出世欲の行方
興奮と恐慌の競売会は終わった。
俺は、招待客らとは時間をずらして本丸御殿を後にする。
足取りは軽やかに。鼻歌でも歌い出したい気分だ。いっそ、踊ってやってもいい。
競売会は大成功を収めた。
安土城竣工に、これ以上なく花を添えたと言えよう。
競売会後に、信長と軽く話したが。
信長のご機嫌は、これでもかと良かった。あそこまで機嫌が良い姿は、俺でも片手で数える程しか見たことがない。
信長の無茶振りに十二分に応えた。信長の俺に対する評価も盤石だろう。
何より、今日一日で途方もない銭をせしめたのだ。取り分は八二? 二でも笑いが止まらないというものだ。
気を抜けば、口元が緩みそうになる。
安土城内の大通りを歩き出す。
招待客らは皆、もう城の敷地内から退去したのだろう。大通りに、彼らの姿はない。――いや一人、足を止めて安土山の頂に聳える天主を仰ぐ者がいる。
俺は、その人物の傍に歩み寄った。
「藤吉様、まだいらしたんですね」
藤吉郎は視線を下げ、俺の顔を見る。
「おう、源さか」
そうしてまた、天主を仰ぎ見る。俺も倣って天主を見上げた。
地上六階、見えないが地下一階、上階は
「見事なものですね」
「そうじゃな」
藤吉郎は頷く。
「今、所領内にある長浜に城を築いとるが、オレもあんな天守閣をこさえたいの」
俺は少し呆れてしまう。
「あれと同じものを建てたら、不味いでしょう」
「じゃな。上様と同規模の天守閣を建てるんは、不遜極まりない。……が、五階建てなら許されんか?」
はあ、と俺はため息を吐いた。
「冗談じゃ、そう呆れた顔をするな! そも、あれだけのものを建てるだけの銭がないわ! じゃから建てん。――今はの」
「今は、ですか」
俺は言葉尻を捕らえる。
「応よ! オレは北近江三郡に封じられたがの。源さ、まだまだ満足しておらんぞ! もっと出世しての、もっと大領を拝領して、そんでまた城を建てる! そん時にゃあ、あれを建てるに足る財力と、上様に準ずる五階建ての天守閣建てても、誰にも文句を言わせん地位を手に入れて見せとるわい!」
藤吉郎は気炎を吐く。
俺はその横顔を見た。天主を仰ぎ見る藤吉郎の顔は、野心に満ち満ちている。
この男も変わらないな。俺は微笑む。
褪せることなき貪欲なる出世欲。
そうとも、羽柴藤吉郎秀吉ともあろう男が、北近江だけで満足する筈もない。
――では、どこで満足する?
笑みが固まる。脳裏を過った疑問に、背筋が冷えた。直後、全身が粟立つ。
史実では、藤吉郎の出世欲を阻むものがなかった。
本能寺の変だ。
あれで、信長が横死したため、昇りつめていく藤吉郎の頭がぶつかる天井もなく、どこまでも昇りつめていけたのだ。――天下人の立場まで。
しかし、この変化した戦国史で、本能寺の変が起こらなかったら? 信長が横死しなかったら?
その時は、この貪欲なる出世欲はどこに向かうのだろう?
「源さ? どうしたんじゃ、顔が青いぞ」
「いえ……何でもありません、藤吉様」
俺はやっとのことで、そう返したのだった。
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