幸い、一人心当たりあるし。


「悔しいわ、月宮さんがあんな男に。月宮さんはアタシが狙っていたのに!」

 ——いや、女子も駄目だ。そして小夜モテすぎ。

 そうして春樹が悩んでいると、威勢のいい声が飛び込んできた。

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