§012 「こんなの勝てるわけない」

「じゃんけんブルドッグ? 小学校の頃とかによくやったやつか?」


 俺は小学生や中学生の頃に流行ったそのゲームを思い返す。


 確か……『じゃんけんブルドッグ』とは、ジャンケンに勝った人は負けた人のほっぺたを片方つまみ、そのままジャンケンを続け、最終的にジャンケンで3連続して勝つ。

 つまり、両頬をつまんだ状態で更にもう1回ジャンケンで勝つことが勝利条件のジャンケンからの派生ゲームだ。


「そうそう。そのじゃんけんブルドッグ。なんか久々にやりたくなっちゃって」


 更科が無邪気な笑顔をこちらに向ける。

 更科ってあんまりこういうガキっぽいことはやらないイメージだったんだが……。


「念のため確認するけど、これって男女でやるようなゲームか? ほら、ほっぺたつまむことになるしさ」


「別に男女でやってもいいんじゃない? そりゃちょっとは手加減してくれるとありがたいけどさ」


 男同士では頬がじんじんするほどつねりあった記憶がある。

 あれはあれで痛快ではあったのだが、相手が女の子となるといろいろと気を遣わなければならない。

 更科はさして気にしてなさそうだからいいが、女の子とするのはもしかしたら初めてかもしれない。


「まあ、そこまで言うのであれば……」


 更科とじゃんけんブルドッグ。

 俺がジャンケンで勝ったら、更科のほっぺたをつまめる。

 俺がジャンケンで負けたら、更科にほっぺたをつままれる。

 これは一体なんてラノベですか。


 ゲームの構造上、俺と更科は向かい合う形になる。

 この絶妙なポジショニングがどうにも恥ずかしい。

 目のやり場に困るというのは、まさにこのことだ。


 吸い寄せられるように、彼女の盛り上がった胸元に目がいってしまう。

 国分の『Eカップ』という言葉が頭にこだまして、俺はゴクリと生唾を飲み込む。


 こうやって更科を目の前にすると、彼女が絶世の美少女であることをつい意識してしまう。

 自分で言うのもなんだが、普段話すときは彼女が“美少女”であるということを意識せずに、フラットに話せている自信はある。

 でも、さすがにこのシチュエーションは反則だ。

 彼女を直視できなくなる。


「どうしたの?」


 そんな俺の異変を察知したのか、彼女が小首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。

 うっすらと口角があがり、瞳は妖艶にキラリと光る。


 ああ、なんてエロい表情なんだろう……。


 ってダメだ、ダメだっ!

 女の子は男の視線に敏感だと、どこかのラノベで読んだことがある。

 変なことを意識するな。


 あくまでこれはゲーム。

 真剣勝負だ。

 そして、挑まれた勝負、決して負けるわけにはいかない。


「いやなんでもないよ。さあ、ゲームを始めよう」


「おお、そのノリいいね! それじゃあいくよー!」


「「ブ~ルドッグ!」」


「…………」


「…………」


「あー私の負けか……。ほら、あなたが勝ったんだから、遠慮せずに私の柔らかいほっぺたをつまみなさいよ」

 

 ぐっ!

 なぜ勝ったはずの俺がこんなに敗北感を味わっているのだ……。


 俺は「失礼します」と、彼女の女の子らしいモチっとしたほっぺたをつまむ。


 彼女は、反射的に身体をビクッとさせ、恨めしそうな上目遣いで俺を睨みつける。

 なお、目は涙目だ。


 いやいやいやいや、これはさすがに反則すぎるでしょ。

 この背徳感……悪魔的だ。

 この表情を見つめてたらもうすべてのことがどうでもよくなりそうだ。


 俺はどうにか彼女を直視しないようにするが、しっとりと潤いのある唇につい目がいってしまう。

 彼女の頬は紅潮してほんのりと赤みを帯びてきた。

 これは決して俺がほっぺたをつまんでいるからではないだろう。

 彼女は、さっきの勝ち誇ったような勢いはどこへやら、少し俯きがちだ。


 でも、これは別にやましいことをしているわけじゃない。

 あくまで“合法”に開始されたゲームだ。

 であれば、粛々とゲームを遂行するしかない。


「はい! 次!」


「「ブ~ルドッグ!」」


「…………」


「…………」


「また私の負けか……(うぎゅ)……」


 ~10分後~


「もうやめようよ~。こんなの勝てるわけない」


 更科は、頬を真っ赤に腫らせ、既に泣きべそをかいていた。


 それもそうだ。

 かれこれ10分間じゃんけんブルドッグを続けて、俺の10勝0敗。

 じゃんけんも俺の全勝、更科には一度も頬をつまませていない。


「おん? 負けを認めるのかな?」


 俺はさっきのお返しとばかりに、最大限に勝ち誇った笑みを浮かべ、耳まで真っ赤にした更科の顔を覗き込む。


「うぅ、さすがにこんなチートおかしいでしょ。どんな悪魔の実を食べたらこんなことできるようになるのよ」


「だからゲーム強いって言ったじゃん」


「いやいや、ジャンケンみたいな確率ゲームで、1回も勝てないってどんなクソゲーよ」


「更科は思考が顔に出やすすぎるんだよ。次に何を出そうとしてるのか、目の動きとかを見ればある程度予測できる」


「そっ……そんなこと現実でありえるの……?」


「俺を鈍感なバカだと思ってもらっては困るな。これでもゲーム歴15年のゲーマー。この世に運なんて存在しない。ゲームの勝敗は始める前には決まっているんだ」


 ふっ……決まった。

 更科には悪いが、俺の目に写るのは完全勝利の運命。

 何もかも計算通りだ。


「……(ぐすん)……いつか絶対復讐してやるんだから」


 彼女が俺のことを、涙目でキッと睨みつける。


 すると、教室の前の方から、


「ねえ、希沙良が泣いてるよ」

「えっ? ヤンキーに希沙良が泣かされてる?」


 という更科の友達らしき声が聞こえた。


「…………」


「…………」


 うん。さすがにちょっとやりすぎたようだ。

 完全に悪目立ちしてしまっている。

 これは完全にヤンキー成瀬がアイドル更科を泣かせた構図だ。


 これは…………逃げるが勝ちだ!


「ごめん、トイレ!」


「はぁ? ちょっと待ちなさいよ!」


「わりぃ! 俺の膀胱あと10秒で爆発するわ!」


 俺はそれだけ言い残すと、更科の叫び声を尻目に、一目散に教室を後にした。


 いや~まさか泣かせちゃうとは思わなかった……反省反省。

 とりあえず、変な噂が立たなきゃいいけど……。


 それにしても……ほっぺたをつままれて恥ずかしそうにしてる更科は本当に“美少女”だったな。


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