叫び
――紀伊国 十ヶ郷
「お久しぶりですね、鈴木様」
俺は仏頂面で出迎える鈴木孫市に声を掛ける。
「……ああ、久しぶりだ、商人の兄ちゃん」
歯切れも悪い。うーん、あまり歓迎されていない空気をひしひしと感じる。
三好三人衆を、桂川にて雑賀衆に伏撃させた時にも、同様の空気を感じたが……。
どうやら、孫市によっぽど苦手意識を持たれたらしい。
予言者ごっこも度が過ぎたか。
ま、舐められるよりよっぽど良いか。そう思っておこう。
「調練の様子は如何です?」
俺の問いに、孫市は顎髭を撫でる。
「そうさな。……まだまだお粗末だ。あれじゃあ、ウチの小僧どもにも劣る。が、中々どうして、やる気には満ち満ちている。付いて来な、見た方が早い」
そう言うや、孫市は俺に背を向けて歩き出す。
その背を追い歩いていると、ほどなくして鉄砲の射撃音が聞こえてくる。
更に歩くと、聞きなれた怒声も聞こえてきた。
「またか! また外しよったな! 権兵衛、この下手糞め!」
「何じゃと! そう言う鼠の旦那こそ! さっき一度撃ってみたら、弾がてんで見当違いの方向に飛んでいっとったろうが!」
「オレはええんじゃ、オレは! ……ええい! 今日の調練で一等良い成績を挙げた奴には、金一封払ったる! もっと的に当てれるようにせい!」
どっと、声が湧く。
「本当か、鼠の旦那!?」
「金一封は俺んじゃ!」
「いや、俺のじゃ! ちゃんと見てろよ、鼠の旦那!」
射撃場を見下ろしながら、孫市は呆れたように言う。
「俺が言うのもどうかと思うが、奴さんら、銭にがめつ過ぎんかね?」
確かに、傭兵集団たる雑賀衆の頭に言われちゃあお終いだな。ま、やる気さえあるのなら、どうでもいいが。
「彼らのやる気は十分。ならば、後は指導者の腕の見せ所ですね。……期待してもよろしいですね、鈴木様?」
「ああ。心配しなくていい。ひと冬の間に、連中を一端の鉄砲手に化けさせてやる」
「楽しみにしています」
俺は懐から銭袋を取り出すと、すっと孫市に差し出す。
孫市は銭袋を一瞥すると、黙ったまま受け取り袖の中に入れた。
「――ん? おお、源さか!」
見下ろしている俺たちに気付いた藤吉郎が、窪地になっている射撃場から上がって来る。
「藤吉様、精が出ているようで、何より」
「当然じゃ! 源さ、お前の肝いりで始まる鉄砲事業、その行く末を、まずはオレの部隊で占おうちゅうわけじゃろ? 上様はもとより、多くの者に注目されちょる。ここで功を挙げれば、また出世の足掛かりになる! のう?」
上様、か……。どうやら、信長の右近衛大将任官は、織田家中の将らの中では、既に周知の事実らしい。
それは兎も角として、藤吉郎が同意を促すように視線を向けて来るが、俺は敢えて頷かない。
藤吉郎は訝し気な表情になる。
「何じゃ? 他に何かあるんか?」
「他言無用に」
俺は藤吉郎の耳元に口を寄せる。
「――上様は、交通の要衝である琵琶湖近くに本拠をお移しになります。新たな本拠を含め、琵琶湖をぐるりと囲むように重臣を配する予定だとか。……一席は既に埋まっています。明智様がお座りになる。しかし、他の席に誰を座らせるかは、まだ決めかねておられるご様子」
俺は、藤吉郎の耳元から口を離すと、一歩退って距離を取る。
「功を挙げる? 足りませんよ、藤吉様。――大功を。武勲第一位と激賞される程の大功を挙げねばなりません」
武者震いにか、藤吉郎の体が震える。
「ええんか、源さ? オレにそんなことを教えて。洲股の時みたいに、功を焦ってしくじるかもしれんで?」
「藤吉様が同じ轍を踏むと思う程、手前は藤吉様のことを見縊ってはいませんよ」
「そうか、そうか……!」
藤吉郎は興奮に顔を赤らめる。
「ここじゃ、ここじゃ、ここじゃ! ここで、ここでやったる! 大功を挙げ、大出世じゃ! 卑しい出の男が、この貧相な男が、織田の重臣に、重臣になったる! 必ず、必ずのう!」
藤吉郎の魂の叫びが、十ヶ郷に響き渡った。
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