内政と悪だくみ

 激動の戦により、織田の版図はまたも拡大した。

 

 浅井、朝倉征伐の完遂により、織田領は尾張、美濃、近江、若狭、山城、伊勢、志摩、伊賀、摂津、河内、和泉、大和の十三か国。

 同盟者である徳川家康の三河、遠江、浅井長政の越前も加えれば十五か国にもなる。


 領内で本願寺を中心とした一向一揆といった火種も残っているものの、その勢力は他の大名を圧倒するものとなった。


 その軍事的成功には、輝かしいものがある。

 が、信長は戦にだけ注力していたわけではない。


 元亀元年、足利義昭と袂を分かち、自らが天下人となる決意をした頃より、信長は天下人の為の居城の建築を開始した。――安土城である。

 

 天正二年二月に浅井朝倉征伐を終えると、信長は戦を重臣たちに任せ、自らは安土城の建築など、内政に注力するようになる。


 天正二年の三月から十二月の十か月。そして天正三年の丸一年間、ついに信長は戦場に顔を出すことはなかった。

 つまりはその間、織田の総力を挙げるような大戦おおいくさがなかったことを意味する。


 もっとも、この間にも織田は版図を更に拡大すべく戦をし続けていた。


 一軍の大将を任された重臣らは、それぞれ各方面で活躍した。


 丹波国攻略に、丹羽長秀。播磨国攻略に、羽柴秀吉。淡路国攻略に、明智光秀。本願寺攻めに、佐久間信盛。若狭の一向一揆鎮圧に、森可成。伊勢長島の一向一揆鎮圧に、滝川一益。そして信濃の武田領と接する東美濃には、柴田勝家が武田侵攻の備えとして置かれた。


 これらの戦に、我ら天正株式組合も協力こそしたが、やはり俺たちもまた信長に倣い、内向きの働きに尽力した期間であった。

 いずれ大戦が起きれば、そちらに尽力せざるを得ないので、今の内にというわけである。


 いの一番に着手したのは、旗振り通信網の構築。

 堺―京―安土―岐阜―清洲―熱田を一本に繋げる通信網を完成させた。いずれは、徳川領、浅井領までも伸ばす積りである。


 これにていち早い情報のやり取りを可能としたわけだが。

 いくら情報を掴むのが早かろうが、その後の動きが遅ければ意味がない。


 行動を加速させるために、道の整備にも尽力した。

 それは、莫大なモノと人と銭が通う道。

 通商路であると同時に、軍事道路でもある。 


 一例を挙げれば、摺鉢峠を開通させ、京都―岐阜間の道程を約十二キロも短縮させることに成功した。

 もしも武田が唐突に侵攻してきたとしても、勝家の軍団が防衛している間に、織田本軍はいち早く美濃へと駆け付けることが出来るだろう。


 無論、整備した道沿いに、天正株式組合が保有する倉庫を、点々と建てていくことも忘れない。


 そうして、織田領内の機能を充実させていく日々に追われる内に、天正三年も終わり、信長が構築されたばかりの旗振り通信網を用いて俺に連絡を寄越したのは、天正四年の春の事だった。

 ――曰く『急ぎ京まで来い』。……連絡手段が変わっても、中身はまるで変わらない。はあ。



※※※※



 ――天正四年二月 本能寺


「おう! 来たな、うらなり!」


 どかどかと足音うるさく信長が現れる。――ご機嫌は悪くなさそうだ。と、声色から察する。

 面を上げい! との許しを得て、俺は顔を上げた。上座に座る信長の顔を見る。


「あの旗振り通信とやらは良いの! 連絡が早くつくのは有難い!」


 ……こいつ、嬉々として下らない用事で使い倒しているんじゃなかろうな。

 そんな疑念を押し殺して、口を開く。


「お役に立っているようで何よりです。――して、此度の呼び出しのご用件は?」


 信長は頷く。


「うらなり、ついに安土城が完成するぞ! 夏には、ワシは安土に移る積りじゃ」

「それは喜ばしいことです」

「うむ」


 信長は顎髭を撫でながら、身を乗り出す。


「そこでじゃ。うらなりには、やってもらいたい事がある」


 来た! はいはい、いつものやつだな。

 俺は手を持ち上げて、信長の言を遮る。


「心得ております。安土城完成に華を添えるような、何か面白い催し物を考えればよいのですね?」


 信長は満足げに笑う。


「ハハ! 貴様も分かって来たな!」


 分かって来ただと? ふん! 毎度、毎度、似たような無茶振りをされ続ければ、阿呆でも理解するだろうよ。


「それで? 何か思い付くか?」


 俺は不敵な笑みを浮かべる。


「はい。これぞ、というとっておきの腹案が」


 信長は益々身を乗り出すようにする。


「その腹案とは?」

「物珍しく、盛り上がり、華やかで、人々の記憶に鮮明に残るであろう催しです。何より……」

「何より?」

「――莫大な銭をせしめられます」

「ほう……期待を煽るではないか。されど、勿体ぶるのはそこまでじゃ。申せ、うらなり」

「ハッ。手前が考える催しとは――」


 俺はとっておきの腹案を口にした。


 この時代では、画期的な催しに、信長はいくつかの疑問を覚え、矢継ぎ早にあれこれと質問を重ね、それらの回答を得るにつれ、顔を興奮に赤らめていく。


 信長は自らの膝を強く叩く。


「面白い! それでいこう!」


 よし、プレゼンは上手くいった。信長の顔には、満足の二文字が大書されている。

 なれば、ここが攻め時か。


「ところで上様、物は相談なのですが。せしめる銭の内、七が上様、三が手前で如何でしょうか? その褒美をお約束下さるなら、最大限銭をせしめるよう、手前は全力を尽くしましょう」


 信長の眼光が鋭くなる。真顔になった。が、次の瞬間には大笑した。


「油断ならぬ烏めが! 七三? ほざいたな! ならん! ワシが八で、貴様が二じゃ! それで満足せい!」


 信長の笑い声が響く中、俺は恭しく頭を垂れた。





 本日夜に、もう一話更新予定です。


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