§004 「随分と面白そうな話してるのね」

「だから、お前更科と何かあっただろ?」


 俺は真壁に詰め寄っていた。

 えっ? 更科希沙良に口止めされたんじゃないかって?

 何度も言わせないでほしいが、我は好奇心旺盛、血気盛ん、食欲旺盛な高校2年生でござる。

 国分にあんなこと言われたら真相を確かめたくなるのが男というものだろう。


「な~教えてくれよ~ん」


「だから何もないって言ってるだろ。しつこいな」


「実は更科と付き合ったりしちゃってるんだろ?」


「…………」


「実は更科と親密な仲なんだろ?」


「…………」


「実は更科とチョメチョメでチョメチョメなんだろ?」


「…………」


「そんなに隠さなくてもいいだろ。更科と付き合ってるのかどうかだけでいいから教えてくれよ」


 そう言って身体をグラグラと揺すってみるが、頑なに口を割ろうとしない真壁。

 こっ……こいつ中々強情じゃねぇか……。


 付き合ってるなら、付き合ってるで別に隠すことでもないだろうに。

 それか、本当に更科に利用されてるだけだから恥ずかしくて言い出せないのか?

 かくなる上は……


「じゃあさ、俺の持ってる更科の秘密と交換っていうのはどうだ?」


「更科さんの秘密?」


 この高校生なら食いつかずにはいられない『秘密』という単語に興味が沸いたのか、真壁は満更でもない表情を浮かべる。


「そうそう。気になるだろ?」


 俺はニヤリと笑うと、声のトーンを落として、真壁の耳元で囁く。


「実はな……更科のむ……」


 しかし、そこまで言いかけたところで、真壁の視線が俺の後方に向けられる。

 そして、まるで見てはいけないものを見てしまったかのように瞳が大きく見開かれる。


「ん? どうした真壁?」


「随分と面白そうな話をしてるのね。私も仲間に入れてくれるかな」


「――っ!」


 突如、後ろから声をかけられて、飛び退くように振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた更科希沙良が立っていた。


 昨日と同じようにすべてを見透かしたような瞳で自信満々に俺のことを見下ろしてくる更科。

 その端正な顔立ちと、凛として隙のない佇まいは、まさに“美少女”そのものだった。


「ごほんごほん。えーっと、何か用か? 更科」


 俺はいままでの会話を誤魔化すように、わざとらしく咳払いをしてみせる。


「私の名前が聞こえたから何の話かなと思って」


 更科の瞳が真っすぐに俺のことを捉える。


「いやっ……ほらボーイズトークってやつだよ。男の友情的な。なっ! 真壁!」


 そう言って、肩に手を乗せて同意を促すも、無言で目を逸らす真壁。

 こいつ裏切り者め……。


「ふぅ~ん」


 更科は納得がいかないとばかりに鼻を鳴らすが、「まあいいわ」と言って後ろ手に組み替えると、妖艶な笑みを浮かべる。


「それよりも今日の放課後に買い物行こうと思うんだけど、2人ともよかったら付き合ってくれない?」


「喜んで」

「えっ? 俺も?」


 更科からの問いと同時に、俺と真壁は相反する声を上げる。


「は?」


 これに対して、更科は驚きと戸惑いが入り混じったような声を漏らす。

 どうやら俺の反応が更科にとっては予想外だったようで、さきほどまで浮かべていた笑みは雲散霧消のごとく消え去り、明らかに動揺した表情を浮かべていた。


 いやいや、どちらかといえば、「は?」は俺の台詞だからね。

 なんで俺が更科と真壁のデートに付き合わなければならないんだ。

 更科のことを好きなのは真壁であって俺じゃないんだから、そんな関係に俺を巻き込むなよと。


「成瀬くん、いまの返事はあんまり感心できないな~」


 更科は右手を頬に当てて、小首を傾げて見せる。


 正直なところ、更科が俺に何を求めているのかが理解できなかった。

 買い物なら別に俺を誘わずとも、真壁と一緒に行けばいいだけの話だ。

 むしろ、2人が付き合っているなら尚更だ。

 でも、ここで2人の関係について言及するのは空気が読めてなさすぎる。


 そう思って、俺が返答に逡巡していると、


「成瀬くん、いまから屋上まで来れるかしら。悪いけど真壁くんはここで待ってくれるかな」


「更科さん、仰せのままに」


 即答する真壁。

 確かにこの場所は人の目がありすぎる。

 お互いに核心部分が話せない中だと、堂々巡りになることは目に見えてる。


「そうだな。屋上で話そうか」

 

 ニコリと不敵な笑みを見せる更科に続き、俺は屋上へと向かった。


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