§005 「いますぐ『好き』って言えば許してあげるわよ?」
「なんか屋上に呼び出されるって告白っぽくてドキドキするよな」
「ふざけないで」
私と成瀬未知人は誰もいない屋上で対峙していた。
さすがに能力に関する会話を教室でするのは具合が悪い。
それに、よくわからないけど、彼の態度にはどうも違和感がある。
私の能力下の男の子は私の申し出を断ったり、軽口を叩いたりすることはないはずなんだけど……。
「それで、俺はなんでこんな屋上に呼び出されたんだ?」
そうね……まずは……。
「さっき真壁くんとどんな会話をしていたのか教えてもらえるかしら?」
「いやあれは……」
早速、口ごもる彼。
「あれは?」
私は心の中を覗き込むように彼の目をじっと見つめる。
「……あれは……実は行きつけの蕎麦屋の話をしてたんだよ」
「はぁ?!」
さっきはボーイズトークとか言ってたじゃん!
って誰がチェーンでもないのに街中でよく見かける名前のお蕎麦屋さんよ!
こいつはつくづく私のことを馬鹿にしてるみたいね。
「冗談はあなたの名前だけにして。未知人くん」
私は苛立ちを抑えきれずに、少し強めの口調になる。
成瀬未知人……。
無造作に伸びた赤髪に、だらしなく緩められた制服のネクタイ。
クラスにはほとんど友達はおらず、いつも一人で過ごしている印象。
よく見れば、色白で端正な顔立ちをしているのに、雰囲気が残念というか……。
“失敗したヤンキー”のオーラがぷんぷんする。
「そんなことよりも、更科と真壁は付き合ってるのか?」
「えっ? 私と真壁くんが? どうして?」
「いや、なんというか……」
「あ~もしかして!」
私はなるほど~とばかりにいたずらっぽい笑みを浮かべて、彼の顔を覗き込む。
「私と真壁くんが仲良くしてるのを見て嫉妬しちゃったんでしょ。可愛いところあるじゃん」
「いや、そういうのじゃねーから」
彼はそんな私の態度を振り払うかのように、即座に否定する。
「じゃあ、どうして?」
「昨日、真壁がお前に告白してたみたいだったからさ」
「ん? 何のこと?」
「いやほら、昨日教室で真壁と手を握り合ってたじゃん」
ああ……そういうこと。
彼は昨日の私と真壁くんのやり取りを告白だと勘違いしているのだ。
確かにそれならさっきの質問にも合点がいく。
でも、それを差し引いてもやっぱり彼の反応はどこかおかしいのよね。
どうにも能力が効いているように見えないというか。
昨日のことは『すべて忘れる』ように命令しているはずだし。
もしかして、能力が効きにくいタイプなのかしら……?
この調子だと後々扱いが面倒そうだし、仕方ないから、もうちょっとだけ私のことを好きになってもらうしかないかな。
あんまり長く触れすぎると暴走しだす恐れがあるから、ちょっと加減しないといけないけどね。
そうと決まればさっそく……
「そんなに怒らないで未知人くん。ちょっとからかっただけよ。これは仲直りの印」
そう言って私はニコッとはにかんだ笑顔を作り、彼に歩み寄りながら、右手を差し出す。
「なっ……なんだよ。改めて握手とか」
彼は一瞬驚いた表情を見せたが、私が更に追い打ちをかけるように小首を傾げて満面の笑みを見せるとさすがに陥落したようだ。
照れ隠しで頭をポリポリ掻きながらも、まるで吸い寄せられるように、私が差し出した手をギュッと握り返してくる。
ふふ。
ホントに男の子って単純よねー。
私がちょっと可愛い顔をすれば、こんなにも簡単に握手してくれるんだから。
彼はどう見ても女の子には免疫なさそうだし、高めに見積もったとしてもスライムレベル。
雑魚モンスター程度なら、数秒で大丈夫かな。
1……2……3……4……5
はい、瞬殺と。
さてと、真壁くんは教室に置いてきちゃったし、今日の荷物持ちは彼にしてもらおうかしら。
「じゃあ未知人くん……今日の放課後なんだけど……」
そう言いかけたとき、ドドォっという音と共に、急な突風が吹きすさぶ。
突風は私の髪の毛をバサバサと揺らし、挙句、スカートまで巻き上げてしまった。
「キャ――――――――――――!!!!」
私は未知人くんから手を離すと、大慌てでスカートを押さえる。
それでも吹き止むことのない突風は、これでもかというぐらいにスカートをはためかせる。
やっと突風が収まり、顔を上げると、そこには顔を真っ赤にして口笛を吹いている成瀬未知人の姿があった。
口笛って……音出てないし。
「見た?」
「えっと……何をでしょう?」
「素直に答えれば殺さないであげるわ!」
私は彼をキッと睨みつける。
「いや何も見てないです!」
「嘘つき! いま見たことを可及的速やかに忘れなさい!」
「そんな無茶なことできるわけないだろ!」
「は? 私のこと好きならできるでしょ?」
「別に俺は更科のこと好きじゃないから!」
「はへっ?」
おっと、思わず変な声が出ちゃったじゃない。
でも……好きじゃないって……。
あれ? あれ? あれ? あれ?
ここは「好きです」とか「愛してます」的なパターンじゃないの?
なんで? どうして? ちゃんと彼の手を握ってたよね?
しかも、昨日から合計2回も。
もしかして私の能力が効いてない?
いやいやいや、そんなことあるわけがない。
私の能力は絶対無敵。
私のことを『好き』にならない男なんてこの世にいない。
これは何かの間違いに違いない。
「いますぐ『好き』って言えば許してあげるわよ?」
「だから好きじゃないって。どれだけ自信過剰なんだよ」
私は思わず言葉を失ってしまった。
おそらく今年一番にまぬけな顔をしていたと思う。
じっ……自信過剰って。
こんな屈辱的な言葉……生まれて初めて言われたわ。
やっぱり彼には能力が効いていないんだ。
この状況から考えられることは……そうか……触れている時間が短すぎたか……。
スライムレベルだと思って完全に油断したよ……未知人くん。
君をスライムからメタルスライムまで昇格させてあげよう。
でも、もう逃がさない!
次はもっとギュッと握って、完全に私の虜にする!
私の『サキュバス能力』を舐めないで!
そう思って、彼の手を強引に掴みにかかると、
(ひょい!)
と華麗な足さばきで躱されてしまった。
あれ? あれ? あれ? あれ?
何なのこの素早さ。
メタルスライムになって素早さ上昇?
まさかの、ここにきて、メタルスライムに昇格させたことが仇になってる……。
私は連続攻撃を繰り出すが、彼はまるでスライムのように、私の手から逃げ回る。
「こら、逃げるな!」
「ちょっ……ちょっと待てよ。いきなりばくれつけんを繰り出してくるのは無しだろ」
「誰がドラクエのモンスターよ! 避けるんじゃないわよメタルスライム!」
「俺はそんなに防御力高くないんだよ! ちょっと落ち着けって!」
「私は冷静よ!! っていうか止まりなさいよ!!」
「たかがパンツ見られたぐらいで何をムキになってるんだよ」
はっ……はぁぁぁぁぁああああっっっ――――っ!?
私は一瞬にして顔がかぁぁぁぁと赤くなるのを感じた。
「たかがとはなによ! やっぱり私のパンツ見たんじゃん! 殺す殺す殺す殺す!」
「今夜のおかずごちそうさまです」
「――っ!!! 絶対に記憶を抹消してやる! 記憶どころか存在も抹消してやる!」
その時、私の声をかき消すように、授業開始のチャイムが鳴った。
「やば。チャイム鳴っちゃったぞ。更科」
「えっ?!」
「ってことでお先失礼しまーす」
私がチャイムに気を取られた一瞬の隙をついて、彼は屋上から猛ダッシュで駆け降りる。
ちょっ……まっ……待ちなさいよ。
どっ……どれだけ逃げ足早いのよ。
もうっ! 作戦変更っ!
残り『2割』は後回し。
まずは私をコケにしてくれた成瀬未知人から潰す。
覚悟しておきなさい、成瀬未知人……。
「あなたに絶対『好き』って言わせてやるんだから――っ!」
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