3.6『すっぽんぽん戦隊 けっこう仮面Ⅴ』

「もしかして、古本屋さんなんですか!」


 案内されたモリタさんの家の軒先を見た時、僕は思わず大声で叫んでしまった。闇市の喧騒を抜け出し、下町に入ったところで「まぁ、上がってけや」とモリタさんが手で払ったのれんには古本屋と書かれていた。


「俺だけに、ってぇから、組の事務所じゃなくて、自宅だ」

「自宅が古本屋なんですか?」

 うらやましい。

「珍しかねぇだろ。古本屋はヤクザ稼業と相場で決まってら。俺の修行時代からやってた稼業でね。もったいねぇから、住み込みに手伝わせてんだ」


 トロル対策として攻撃的なコンテンツはすべて規制されている。

 思念ネットワークで流通する経験データは常に監視されているが、それをかいくぐれるのが古本だ。もちろん、グレーばかりの違法すれすれで、いつのまにか古本屋はヤクザの稼業となってしまった。


「ほらほら、軒先で突っ立ってないで、上がってけ。おい、てめぇら」と振り返り、ついてきた子分に言いつける。「東京の防疫官が何やらを書いているんだとよ。それを聞いてくるから、ちょいと待っといてくれ」

「へい」

「そっちは姉ちゃんと……、ボッチさんにも来てもらおうか」

「えっ僕もですか?」

「お前さんがいてくれた方が、話しもはやそうだからよ」

「はぁ」

「ほらほら、尻が冷える。上がった、上がった」


 のれんを分けて店に入ると、足元にダンボールがたくさん並んでいた。

 どうやら店というよりも、おろしが中心なのでだろう。本棚もあるが、出荷前らしき雑誌やら写真集が紐で結ばれて、うず高く積み上がっている。

 なにやら、表紙にピンク色が目立つなぁと目をこらしてみると、上半身が裸の女性が乳房を両手ですくい上げているグラビアの表紙だった。


「古本屋っても、エロ雑誌が中心だがな」とモリタさんがかっかと笑う。

「あっ『プレイボーイ』がある」

「ほぅ。もしかして、ボッチさんも好きもんかい?」

「ええ、お恥ずかしながら」

 と、思わず頭をかいてしまった。

「だったら、いいのがある。蒼井そらの『すっぽんぽん戦隊 けっこう仮面Ⅴ』が入ってきたばかりだ」

「まっ、本当ですか! お宝ですよ!」


 蒼井そらとは2000年代に活躍したアダルトビデオ女優で、あまりの人気からポルノだけでなく一般映像作品にも出演した。一部では「AV女優の社会的地位を向上させた」とも称されるほどの人だ。

 その蒼井そらが参加した『すっぽんぽん戦隊 けっこう仮面Ⅴ』は永井豪の快作漫画『けっこう仮面』を5人の人気AV女優が演じるという体で出版された、グラビア写真とコミックを複合させた意欲作だ。

 ちなみに『けっこう仮面』はエロギャグ漫画で、悪徳教師たちを成敗する謎の仮面少女の物語だ。仮面少女がセクシーな必殺技で悪徳教師たちをばったばったとやっつける、という頭からっぽで楽しめる筋書きが、当時のエロ少年たちの股間をがっちりと掴んだらしい。

 ちなみに、僕もがっちりと掴まれました。


「こんな秘宝がここに!」

「おや、もしかして、お求めかい?」

「おいくらですか?」

「おいおい、値段なんてとてもじゃないがつけられねぇな。ここはボッチさんの気持ち次第といこうか」

「そ、そんなぁ」

「あの……」

 とアルナナさんが声を落とした。

「さっきから、なにをやっているのですか」

「おお、怖っ。ちぃとばかり、ふざけすぎたようだな」

「そうですね。続きは後で」

「ああ、日を改めてな。あの姉ちゃんに黙って来るといい」

「そうします」


 アルナナさんの鋭い目線に追い立てられるように、そそくさと店の奥にある畳敷きにあがる。モリタさんが奥からコップと麦茶をもってきた。プラスチックのポットに入った麦茶は、氷につかってジャラガラと音をたてている。


「あっ、申し訳ありません」

「いいよ。座ってろ。そっちが客さんだ。建前やらメンツはなしでいこうや」


 ヤクザの親分の家と聞けば、和風の豪邸を思い浮かべる人は多いだろう。

 けど、そういうのはごく一部の大組織だけで、多くのヤクザさんは地元に溶け込むようにして生活している。小田原の門番を仕切っている組なら、構成員は多くても百名程度だろうか。若い衆を食わせるので手一杯で、豪邸なんて建てる余裕なんてないだろう。


「おらよ。後は勝手についでくれ」

「あ、どうも」

「しっかし、驚いたぜ。ケツ持ちに呼ばれたら、ボッチさんがいたなんてな。小田原も狭いねぇ」

「ご迷惑をおかけしました」

 すかさず、モリタさんのコップに麦茶をそそぐ。

「すまねぇな。……で、小田原はどうだい?」

「東京よりも活気がありますね。さっき屋台で蛇を焼いていたから驚きましたよ」

「東京では蛇は食わねぇか。意外にいけるぜ。小骨が多いのが玉に傷だがな。貧乏でも肉が食いてぇ、って始めたやつだが、見た目はうなぎだろ? だったら蒲焼きだ。そしたら、まぁ味は蒲焼きで不味いわけがねぇ。今じゃ、ここらの名物だ」

「へ〜」

「まっ、俺は蛇でも塩派だがね」

「あ、あの」


 とアルナナさんが耐えかねたように割って入ってきた。


「現場検証のために私たちをお呼びになったのでは?」

「ああ、そんなのはもういい」とモリタさんは手を振った。

「しかし……」

「見た目の通りのかてぇ姉ちゃんだな」

 モリタさんは麦茶の氷を口に含んだ。

「こんなのいつもの茶飯ちゃめしでな。おおかたのオチは読めてる。いまさら気張ることじゃねぇ」

「でも、あんなに大勢を引き連れて」

「コケオドシだ。ケツモチに行く度に喧嘩してたら、勘定が合わねぇだろ。ましてや、ボッチさんは腕っぷしが立つらしいじゃねぇか。ワリに合わねぇな、とげんなりしていたらよ。そいつをボッチさんが汲み取って、俺に頭を下げてくれたんだ。だったら、儲けもん。そこで手打ち以外の手はねぇ」

「……」

「こいつは道理だぜ、分かんねぇかな」


 アルナナさんは助けを求めるように僕をチラリと見る。

 その様子を見たモリタさんは愉快そうに膝を叩いて笑った。屋台での威圧的なしかめ面はすっかりと消え、今では単なる古本屋の好々爺こうこうやのようにも見える。


「ああ〜、おもしれぇな。なぁ、ボッチさんよ、この姉ちゃんはあんたのスケか?」

「とんでもない。いつも僕を使ってくれるクライアントですよ」

「なんだ。つまんねぇな。まぁいい。姉ちゃんの件については、どうやらうちの肉助にくすけがヤンチャしたみてぇだな。迷惑をかけたてすまねぇ。ああいうチンピラみてぇなことは二度とするなと何度も指導したんだがね」

「……ご存知だったんですか?」


 てっきり、アルナナさんの脳で確かめると言っていたから、スキャナーを刺されるのかと身構えていた。


「肉助の屋台の隣に、串焼き屋があっただろ」

「ええ、蛇の串焼きのある」

「ああ、それだ。前から肉助は厄介事ばかり起こすんで、串屋に見張らせていたんだよ。だから、姉ちゃんの脳なんて覗かなくても分かっている。あのドラはそろそろ潮時かね」


 ふと、モリタさんはさびしそうにため息をついた。

 その空になったコップに麦茶をそそぐ。モリタさんは片手で拝んでから、麦茶を口にふくむと口元をへの字に曲げた。


「何度も聞かせたし、シメたこともある。しかし、どうも性欲の抑えがきかねぇらしい。最近は問いただしてもやってないの一点張りだ。親なら一度は信じてやるべきだが、裏切りは三度までだろうよ」


 ——筋道を外してたとすりゃ。てめぇは魚の餌だ。


 モリタさんが肉屋に言ったドスをふっと思い出した。あれは死刑宣告だったのだ。気がついて思わずつばを飲み込んだ。


「嘘ってのは嫌だねぇ。手間ばかりかかりやがる。脳有りどもは嘘をつかないらしいじゃねぇか」

「ええ」

 と、アルナナさんはうなずいた。

「ですので、共有脳があれば今回のようなトラブルは起きません」

「まぁそうかもしれん。とはいえ、脳有りと仕事は何度もさせられたがよ。お前らがいつも清廉潔白ってわけじゃねぇだろ」

「……」

「あの兜の市長みたいにあやしいこと人に押し付けようとする奴もいる」

「それは脳深部刺激のことですか」

「そんな難しい言葉知らねぇ。だが、俺たちは脳ビリって呼んでるやつだ」

「脳ビリ、ですか」


 おそらく同じことだろう。

 モリタさんは目を閉じて「むぅ」と考え込んでいた。しばらくして、首をもみながら語り始めた。


「最近じゃ、あの兜野郎め、俺たちの脳にも電極を埋め込みはじめた。電流を流すだけで、笑いがこみ上げてきて、気分が飛ぶんだとよ。言ってることがヤク中くせぇ。……噂では、ここの反対側にある早川門の組の連中は脳ビリを入れたらしいな」

「反対側というと、小田原の西門ですか?」

「ああ、早川門ってぇんだが。あっちは早川組が仕切っている。同じ黒条会の兄弟分だが、あの兜と仲良くやっているらしい」

「なるほど」

「ウチらは脳ビリを法度はっとにしているんだが……。あの肉助、隠れて脳ビリを埋め込んだらしいな」


 ふと、電圧を高めすぎると性欲が増進してしまう、という記述を思い出した。


「しかも、早川の奴らがやっている改造にまで手を出しやがった」

「改造?」

「埋め込んだ脳ビリの電圧を増やす手術だよ。流石にあの市長もこれは禁止しているが、早川は裏でシノギにしている。まったく、大馬鹿者だぜ。肉助が性欲を抑えられねぇのもそいつのせいかもな。ヤク中どもと同じだ」


 思わずアルナナさんのほうを見た。

 電圧は一定で調整できない、と市長は言っていた。都市の中央部に住んでいるような裕福な脳有りであれば統制も可能だろうが、壁際のヤクザ者を完全に制御できるわけがない。


「その違法改造について、もう少し、詳しく教えて下さいませんか?」

「あん? どうした、姉ちゃん。急にやる気をだして」

「私が壁際に来た目的はまさにそれです。小田原で導入されはじめた脳深部刺激の視察でした。そのために、防疫のかなめとなる壁際に視察に来たのです」

「なるほどな」

 モリタさんは腕を組んだ。

「事情はなんとなく分かった。だがよ、いくらあの兜が気に入らねぇからといって、東京にしっぽ振るつもりもねぇな」

「報告といっても、私の経験を東京に戻ってアップロードするだけです。ここに私を数日置いていただければ、それで十分です」

「それなら……まぁ、別に構わねぇがよ」

「ありがとうございます」

「ここらは俺らのシマだから、組のもんを一人つけておくか……。いや、ボッチさんがいるから、そんな心配もいらねぇかな」

「いえ、バクバさんには反対側の早川門に行ってもらいます」

「僕が、ですか?」


 急に名前を呼ばれたので、驚いてしまった。


「ツィリンさんを連れて早川門の視察へ向かってください。東京で報告する視察データは彼女の脳から抽出しますので。脳ビリが横行している早川門のほうが視察としては重要ですので」

「アルナナさんは?」

「モリタさんのご迷惑でなければ、私はここをお借りして調査を続けたいと思います。安心してください。クルードもいますから」


 アルナナさんはうかがうように視線をモリタさんに向ける。

 モリタさんは肩をすくめた。

「ここに居候する気か? ボッチさんのスケなら、まぁ構わなねぇがよ」

「ありがとうございます」

 それじゃあ、アルナナさんがスケさんになってしまうが……。

 そんなアホなことを考えていると、アルナナさんは僕の膝に手をおいて、言い聞かせてきた。

「私は小田原の社会大脳と対話する必要もあります。ここならスマ市長の介入を心配せずに調査できそうなので」

「まぁ、そういうことなら」


 カラン、と溶けた氷がコップの中で落ちた。


「僕は早川門に行ってみましょうか」




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『週刊プレイボーイ』(集英社)

 1964年に創刊された男性向けの成人雑誌。セクシーな要素はもちろんあるが、ニュースや芸能など幅広く情報をあつかう情報媒体でもある。例えば、2022年5月9日号では、ロシア・ウクライナ情勢、阪神タイガースの連勝、円安の景気影響、とわりと真面目な記事を扱っている。

 もちろん、看板であるセクシーグラビアにも力を入れていて、特別付録のDVDがつくこともしばしば。Amazonでも買えるようなので、購入する時は秘密のサブアカウントを用意しブラウザをシークレットモードにしよう。



『すっぽんぽん戦隊 けっこう仮面Ⅴ』

(原作:永井豪、撮影:宮澤正明、CAST:松島かえで、吉沢明歩、小沢菜穂、沢口あすか、蒼井そら、出版元:講談社)

 原作の永井豪先生は漫画『デビルマン』『マジンガーZ』『キューティーハニー』であまりにも有名で、当時の流行であったエログロ作家を代表する巨匠。教育委員会の敵にして思春期男子の神。

 あっけらかんとしたエロチックギャグ作品にも傑作が多く、特に『ハレンチ学園』は私と同年代以上なら一度は耳にしたことがあるはず。『けっこう仮面』もその傑作の一つ。

 本書は当時のトップAV女優が、戦隊ヒーローモノよろしく色違いのけっこう仮面にふんしたコミカル・ヌード写真集。永井豪先生みずから監修しオリジナルストーリーも提供している。その総ページ数184はヌード写真集としては異常なボリュームで、おっさんたちのエロに対する悪ふざけがあふれ出てしまったようだ。

 ちなみに、撮影を担当した宮澤正明氏は日本を代表する写真家で、伊勢神宮と出雲大社から正式に依頼されて遷宮の記録写真を撮影している。なんでこんな御方に依頼した!? とツッコミたくなるくらい、色んな悪ふざけと真剣さが混じり合った快作だ。

 大変、けっこうである!!

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