§019 「私はあなたのこと好きじゃないわ」

 今日の作戦は『髪を切って頭に触れてしまおう作戦』。

 今度こそ「彼を私の虜にしちゃうぞ」と意気込んでいるかというと答えは『NO』だ。


 さすがの私でもなんとなくわかってきていた。

 どんなに私が策を練ろうとも


 そうよ。

 始まる前から結果はわかっていたの。


 私は自分の能力に絶対的な自信を持っていた。

 プライドだってあった。

 彼に能力が効かなかったときはそれなりに傷付いた。

 

 それだけに、今回は完璧に立ち振る舞って、彼を私の虜にしようと決めていた。

 自分としては完璧だったと思う。

 彼をおだてて、警戒心を抱かせないようにして、クラスメイトの男の子の髪を切るという偉業を成し遂げた。


 普通ならしないよ。

 クラスメイトの髪を切るなんて。


 それでもやっぱり結果は変わらなかったみたいね。

 だからこそ、私は今日この言葉を選んだ……。


「あなたは他の男の子みたいに私のことを好きになったりしないでしょ」


 この言葉を聞いてあなたはどんな反応をしてくれるかしらと期待していた。

 私のことを好きだと言ってくれる?

 愛してると言ってくれる?


 でも、予想通り、彼は突然の問いかけに答えに窮しているようだった。


 そうだよね……普通の男の子がいきなりこんなこと言われて答えられるわけがない。


 そんなに困った顔しないでよ。

 私が苦しくなる。


「冗談よ。そんなに悲しそうな顔しないで」


「…………」


「勘違いしないで。私はあなたのことを好きじゃないわ」


「……うん」


「普通の“友達”よ」


「……わかってるよ。俺も更科のことは“友達”だと思ってる」


 友達か……。

 そうだね。きっとその関係性が一番しっくりくるんだと思う。

 彼は私が虜にできなかった初めての男の子。

 その男の子がとはなんという皮肉だろうかとも思う。

 

 私は不覚にもくすりと笑ってしまった。

 その笑いが悲しみから出たのか、喜びから出たのかは自分でもわからなかった。

 でもなんだか『男友達』という響きが、私にはとても滑稽で、おかしかった。


 それから2人ともしばらく無言だった。

 チョキチョキとハサミを動かす音だけが、しんとした家庭科室に響き渡る。


 私はもっさりしていた頭頂部分にこれでもかというぐらいすきバサミを入れて、全体の長さに合わせて軽めにスタイリングしていく。


「はい。これで完璧かな」


 うん。我ながらぼちぼちの出来だと思う。

 私の都合で付き合ってもらったんだから、ちゃんと最後まで精一杯やらせてもらったよ。

 私はその辺にあった竹ぼうきで、頭に残った髪の毛を払い落す。


「ちょ……お前。それ床を掃くやつだろ。」


「うるさいわね。美少女に髪を切ってもらえただけありがたいと思いなさいよ」


「ちょっと待てよ。そこの水道で髪の毛流してくるから」


 そう言って彼は首にかけていたゴミ袋を勢いよく取ると廊下へと飛び出していった。


 ふふ。そんなに走らなくてもいいのにね。


 さてと……。

 まずはこの髪の毛を綺麗にしなきゃな。


 掃除用具入れから箒を取り出すと、本格的に片付けの準備に入る。


 はぁ……。

 それにしても……これからどうしよう。

 今後私が彼のどの部分にどれだけの時間触れようとも、きっと彼に能力が効くことはないだろうし。 

 クラスの残りの『2割』の男の子を虜にする?

 それもなんかなぁ……。

 そんなモチベーションもう無くなっちゃったよ……。


 私が途方に暮れて箒を動かしていると、彼がタオルで髪をゴシゴシ拭きながら教室に入ってくる。


「ほら、髪の毛どうよ!」


 タオルをパッと取って髪型を披露してくる彼の姿に、私は思わず息を飲んだ。


 かっ……かっこいい……。

 私はその言葉が口をついて出てしまいそうになるのを、必死に堪えて口を手で覆う。


 なにこれ、ちょっと髪を切っただけでこんなに印象って変わるの?

 前から綺麗な顔をしてるとは思ってたけど、鬱陶しい髪の毛が無くなって、さながら好青年になってる。

 適度に短く切りそろえられたシルエットが清潔感を増幅させ、全体的にしっとりした髪の毛が色気すらも漂わせている。

 いや、我ながら希沙良ちゃんの技術おそるべし。


「やっ……やっぱり変か? まだ鏡見てないんだけど」


「ふん。私が切ったんだから変になるわけないでしょ」


「おっ! じゃあいい感じか?」


 こら、私の心を見透かしたようなニヤケ面はやめろ。

 私は質問に答えずに、彼から視線を逸らす。


「…………」


「なあ更科、『矛盾』って故事を知ってるか?」


「…………」


「子の矛を以て、子の盾を陥さばいかん」


「あ~もうわかったわよ! 似合ってるわよ! かっこいいわよ! そりゃそうよね、この希沙良ちゃんが散髪したんだから! どう? これで満足?」


 きっと私の顔は真っ赤になっていたと思う。

 なんで私が未知人くんなんかにドキドキしなきゃいけないのよ。

 本当にこの変態野郎と話してると調子が狂うんだから。


 あ~あ。

 彼と話してたら「これからどうしよう」なんて悩んでたのが馬鹿らしくなってきた。


 私は私にできることをやるだけだ!

 それはいつでも変わらない!


 能力なんて効かなくたっていい。

 いつか絶対に「希沙良さんのことが好きです」って言わせてみせるんだから。


「おら、箒貸せよ。片付けぐらい俺にさせてくれ」


「う……うん」


「あと、ありがとな……更科」


 もう……バカ……。


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