§014 「このメガネどう? 似合う?」

 ふふん。

 今日は首尾よく未知人くんを連れ出すことに成功したぞ。


 未知人くんに会ったのは偶然だった。

 別に後をつけてたわけでもなんでもなく、本当にただの偶然。

 でもせっかく会ったんだから『作戦』を実行しない手はないわよね~。

 この前は『じゃんけんブルドッグ』でひどい目にあったから、今日はそのリベンジマッチといったところかしら。


「更科、これはどこに向かってるんだ?」


「ついてくればわかるわ」


 ショッピングモール内を歩いて数分。

 私は「あそこよ」と白を基調としたシンプルな店舗を指を差す。


「メガネ屋さん?」


「そのとおり!」


 ここは、日常用のメガネから、オシャレなデザインのメガネまで幅広く扱っている最近人気のメガネチェーン店。

 店内はほどよく広く、試着も自由。

 

 つまり、今日の作戦は、名付けて『メガネを試着させて顔に触れてしまおう作戦』。

 作戦の内容は名前のとおり、メガネの試着に乗じて未知人くんの顔に触れること。


 今日はしっかりマネキンになってもらうよ……未知人くん!


「これから私服も春服から夏服に衣替えしなきゃだし、メガネもそれに合わせて変えようかな~と思ってね」


「更科は普段メガネなんてかけてないじゃんか」


「はぁ~? 普段メガネをかけてない子がふとした瞬間にメガネ姿なのがいいんでしょうが。それに、いまの時代、ファッションアイテムでメガネをかけるのなんて当たり前でしょ。例えば、ほらこんな感じの」


 私は一番手前にあったボストンタイプのメガネを手に取る。


「ね? こんな感じにメガネ一つで雰囲気も全然変わるんだよ。これとか帽子と合わせたら絶対可愛いよ」


 そう言ってニコッとしてみると、あからさまに目線を逸らす未知人くん。


「おっふ……いいんじゃないのか?」


 はい。「おっふ」いただきました。

 これは能力使わなくても効果抜群みたいだぞ。

 もしかしてメガネっ子がタイプだったりするのかな?

 どう? どう? 希沙良ちゃんの美少女っぷりにやっと気付いた?


「メガネ似合ってる?」


「……いいんじゃないのか」


「例のラノベのヒロインより可愛い?」


「……いいんじゃないのか」


「もう! 娘の買い物についてきた父親か! もっと他に感想はないわけ~?」


「メガネが大きく見えるな」


「顔が小さいのよ、アホ」


 ふんっと言って私は鏡に目を向ける。

 うん。やっぱり可愛い。

 未知人は死ね。


「それで俺はここで何をすればいいんだ? 何にも役に立たない感じがバリバリなんだけど」


「あ~マネキン的な役割してくれたらいいよ。私が気になるメガネ見つけたら未知人くんで試すから」


「そんなの自分でかけて試せばいいじゃんか」


「お兄ちゃんの分もついでに買ってあげようかな~って思ってるんだよね。いくら希沙良ちゃんのファッションセンスがいいとはいえ、男の人で試した方が確実でしょ?」


「へぇ。更科ってお兄ちゃんがいたんだな」


「あれ? 言ってなかったっけ? いるよ。未知人くんと違ってメガネがよく似合うかっこいいお兄ちゃんがね」


 私はそう言って、べぇーと舌を出してみせる。


「(それならそのイケメンお兄様と一緒に買いにくればいいのでは?」」


「なに? ファッションについて私に意見する気? わきまえなさい」


「はい……」


「うむ。よろしい。じゃあまずはこのウェリントンタイプでいってみようか」


って?」


「ボケにいつもの切れがないわよ。マネキンは静かにしてなさい」


「はい……」


 私は手前の黒縁のウェリントンを手に取ると、未知人くんの後ろに回って彼の耳にかけてあげる。

 その際に、ちょっと耳や頬に触れてみる。

 あれ? 今日はなんだかいつもよりもイージーゲームだな。

 普通に触れる。

 いままでよりも彼の警戒心が薄れてるのかな?


「どう?」


 私が彼の横からひょいと顔を出して鏡に視線を向けると、鏡越しに彼と視線が合う。

 すると、彼は恥ずかしそうに目を伏せ、耳を真っ赤にしている。


 あはは。なになに? 緊張してるわけ? 

 私にメガネかけてもらって喜んじゃってるわけ?


 そうそう。私はそういう反応をしてほしいんだよ。

 今日の反応は従順で非常によいぞ。

 早く私のこと好きになって、そういう反応をもっと見せなさいよ。


「いや……俺にはよくわからないから」


「あはは。何照れちゃってるの? 私のこと意識しちゃってるのかな?」


「してねーよ。ほらさっさと選ばないと日が暮れるぞ」


「まだ午前中でしょ」


「俺にはラノベを読む時間もあるんだよ」


「この希沙良ちゃんが一緒に買い物してるのに楽しくないわけ?」


「いやそういうわけではないけど……(ごにょごにょ)」


「はい! ごにょごにょしない! アニオタのくせに生意気よ!」


 そんなこんなで、その後もボストンタイプ、ラウンドタイプと順番に試着していき、その際に私は彼の耳に触れまくった。

 まあ、1回の時間はそれほど長くないけど、累積時間で言えば十分及第点のはず。

 

 これならさすがの未知人くんだって……。


「ねえねえ、未知人くん、このメガネどう? 好きになっちゃう?」


 私は、最初にかけた焦げ茶色のボストンタイプのメガネをもう一度かけて、後ろを振り返りニコッとしてみる。


「って……あれ?」


 しかし、彼はそこにはおらず、別の男性が気まずそうに会釈を返してくれた。


 あれ? さっきまでそこにいたはずなのに……。

 キョロキョロと辺りを見渡すと、彼はいつの間にか椅子に腰掛け、一心不乱にラノベを読みふけっていた。


「は?」


 私は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。

 あれあれ? どうして? 彼のラノベは私のカバンの中に入ってるはずだけど……。


 ってそんなことより…………。

 私は未知人くんに詰め寄ると、ラノベをバシッと取り上げる。

 ああぁぁと情けない声を出す彼。


 まだ状況が理解できてないようだから教えてあげる。


「希沙良ちゃんがメガネを試着中にラノベのメガネっ子に萌えるとはいい度胸だな、コラ」


 一瞬にして至福の表情は恐怖に歪む。


「まっ……待て更科。話せばわかる」


 やっと状況を理解したのか、目を見開いて後ろに後ずさる彼。


「いまから二次元と三次元の違いを教えてあげるね」

 

 私はニコリと笑って見せる。


 その後、未知人の口癖が「これが三次元か……」になったとか、ならないとか……。


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