§011 「暇つぶしにゲームでもしない?」

「おはよう。未知人くん」


「おっ……おう」


 私は、いかにも気怠そうに教室に入ってきた未知人くんに挨拶する。

 私から挨拶するのは、おそらく初めてだろう。

 彼もそれがわかってるようで、少し驚いたような返事が返ってきた。


 昨日はいろいろと考えさせられた。

 彼と別れた後も、たくさんたくさん考えた。


 そこでたどり着いた答えは、やはり私は男を虜にしなければ生きられないということだ。

 未知人くんの言葉が心に響いたことは否定しない。

 だけどね、それはがする恋愛の話なんだよ。

 私はね、じゃないの。


 だから、私は私のやり方であなたに『好き』になってもらおうと思う。

 そこで、私なりに未知人くんに能力が効かなかった理由を考えてみた。


 まず考えたのが『時間』。

 私の能力は、触れている時間に比例して、私のことを好きになる能力。

 ということは、長い時間触れていれば、それだけ私のことを好きになるということになる。


 最初のときは、確かに触れている時間が、それほど長くなかった。

 その対策として、手相占いのときは、かなり長い時間触れてみた。


 それでも彼には私の能力が効かなかった。


 そうなると、発想の転換をしなければならない。


 原因は『時間』ではない。

 そう考えたとき、もしかしたら『触れている場所』なのではないかという、結論に至った。


 すなわち、『手』に触れるのでは効果が薄いのではないかと。

 私はいままで彼の手に触れることに固執してきたが、私の能力は、決して、触れる場所が手である必要はない。

 高校生活で触れるには、『手』が最も好都合だったというだけだ。


 そうとなれば、少し強引な手段を使ってでも、『手』以外の部分に触れてみようという考えに至るわけだ。


 そこで思いついたのが『ほっぺたに触れて私に惚れさせよう作戦』だ。


 この作戦ならきっと大丈夫。

 今度こそあなたをメロメロにさせてみせるわ。


「昨日はなんかごめんね。ちょっといろいろ熱くなっちゃって」


 とりあえず、今日は謝罪から入ってみる。

 昨日は彼がバニーガールがどうだの意味不明なことを言うからつい手を出してしまったけど、このまま関係が悪化すれば目的の達成に支障をきたしかねない。

 だから、まずは関係の修復を図ろうという魂胆だ。

 もちろん、私から「おはよう」の挨拶をしたのもその一環。


「いや、俺の方こそ。更科の気持ちも考えずになんかごめんな」


 うん。反応は上々のようね。

 と思った矢先に、彼は何やらカバンをゴソゴソし始めた。


「ほら、買ってきたから選べよ」


 彼はそう言うと、カバンからジュースの缶を何本か取り出し、私の机にドカドカっと置く。


「えっと……これは?」


「一応、これは昨日のお礼とお詫びかな」


「お礼とお詫び?」


「ほら、昨日は犬を送り届けるの手伝ってもらっちゃって、帰る時間も遅くなっちゃったからさ」


 ああ、またこいつは……。

 こうやって私に優しくする……。

 これ以上、私の気持ちをぶれさせないで。


 私はどうにか彼から意識を逸らそうと、並べられた缶を見つめる。


 ジンジャーエール、ミルクティー、アイスココア……。

 って何これ……。

 私の好きな飲み物ばかりじゃないの。


 その並べられた飲み物に不覚にも心が躍ってしまった。

 彼に好きな飲み物とか教えてないと思うけど、どうしてこんなにセンスがいいの?


「この飲み物は誰のチョイス?」


「ん? 俺だけど」


「未知人くん……あなたって童貞よね?」


「どっ! いきなりなんだその質問は」


「ああ、間違えたわ。あなたって彼女いないわよね?」


「いや、どんな間違いだよ。はい、絶賛彼女募集中の高校2年生でございます」


「そうよね。愚問だったわ」


「さすがに失礼だぞ……」


「もしや、君は未知人くんの皮をかぶった何かね?」


「いろんな意味で皮はかぶってねーよ。何をいきなり意味のわからないことを」


「いや、あまりにも飲み物のセンスがよかったから、もしや未知人くんは冴えない男を演じているプレイボーイなのかと一瞬疑ってしまったけど…………うん、ないわね」


「おい、俺の顔をまじまじ見ながらのその発言はさすがに傷つくぞ」


「ふふ、冗談よ。じゃあ、ジンジャーエールもらっていい?」


「どれでもいいぜ。てっきりミルクティーを選ぶと思ってたけど予想が外れたな」


「いまは炭酸飲んですっきりしたい気分なの」


 そう言って、ジンジャーエールを手に取る。

 ジンジャーエールの缶は結露としていて、ほんのりと指先が冷たくなる。


 ふと、昨日の記憶が蘇る。

 未知人くんの手……温かかったな……。

 あのとき、感じた気持ちってなんだったんだろう……。


 そんなことを考えながらジンジャーエールの缶を見つめていると、頬に急にひんやりとしたものが押し付けられた。


「ひゃっ!」


 私はその感触に驚いて反射的に声を上げると、未知人くんがアイスココアの缶をこちらに差し出していた。


「あっ……えっと……」


「1本余るから特別にアイスココアもやるよ。俺、ココアは甘ったるくて苦手なんだ」


「あっ……ありがとう……」


 差し出されたアイスココアを反射的に受け取ってしまって、私はハッと我に返る。


 なっ……なにが「ありがとう」よ。

 なんでジュースの1本や2本で手懐けられてるのよ。

 私はそんなにちょろい女じゃないでしょ。

 もっと堂々と「ふん、当たり前でしょ」って顔をしてればいいだけなのに。

 本当こいつといるとペースが狂わされる。


 私は邪念を振り払うように、ジンジャーエールの缶をプシュッと開けると、一口目を勢いよく流し込む。

 口の中をシュワシュワとした刺激が弾け飛ぶ。


 ほら作戦どおりいくわよ希沙良。準備はいい?

 私は一呼吸置いて、彼に視線を向ける。


「ねえ、まだ始業まで時間あるし、暇つぶしにゲームでもしない?」


「ゲーム? 更科ってゲームやるのか?」


「テレビゲームとかはやらないけどね」


「別に構わないけど、俺、割とゲームは強いぞ?」


「望むところよ! それじゃあ……ゲームは『じゃんけんブルドッグ』で!」


「ん? じゃんけんブルドッグ?」


 いざ、 『じゃんけんブルドッグ作戦』始動っ――!!


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