これはナマクラ天剣使いの俺が世界最強の彼女を救う話

鏡銀鉢

第1話 ナマクラ天剣使いと天才天剣使い


「素晴らしい。君は二つの能力を持つ者、ダブルだよ」

 その言葉で、天剣の検査会場は騒然とした。



 突如として現れた人類の敵、レギオン。

 奴らに対抗できる唯一の力、それが天剣だ。


 天剣とは、レギオン出現後、ごくまれに十五歳の子供に宿る、超自然的な武器だ。

 多くの場合、剣の姿を取るため、天剣と呼ばれている。

 天剣は一つにつき、一つの特殊な能力を持つが、二つの能力を有する場合もある。

 そうした天剣の使い手はダブルと呼ばれ、重宝される。

 多くの場合、ダブルは強力な能力を持ち、さらに能力への適性も高いからだ。



 検査を受ける中学三年生、桜庭春樹(さくらばはるき)の顔には、笑顔が宿る。


 無理もない。

 天剣使い、特に、【ホルダーズ】と呼ばれる国家防衛部隊は、国民のスターだ。

 政治家以上の高給取りで、途中で引退しても死ぬまで年金が出る。誰もが憧れる花形職業で、小学生のなりたい職業ランキングでは八年連続一位だ。


 検査で、来週の誕生日には天剣が宿ることがわかり、ホルダーズになれるというだけでも幸運なのに、ダブルとなれば、人生を約束されたも同然だ。


 未来のビッグスター誕生に、周囲の誰もが羨望と嫉妬の眼差しを向けてくる。

連絡先の交換をしようと、耳の裏に装着したウェアラブルデバイスを操作するものまでいる。


 続けて、鑑定能力を持つ天剣使いが感嘆の声を漏らした。


「これは凄い。私も初めて見る能力だ。ライフイーター。倒した相手の生命力を吸収する力で、老化や病死を防ぐ効果があります。レギオンを倒した分だけ、君の寿命は延びるよ」


 史上初、それも、人類が欲してやまない不老不死が自分に宿っていると聞いて、春樹は嬉しさを超えて、むしろ動揺した。


 まだ老いを実感できない中学生というのもあるけれど、運命のレールが想像以上に上る一方で、気後れする。


 春樹も、普通の庶民だ。

 いい暮らしがしたいなぁ、とか。

 俺が天剣使いならいいのになぁ、とか思ったことはある。


 でもまさか、不老不死の天剣使い、までは予想も希望もしていない。

 でも。


「すげぇ、不老不死とか超人じゃん」

「おい、これやばいよな。まさか俺、とんでもない現場に立ち会っているんじゃ」

「明日のトップ記事は決まりだな」

「あの少年、アップで」


 周りからの賞賛。

 新聞記者や、テレビ局の人まで騒ぎ出すと、徐々に実感を得て、受け止める。

 そうか、自分は選ばれし者だったんだ。


 そんな気さえしてくる。


 中学では、陰キャのボッチ、とまでは言わないが、学校で話す相手はいても放課後に遊ぶ相手はいない、地味な生徒だった。


 自分の人生は、ずっとそれの延長だと思っていた。


 なのに、まさかこんな逆転劇が待っているとは思わなかった。


 これから訪れるであろう勝ち組人生に胸を躍らせると、鑑定役の人が表情を曇らせた。


 隣に立つ、現場責任者の男性が眉根を寄せる。


「ん、どうしたんだ? もう一つの能力はなんだ?」


 そうだ。早く教えて欲しい。


 春樹の心ははやった。


 二つの能力のうち、一つのソウルイーター。倒した相手の命を吸収する。なら、もう一つはできるだけ攻撃的なものがいい。


 ——炎かな、雷かな、形状も、どうせなら剣じゃなくて銃火器がいいな。


 周りの人たちが息を呑んで前のめりになる静寂の中、鑑定役の人は言った。


「水属性です……」


 その一言で、検査会場の雰囲気は一変した。

 沈黙に包まれたままの検査会場は、だがさっきとはまるで違った。

 無言のテンションが下がり切って、消滅したのを、春樹は肌で感じていた。


 春樹自身も「へ……?」と間抜けな声を漏らしてしまった。


 それから、ゆっくりと数秒かけて、春樹は現実を思い知った。


 頭から血液が、背中から体温が抜け落ちていくような絶望を味わい、寒気で肩が震えた。


 水属性なんて、嘘だ。嘘だと言ってくれ。


 春樹は、半開きの口で、声にならない想いを訴えた。


 特定の物質やエネルギーを生み出し操る能力を、ゲームになぞらえて【●属性】という言い方をする。


 水属性というのは、つまり、自由に水を生成し、操る能力だ。


 そして、この水属性とは、とんだハズレ能力だった。


 ゲームやアニメでは、何故か攻撃力を持つ水だが、現実は違う。


 炎や雷を浴びれば誰でも怪我をする。

 けど、水をかぶったからなんだと言うのだ。


 水圧で吹き飛ばすとか、ウォーターカッターのようにして戦う作品もあるが、それは【超高速】でぶつけたから液体でも衝撃力が生まれただけ。

 同じ【超高速】でぶつけるなら、岩や鋼のほうが強いに決まっている。


 つまるところ、水属性とはただのホースで蛇口。攻撃力なんてないに等しい、ハズレ能力でしかないのだ。


「て、適性値はどうですか!?」


 それでもと、春樹は一縷の望みを託した。


 岩や鋼には負けたとしても、適性値が高ければ、超高速のウォーターカッターで、ある程度の攻撃力は確保できる。


 けれど、運命はそれすらも許さなかった。


「……適性値は……49です」

「ッッ」


 春樹の息が止まった。


 適性値の平均は100。49とは、半分にも達していないということだ。


 視界が色あせていく。

 五感が死んでいく。

 人類の敵、レギオンと戦う天剣使い部隊ホルダーズ。

 でも、春樹には攻撃力がない。

 つまり、レギオンとは戦えない。

 入隊できる可能性は、絶望的だ。


 その時、どこかで歓声が上がった。



「凄い! 適性値1207! 史上最高記録ですよこれ!」

「おいおいおい、トップランカーでも1000行く奴なんて滅多にいないぞ!」

「この年で1200なら、将来どうなるんだよ!」

「明日のトップ記事は決まりだな」

「おい! 彼女を映せ! アップでだ!」

「いや待てこっちも凄いぞ! 適性値1050! しかもプラズマ属性だ!」

「どうなってんだよ豊作じゃないか!」

「今年は当たりだな! 黄金世代って奴か!」

「あの二人、ツーショットで撮れないか?」


 春樹の周りにいた人たちが、波が引くように立ち去っていく。


 鑑定役の人と現場責任者も、歓声のする方へ駆けていく。


 その場に独り取り残された春樹は、心の底から想った。


 消えてしまいたい。



   ◆◆◆



 検査が終わってから、桜庭春樹は茫洋とした気分で、施設の中を彷徨っていた。


 検査結果に拘わらず、すぐ親にメッセージを送るつもりだった。


 天剣が宿らなくても、「やっぱ人生そんなに甘くないよなぁ(笑)」と、軽くおどけてみせるつもりだった。


 でも、上げてから落とされたせいか、その元気も無かった。


 輝ける黄金の未来が崩れ、瓦礫の山の中央で独り、膝を抱えてうずくまるような気分だった。


 家に帰りたくない。

 親に会いたくない。

 将来の話のネタが増えたと思えばいいか、なんて、無理やり前向きに考えてみるも、虚しいだけだった。


 『実は俺、天剣使いなんだけど水属性だったからこの高校に来たんですよ』

 『どうも新入社員の桜庭です。天剣で水芸できるから宴会には呼んで下さいね』


 まるでピエロだ。


 惨め過ぎる想像に悲しくなってくる。

 肩は重く、口は固くなり、ため息も出ない。

 ずんと重たい心を引きずるように歩いた。

 少女の歌声に意識を奪われたのは、目を閉じてうつむいた時だった。




 それは、とても静かな、けれど声音は楽しそうな歌だった。


 まるで、水の精霊が海辺で足を投げ出して歌うような。


 幻想的、と言っても過言ではない魅力に惹かれて、春樹は誘われるようにして、施設のバルコニーへと足をのばした。


 そして言葉を失った。

 そこにいたのは、まばたきを忘れるような美少女だった。


 すらりと長い腕を左右に伸ばしてバランスを取りながら、バルコニーの柵の上を、猫のようにしなやかな足取りで歩きながら、彼女は歌っていた。


 肌寒い秋風になびく髪は、日本人でも珍しいぐらい深い黒で、吸い込まれそうな印象を受けた。

 夜色。黒髪ではなく、【夜髪】という造語を口にしていた。


「ん?」


 それで春樹の存在に気が付いたらしい。

 歌声が止まる。

 そのことを残念に思うのは一瞬、振り返った彼女と目が合って、春樹は息を呑んだ。


 少女の瞳は、日本どころか、アジア全体で見ても珍しい、月色の輝きに満ちていた。


 少女の瞳と美貌に見惚れて、春樹はその場に立ち尽くした。


 何も考えず、しばらくそうしていると、不意に少女のほうから声をかけてきた。


「ボクは月宮小夜(つきみやさや)。君の名前は?」


 明るく、好奇心に溢れた声音に、春樹はようやく正気に戻った。ついさっきまでは、ふわふわと夢の中にいた。


「お、俺は桜庭、桜庭春樹、だけど……」

「へぇ、綺麗な名前だね。君も検査に来たの?」

「う、うん……」


 頷くのが精いっぱいだった。


 こんなに綺麗な子が、自分と話していることが、春樹には信じられなかった。


 それでも、勇気を出して、声を出す。


「あの、どうして、こんなところで歌ってるの?」

「暇つぶしだよ。待っててって言われたから。歌っているのは、気分がいいから」

「検査結果、良かったんだな」

「うん、ボクの適性値って史上最高値なんだって」


 満面の笑みを前にしながら、春樹の心は冷めていく。


 ——あぁ、さっきの騒ぎは、この子だったのか……。


 ようするに、彼女は選ばれし者なのだ。


 生まれ持った美貌に抜群のプロポーション。歌声、史上最高の適性値。


 自分みたいな奴がいる一方で、彼女のような人もいる。


 そう思うと、惨めな気持ちが、より深くなる。


 彼女の美貌に見惚れる余裕なんてなかった。


 むしろ、憎らしくもあった。


 生まれた家柄、人脈、才能、運……努力ではどうにもならない、生まれた瞬間から決まっている格差。


 まるで彼女が、理不尽の象徴にすら見える。


 自分の適性値は49なのに対して、彼女の適性値は1207。


 自分と同じ国の同じ年齢の子供で、自分の24倍も恵まれた奴。


 なんの努力もせず、生まれた時から全てを手にしている、それがこの女なんだ。


 そんな、醜い感情に支配されて、春樹は悪態をついた。


「史上最高の適性値か。そりゃあ良かったな。将来は大スターで玉の輿確実じゃないか。スポーツ選手でも政治家でも選び放題だぞ」


 彼女とは住む世界が違う。

 どうせもう、会うことはないと、春樹は皮肉を込めてやった。


 すると、彼女は笑い話に花を咲かせるようにして、声を上げた。


「あはははは、それは無理だよ。だってボク二十歳まで生きられないもん」



「………………………………え」



 春樹が絶句する一方で、小夜は饒舌に喋りだす。


「なんかね、心臓が脈を打てる回数が人より少ないんだって。ずっと安静にしていたらギリギリ二十歳までは生きられるけど、そんなのつまらないじゃない? だからね、ボクはやりたいことぜんっぶ、やるって決めてるの。その一つが、みんなのヒーローになることだよ」

 ——やめろ。


 彼女は笑顔で、心底幸せそうに語った。

「だから嬉しいんだ。適性値が高くて、能力も凄く強いので。いっぱい活躍したら、ボクが死んでもみんな、ボクのこと覚えてくれるでしょ?」

 両手をいっぱいに広げながらそう言うと、彼女は希望に目を輝かせながら、指折り数える。

 ——頼むからやめてくれ。


「えへへ、そしたらボクのことが偉人伝と教科書に載って、ボクの銅像が立って、ボクの顔がお札になって、ボクが死んだら追悼特番が組まれるの。ボクって恵まれているよね」


 ——お願いだから、嬉しそうに喋るな。

 ――何が……自分の24倍恵まれているだ。

 ――なんの努力もせず、生まれた時から全てを手にしている……どこがだ?


 さっきまでの自分が恥ずかしくて、春樹は今すぐこの場から逃げ出したかった。


 彼女の無垢な声を浴びるほど、自分の醜さが浮き彫りになるようで胸の奥が辛かった。


 心臓のすぐ隣に生まれた異物が大きく成長して、心臓を圧迫するような嫌悪感に膝を折ってしまいたくなる。


「あー、でもちょっと愚痴らせてね」

 そう言っておきながら、なおも彼女は、元気な声を張った。

「大人になりたかったなぁー」


 春樹は、つい彼女の言葉を反復してしまった。

「大人……」



「うん。ボクね、大人になったら            たいんだ」



 あまりの純粋さに、春樹は心を洗われた。


 アイドルとか女優とか、歌手に憧れる女の子は多いだろう。


 美容師とか、ファッションデザイナーになりたい子も多いだろう。


 付き合っている人がいれば、お嫁さんになりたいと言う人も、いるかもしれない。


 でも、月宮小夜の口にした夢は、桜庭春樹という人間の価値観に照らし合わせれば、現代の女の子とは思えないくらい純真で、そして愛らしかった。


 彼女の夢を叶えてあげたい。

 彼女を生かしてあげたい。

 そう願って、春樹は無力感で奥歯を噛んだ。


 医者でもない自分に何ができる?


 漫画なら、ここで彼女を救うために医者を目指すところだろうが、自分の頭の程度は、春樹自身が一番わかっている。


 それ以前に、医師免許を取得する頃には、二十歳なんて余裕で超えている。


 自分みたいな、【ハズレ能力】のナマクラ天剣使いにできることなんて何もない。


「まっ、無理なんだけどね」

 自嘲気味な笑顔。

 彼女が始めて見せた心の揺らぎに胸を刺されて、春樹は思い出した。


「な、なぁ」

「ん?」


 春樹は顔を上げて、彼女の目を、まっすぐ見つめた。


 まばたきをする月色の瞳に、春樹は半ば無意識に呟いた。


「俺の天剣なら……お前の夢、叶うかもしれない……」


 なにを無責任なことを、ぬか喜びをさせるな、すぐに撤回しろ。


 そう思いながらも、春樹は自分の口を止められなかった。


「俺の能力、ライフイーターって言うんだ。倒したレギオンの生命力を奪って、寿命を延ばすんだけど、天剣の力って訓練次第で成長するんだよな? なら鍛えて、他人に生命力を供給できるようになったら……っ、お前の夢を叶えられるかもしれない!」


 最後は、思い切って言い切った。


 彼女がどう反応するか、少し怯えながら春樹が待っていると、小夜の頬が、薄く紅潮した。それから、口元がにやりと、蠱惑的な笑みを作った。


「そこまで言うなら、責任取ってよね」

「責任?」


 わけがわからず春樹が聞き返すと、小夜は柵の上から飛び降りた。


 着地の音がしないほどやわらかい足運びで距離を詰めてくると、小夜は怪しい手つきで、春樹の顔をつかんで、引き寄せてくる。


「今日から、君がボクのハニーってことだよ。ボクと一緒に、大人になろうね」


 言って、彼女はとろんとまぶたを下ろして、桜色のくちびるを寄せてきた。


「ッッ!?」


 その意味を悟った春樹は、反射的に体を引こうとしてしまう。


 けれど、月色の瞳に見つめられると動けなくなる。


ふわりと、鼻腔を刺激する彼女の香りに頭の奥がしびれた。


 小夜の、女の子のくちびるが目の前に迫る光景に心臓が高鳴った。


 みずみずしい、やわらかそうなピンク地帯に、まぶたが限界まで持ち上がったまま下りない。


 そして、小夜のくちびるが目の前で、ちゅぱ、と音を立てた。


 投げキスならぬ、エアキスだ。


「え?」


 春樹がまばたきをすると、小夜は今までの笑顔とはうってかわり、嫣然とオトナの笑みを浮かべた。


「続きは入学してからね」


 甘噛みをするような魅惑的な囁きと、至近距離からのウィンクに、春樹は腰がゾクリと震えるほどの色気を感じた。


 顔から首筋にかけて熱くなるのを自覚しながら、春樹が何も言えずにいると、背後から声がかかった。


「月宮さん、インタビューの準備ができたからこっちへ」

「はい、いま行きます」


 するりと手を引いて、小夜は春樹の横を通り過ぎた。


 ふわりとなびいた髪が、甘い香りを置き土産に残していき、春樹は背筋を固くした。


 でも、小夜の声には、脊髄反射で振り返った。


「じゃあまた、入学式で会おうね、ハニー」


 小さい子供のように大きく手を振りながら、小夜はとびきりの笑顔を見せてくれた。さっきまでの小悪魔めいた妖しい笑みではない。


 無邪気で純粋な、心からの笑顔だった。


「お……おう!」


 両手を熱く握りしめて、返事をした。


 この瞬間、桜庭春樹は自分の進路を決意した。

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