§037 「これは全部私のせいだから」

「どうにか間に合ったみたいだな」


 俺は足早に希沙良の下に駆け寄って声をかける。


 俺が希沙良と真壁を目撃したのは校舎の2階からだった。

 そのときには既に希沙良は真壁に詰め寄られており、ボロボロと涙を流していた。

 いまから駆け付けたのでは間に合わないと判断した俺は、こんなときの対策用に事前に準備していたエアガンで真壁のメガネをロックオン。

 この狙いが見事命中し、間一髪のところで希沙良を助けることができたようだ。

 さすがシューティングゲームで鍛えた俺の腕だけのことはある。


 俺は顔面蒼白で怯えきった表情をしている希沙良を庇うような態勢を取り、真壁を睨みつける。


「真壁。こんなひと気のないところで女の子の手をにじり上げるとか男のやることじゃないぞ」


 顔を押さえて「目が~目が~」と叫んでいた真壁だったが、俺の声に反応して顔を上げる。

 メガネは見るも無残に砕け散っており、そのていを成していなかった。


「その声は成瀬か……」


 真壁はおそらく視力がかなり悪いのだろう。

 メガネが壊れたことによって俺のことを正確に視認できていないようだった。

 エアガンと言えど、さすがに弾丸を身体に当てるのは抵抗があったのでメガネを狙ってみたのだが、この狙いは結果としては成功だったようだ。


「それで真壁はどうしてこんなことをしたんだ。弁解の余地をやるよ。3分間待ってやる」


「お前には関係のないことだろ」


 真壁は俺の問いかけなどにまったく取り合わない態度だ。

 希沙良を泣かしておいて……その態度はないんじゃないのか。


(パンッ)


「ひぃ!」


 俺は威嚇も兼ねて弾丸を当たるか当たらないかすれすれのところに打ち込む。

 真壁はその音を聞いて情けない声を上げる。


「もう一度聞くぞ。どうしてこんなことをした。ちゃんと答えないなら次は耳だ」


 自分の中で怒りのボルテージがどんどん上がっていくのを感じる。

 本当はもっとおちゃらけた雰囲気で希沙良を助けるつもりだったんだけど……今回はちょっとダメみたいだ。


「おい! 答えろ!」


「そんなのお前が更科さんと付き合ったからに決まってるじゃないか!

 

 俺の大声に呼応するように真壁は開き直ったかのように叫ぶ。


「俺と更科が付き合っていることがどうしてこんなことをする理由になるんだ」


 俺は静かに真壁に問う。


「……だって僕は更科さんのことが好きなんだ」


 この言葉に我慢していた何かがプツンと切れるのを感じた。

 希沙良のことが好きだから……?

 それが理由で希沙良にこんなことを……?


 俺は真壁に詰め寄って胸ぐらを掴む。


「お前には希沙良の顔が見えていないのか? 希沙良はお前に詰め寄られてどんな顔をしていた? 怯えてなかったか? 泣いてなかったか? そんな希沙良の気持ちも考えないで一方的に『好き』を押し付けるから希沙良がどんどん人を嫌いになっていくんだよ。そんなのは本当の好きじゃない。本当に希沙良のことが好きなら……ッ!」


「もうやめて!!」


 俺は希沙良の声にハッと手を止めた。

 どうやら俺は我を忘れて真壁に殴りかかろうとしていたようだ。

 希沙良の声が校舎に反響している。


 しばしの沈黙が流れる。


「……悪い。ちょっと熱くなった」


 俺の表情を確認した希沙良は首を横に振る。


「ううん。大丈夫」


 希沙良は何とも言えない表情を浮かべていた。

 その表情を見ていたら、もう真壁をどうにかしようという気はなくなってしまった。


「……もう行こうか」


 俺はそう言って真壁から手を離して、希沙良の方に歩み寄る。

 そして、彼女を帰る方向へと促す。

 しかし、彼女はなかなか足を動かさない。


「希沙良……?」


 俺が再度声をかけようとした次の瞬間、希沙良が真壁の下へと走り出していた。

 そして、真壁に向かって深々と頭を下げる希沙良。


「真壁くん……その……ごめんなさい。これは全部私のせいだから……未知人くんのことを悪く思わないでほしい。私のことはいくら恨んでもらってもいいけど、どうか彼を巻き込むのはやめてほしい……」


 え……これはどういうことだ。

 希沙良は何を言っているんだ。


「真壁くん……お願いします」


 俺は予想もしていなかった出来事に戸惑いを隠しきれなかった。

 なんで希沙良が真壁に謝るんだよ……。

 それに俺を巻き込まないでほしいって……どうして希沙良が俺を庇うんだよ……。

 希沙良はどう見ても被害者なのに……。


 俺の早とちりで真壁は悪くなかったということか……?

 いやいやそんなことはない。

 俺が見たとき、確かに希沙良は涙を流していた。


 じゃあこれは……一体……。


 状況が理解できていない俺のところに希沙良が戻ってくる。


「……帰ろっか」


 帰り道、俺は希沙良に説明を求めたが、結局何も話してはくれなかった。

 終始俯き加減で歩き続ける彼女。

 俺と彼女は無言でいつもの帰り道をなぞる。


 俺の中で希沙良の言葉が蘇る。


 これは全部私のせいだから……か……。


 俺は何とも言えない後味の悪さを感じつつ、希沙良のことを見送った。




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