第2話 色めきたつ入学式

 数か月後。

 桜庭春樹は、ホルダーズが運営する、ホルダー育成機関、天剣学園の門をくぐり、入学式の会場である、競技ドームを目指していた。



 ホルダーズとは、レギオンから人類を守る防衛組織であり、ホルダーズに所属する天剣使いを、ホルダーと呼ぶ。


 当然、天剣学園の生徒は、全員天剣をその身に宿した、天剣使いだ。


 廊下を抜けて、アリーナの人工芝のフィールド部分に足を踏み入れると、すでに多くの生徒たちが集まっていた。


 フィールドをぐるりと取り囲む階段席には在校生の先輩や教員たち、軍や政界、各界の著名人や、マスコミ関係者が勢ぞろいしている。


 一年生から未来のスターが出たら、今日この日の映像は番組のいい素材になる。


 マスコミ関係者は、有力生徒を中心に熱心な視線でカメラを向けていた。


 一方で、生徒たちの雰囲気はゆるく、誰もが浮かれていた。


 無理もない。


 実のところを言えばレギオンの脅威から人類を守る、と言えば聞こえはいいものの、ホルダーの仕事はかなり楽なのだ。


 レギオンは天剣でしか傷つかないというより、天剣の攻撃にはめっぽう弱い。


 レギオンたちとホルダーの戦力差は大きく、ここ数年間、死者は一人も出ていない。


 けが人でさえ、よほど不真面目なホルダーがふざけていたり、学生のホルダーが独断専行で突っ込んだ場合がほとんどだ。


 真面目にやっていれば、ホルダーの仕事に危険はない。


 つまり、この場にいる時点で彼らは皆、一生楽して地位と名声と財産を保証されたも同然なのだ。


 誰もが、自身の栄光のロードにうっとりとしている。


 けれど、どれだけ満たされても、人の性根は変わらない。


 春樹の存在に気づいた生徒は、口々に噂し合った。


「おいあれ、ナマクラじゃね?」

「あ、ほんとだ。あいつナマクラのくせに入学できたのか? コネか?」


 ナマクラ、というのは、ネット上で春樹につけられたあだ名だ。


 肩透かしの残念ナマクラ天剣使いとして、春樹の汚名は広く知られている。


 これも、ネット社会の闇だろう。


「水属性がどうやってレギオンと戦うんだよ。現実見ろよ」

「おいナマクラ! ここは殲滅部隊スレイヤーズの会場だ。予備部隊のリザーブズは別会場だぞ」

「そうイジメるなよ。どうせ退学候補なんだから、短い夢を見せてやろうぜ」


 誰もかれもが、そうして春樹のことを嘲笑した。


 ちなみに、ホルダーズは三つの部隊に分けられる。


 要人警護や重要施設を守るエリート部隊、ガーディアンズ。

 市内に現れたレギオンたちと戦い殲滅する、スレイヤーズ。

 市民の避難誘導と避難所の警備などを担当する、リザーブズ。


 ただし、リザーブズの待遇は一般公務員と変わらない。基本、レギオンとは戦わないので、人から感謝されることもない。


 スレイヤーズに入れなかった、三流のハズレ天剣使いの行きつく先、それが、リザーブズに対する社会のイメージだ。


 ネット上では、何もできないくせに夢を諦めきれず、業界にしがみついている惨めな連中、と言う声も少なくない。


 春樹がホルダーズに入るなら、本来はリザーブズにしか入れないはずだった。


 でも、春樹は今、ここにいる。


 月宮小夜との約束を守るために。


 耳障りな嘲笑を無視して、春樹は会場内を歩いた。


 天剣学院は、入学してから5人1班を作ることになっている。


 だから、入学式の段階で、あらかじめ班を決めておくのがお約束だ。


 春樹が周囲を見渡すと、優秀な生徒へ熱心に声をかけている生徒の姿が目立った。


 あの日、適性値1050を叩きだした次席入学者の周りには、人だかりができている。


 けど、にべもなく断られているようだ。


「悪いが、仲間は入学式が終わってからじっくり決めたいんだ。人となりも解らない相手とは組みたくない」


 サバサバとした態度に、周囲からは嘆きの声が漏れている。


「次席様はクールだなぁ」


 そう、感心しながら春樹が探すのは、当然、月宮小夜の姿だった。


 主席入学者の小夜なら、引く手あまただろう。


 でも、それらしき人だかりはない。


 あの日、小夜とは連絡先も交換せずに別れたので、まともに連絡を取っていない。


 ふと、いやな考えに苦笑する。


 この数か月間、死ぬほど頑張ってスレイヤーズに入ったのに、あれがジョークだったり小夜がガーディアンズで会えなかったら、自分はとんだピエロだ。


 けど、みんなを助けてヒーローになると言っていた以上、小夜がガーディアンズに入ることはないだろう。


 そう信じて、彼女の綺麗な夜髪を探していると、思いもよらない声がかかった。


「おい、桜庭じゃないか。良かった。お前もスレイヤーズに入れたんだな」


 口調は男らしいも、やわらかく落ち着いた声音へ振り返ると、春樹は驚いた。




 背が高く、整った顔立ちの好青年が歩いてくる。


 体格だけならスポーツマン風だが、銀縁の眼鏡が理知的な印象を与えてくれる。


 獅子王勇雄(ししおういさお)。

 春樹とは同じ中学の出身者だ。


 とは言っても、接点はそれだけだ。


 クラスが同じだったのは三年の間に一度だけ。


 地味で冴えない春樹と違い、獅子王は常にみんなの中心で、いわゆるクラスカーストの一軍だ。


 成績優秀、スポーツ万能でありながらそのことを鼻にかけず、何度も学級委員に推薦され、生徒会にも声をかけられては断る奥ゆかしさを持つ人気者だ。


 春樹自身、彼と自分は違う生物なのでは? とすら思ったこともある。


 そんな獅子王が、自分に話しかけているということに、少なからず動揺した。


 ——まぁ、小夜に話しかけられた時よりはマシだけど。


「よかった。同じ中学の奴がいると安心するよ。桜庭はもう誰かと組んだか?」

「いや、まだだけど」


 若干、気後れしつつも、春樹は精一杯、毅然と答えた。


 数か月の特訓でスレイヤーズに入ったこともあり、多少、自信はついていた。


「ならおれと一緒に組まないか? 中学時代はあんまり話せなかったけど、同じ学校のよしみでさ」

「いいのか? 俺の能力、獅子王も知っているだろ?」

「? ああ、水属性とライフイーターだろ? それがどうかしたか?」

「どうかしたっていうか、実力とか確かめなくていいのか?」


 春樹の問いかけに、獅子王はおとがいに手を添えて、心底不思議そうな顔をした。

「え? 仲間って能力や実力で決めるもんじゃないだろ? おれが桜庭と一緒にいたいんだよ。ここ、誰も知り合いがいなくて心細いからさ」

 獅子王は歯を見せて笑った。


 ——なにこの聖人君子……俺が女子なら秒で惚れているぞ。


 けれど春樹は男子なので、無感動にそう思った。


「お前、少女漫画の世界出身だろ?」

「はは、なんだよそれ。時々言われるけど、おれは東京生まれだよ」


 爽やかに返す獅子王スマイルに、春樹は悟った。

 ——うん、これは一軍になってしかるべきだな。


 すると、また、周囲の雑音が耳についた。


「え、嘘だろ。獅子王のやつ、ナマクラと組むのかよ」

「うそ~、あたし狙ってたのにぃ」

「獅子王くんは強いけど、ナマクラつきはちょっとねぇ」


 どうやら、獅子王は天剣使いとしても、かなり優秀らしい。


 確か、雷属性だったかな、と春樹は噂を思い出した。


 十五歳になり、天剣に目覚めた入学希望者は、指定された日に、天剣学園で訓練を受ける。


 でも、入学希望者は能力や適性値によって、三つのグループに分かれるため、春樹は月宮や獅子王と一緒に訓練を受けたことはなかった。


 けれど、中学が同じなので、能力の内容ぐらいは、耳に入ってくる。


 獅子王は、文句なしで恵まれた奴だよなぁ……、と春樹はしんみり思う。


 そのとき、フィールドの入り口が色めき立った。


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 本作【これはナマクラ天剣使いの俺が世界最強の彼女を救う話】を読んでくださりありがとうございます。

 今までハーレム作品ばかり書いてきましたが、本作では男友達キャラとかも積極的に書いていきたいです。



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