§015 「スカートがアイスを食べちゃったみたい」
ああ……理不尽極まりない。
俺はなぜか更科の荷物を持ちながら彼女の後ろを歩いていた。
いや、確かに更科がメガネを選んでるときにラノベを読みだしたのは悪かったと思うけど。
でも、俺はそれくらいラノベが読みたかったわけで。
それに、確かに麗亜たんのメガネ姿も可愛いけど、更科のメガネ姿は言葉にならないくらい可愛かった。
一瞬、見惚れて声も出なかったくらいだ。
特に最初にかけてたメガネがよかったな~と漠然と思っていたら、どうやら兄貴用に加えて、自分用にそのメガネを買ったようだ。
「今度私とのデート中にラノベなんか取り出したら許さないからね」
「えっ? これってデートだったのか?」
「んなっ!」
更科は自分の失言に気付いたようで、ハッと顔を赤らめると、俺を恨めしそうに睨みつけてくる。
いや……自爆にもほどがあるわ。
いまのは俺は悪くないだろ。
「未知人くんがデートって言いたいならデートってことにしておいてあげるわ」
「買い物に付き合わされてるだけな気もするけど」
「うるさいわね。デートってことにしてあげるから、もう少しだけ付き合いなさいよ」
その後は、メガネができあがるまでということで、更科に連れられてショッピングモールをぶらぶらした。
アクセサリーショップで更科のイヤリングを選んだり、ゲームセンターで可愛さのわからないブサイクなぬいぐるみを取ってあげたり。
あっ……自慢じゃないけど、UFOキャッチャーは得意なんだよね。
ゲーマー歴15年なもので。
「機嫌なおったみたいだな」
「まあ、ぬいぐるみも取ってもらったし、さっきのことはチャラにしてあげるわ」
ブサイクなぬいぐるみをギューッとしながら歩く更科は、さっきの悪魔みたいな表情とは打って変わって満足げな表情を浮かべていた。
「そんな未知人くんはずいぶんと複雑な顔してるのね」
更科はちょっと不服そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「いやちょっと考え事をしてただけだよ」
「またラノベ?」
「違うよ。今日のこと」
「今日のこと……? 未知人くんは楽しくなかった?」
「いや……ちゃんと楽しかったよ」
そう。楽しくないことはない。
多分楽しかったと思う。
でも……いままではあんまり考えないようにしてたけど、やっぱり考えちゃうのさ……俺たちの関係性について。
“ぼっちヤンキー”の俺と“クラスのアイドル”の更科。
本来であれは俺と更科はかかわるはずないんだ。
だから、最近は更科がたくさん話しかけてきて、正直困惑してる。
最初は、あの日俺が「好きじゃない」と言ってしまったから、その腹いせにウザ絡みをしてきてるんだと思ってた。
でも、今日の更科を見ていると、何となくそれも違うんじゃないかと思えてくる。
うまく言葉にできないけど……更科はすごく楽しそうだったから。
本当に心の底から笑ってくれてるように見えたから……。
「なあ、更科」
「……なに?」
「どうしてこんな“ぼっちヤンキー”な俺にかまってくれるんだ?」
「えっ?」
唐突の質問に彼女は、困惑の表情を浮かべる。
「どうしてって……それは……」
彼女が何かを口にしようとしたそのとき、俺の視界の下方に白いものが写った。
「「「あっ」」」
軽い衝撃音とともに、更科の身体が後方によろめく。
それとともに、ぐちゃりと地面に何かが落ちる音。
「…………」
「あっ……あたしのアイス……」
どうやらアイスクリームを持った少女が更科にぶつかってしまったようだ。
少女はいまにも泣き出しそうな声を出している。
そして、更科のベージュのスカートにはアイスがベッタリ。
「さっ……更科……」
声もなく少女を見つめる更科に声をかけるが反応がない。
こっ……ここは俺がどうにかしないと。
機嫌が回復してきていたとはいえ、その服、お気に入りな感じだったし。
とりあえず、更科がバーサーカーと化す前に……。
そんな俺よりも一瞬早く、スッと少女に手を伸ばす更科。
とっさに目を瞑る少女。
あっ……危ない!!
と思ったが、更科はしゃがみこんで、少女の頭をなでなですると、肩にかけられていた赤色のポーチから1000円札を取り出す。
「ごめんね。おねえちゃんのスカートがアイスを食べちゃったみたい。次は期間限定のブリリアント・スウィート・ルビーのダブルを買うといいわ。ちなみに本通りにある『ポーラーベア』っていうジェラート屋さんはおねえちゃんのオススメだから一度行ってみてね」
ふふっと笑う彼女を、俺はポカンと見ていた。
「あっ……ありがとう綺麗なお姉ちゃん」
「あら、メッチャいい子ね。次は気をつけないとダメだぞ」
「はいっ!」
少女は元気に返事をすると、1000円札を握りしめて元来た方向へと駆け出していく。
俺はそんな一連の流れについていけず、少女をぼーっと見つめていた。
「ほら、なにポカンとしてるの」
更科のいつもどおりの声でハッと我に返ると、更科は既にテキパキと床に落ちたアイスクリームをティッシュでぬぐっていた。
更科……マジかよ……。
「……やるじゃん。大佐」
「は? 大佐ってなによ。どこぞのど偉い大佐じゃなくても大抵の人は普通こうするわよ。心外だわ」
ふんっと鼻を鳴らす更科は、ツンツンしながらも心なしか、晴れ晴れした顔をしていた。
「いや、なんというか。いろいろ予想外すぎて……」
「別にわざとぶつかってきたわけじゃないんだから。服なんて洗えば綺麗になるんだし」
「そうだけど、ちょっとだけ見直した……かな」
「なによそれ。いままでの私のことは見直してなかったわけ?」
「…………」
「沈黙は答えにはならないからね。ほら、ちょっとトイレ行くから、このぬいぐるみ持ってて」
そう言って、俺にボンっとブサイクなぬいぐるみを押し付けると、トイレに走っていってしまった。
俺はそんな後ろ姿を目で追いながら……ふと、彼女のことを考える。
突然現れて俺を買い物に連れ出す傍若無人な彼女。
試着とか言って俺をマネキン代わりにする傍若無人な彼女。
ラノベ読みたいと言ってるのになかなか帰してくれない傍若無人な彼女。
傍若無人なはずなのに子供には優しかった彼女。
最近思うけど……俺が当初思い描いてた更科とはずいぶん違うよな……。
いや、性格ひん曲がってて、傍若無人なのは、間違いないけど。
でも、なんていうか、その傍若無人の中にも人間としての温かさがあるというか。
俺は更科に対して恋愛感情があるわけではない。
それは更科だって同じだと思う。
それでも最近は、この人間関係が嫌いではない。
ただ、こんな不思議な関係がいつまで続くのだろうかと、ふと考えてしまうときがある。
彼女は俺に何を望んでいるのだろうか。
俺は彼女に何を望んでいるのだろうか。
そんなことを考えていると、彼女がトイレから戻ってくる。
そして、俺からぬいぐるみを奪い取ると、「行くよ」と言って促す。
ぬいぐるみをホクホクした笑顔で抱きかかえる更科。
その笑顔は、いままで俺が見てきた更科の笑顔のなかで素直に一番可愛かった。
「なによ、人の顔じろじろ見て? アイスクリームまだついてる?」
「…………」
「…………」
「いや……案外更科っていいやつなんだなと思って」
「なっ……よくそういうこと恥ずかしげもなく言えるわね。氏ね。100万回氏ね」
ポッと顔を赤くする更科。
その後、刹那の沈黙を破るように、
「あ~あ、未知人くんが意味不明なこと言うからアイス食べたくなってきちゃった。期間限定のブリリアント・スウィート・ルビーのダブルがいいな~」
と言って、照れ隠しをするようにニコリと笑う。
「やけに詳しいと思ったら、結局、自分が食いたかっただけかよ」
「下僕は黙って1000円札出しなさい」
まっ……今日はこの笑顔が見れただけ良しとするか。
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