天正株式組合

「……株式組合」


 信長は脇息に肘を置きながら、俺が渡した書面に視線を落としている。


「大規模な事業を起こすために、広く銭を出す者を募る。銭を出した者ら――株主から委任を受けた者が、組合長として商いをする。組合が稼いだ銭は、株主に分配される、か」


 信長は額に皺を寄せながら呟く。


「はい。個人でできる商いには限界がありますれば」

「ふむ……。大規模な商い、のう」


 信長は書面の続きを目で追う。


「商いの三本柱……『舞蘭度事業』『鉄砲事業』『小荷駄事業』。舞蘭度はよい。後の二つは何じゃ?」


 信長がこちらに視線を向ける。

 

「まず鉄砲事業。火縄銃の主な生産地はご存じの通り、国友、根来、堺と、全て畿内にあります。つまり、畿内の大商人たちを株主とすることで、これらを組合の傘下に置こうというわけです」


 俺は信長の目を見ながら続ける。


「これまで、ばらばらに火縄銃を生産していた、国友、根来、堺が、株式組合という一つの意思の下に生産することになるでしょう。無駄は省かれ、効率よく銃を拵えることができます。更に、組合の大量の銭を注ぎ込むことで、増産も見込めましょう」

「であるか」

「はい」


 俺はにやりと笑う。


「火縄銃で、戦場の在り様を一変させる。それに足る数を手前が用立てる。いつぞやの約束を覚えておいでですか、弾正忠様?」

「ふん。うらなり、貴様が余りに待たせるものだから、今しがたまで忘れ果てておったわ!」

「それは、誠に申し訳ありません」


 俺は真面目腐った声音を出しながら頭を下げる。

 どちらともなく、笑い声が漏れた。


「――それで? 何丁用立てる、うらなり?」

「三千丁、四千丁、弾正忠様の望まれるままに」

「言いおったな! また貴様の大法螺吹きでなければ、日ノ本の端々まで征服できよう」


 信長は興奮に顔を赤らめる。


「また、とは心外です。手前が法螺を吹いたことなど、一度でもあったでしょうか?」


 またも笑い声が漏れた。信長は傑作だとばかりに大笑いし、咳き込んだほどだ。

 ……本当に心外だ。俺はこれまで、有言実行してきた積りだぞ。


 まあいい。信長の機嫌は悪くない、言うなら今か?


「弾正忠様」

「ん? 何じゃ?」

「仕入れる火縄銃の数が数です。織田家中から、そんなに仕入れる必要があるのか? と疑問を持たれる方も出てくると思われます」

「ふむ……」


 信長は軽く頷く。


「故に、まずは火縄銃で重武装した一部隊で試験運用し、その有用性を家中に知らしめてみては如何でしょう?」

「成る程な。して、誰に任せてみるか?」

 

 ぐっと拳を握る。


「木下様は如何でしょう?」

「禿げ鼠? 金柑ではなくか? 金柑は銃の扱いに長けていると聞くが」


 俺は頷く。


「明智様でもよろしいですが。手前は木下様を推します。試験部隊は、組合の商人らとの遣り取りも多くなりましょう。銭の重要性をよく理解する木下様と、商人らの相性は抜群です。手前とも懇意の中であることですし。円滑に遣り取り能うでしょう。それに……」


 一拍置いてから続ける。


「それに、明智様は功を挙げすぎています。出世が早すぎるのは、他者のやっかみを買いかねません。それは、明智様の為にもならないでしょう。ここは、木下様に功を挙げさせては如何でしょうか?」


 さて、どうか? 俺は信長の顔を見る。その額に皺が寄っている。


「それで? 本音は何じゃ?」


 これは誤魔化せないな。ならばいっそ……!


「いい加減、木下様から銭の回収をしたく御座います」

「ハハハ! そうであろうよ! 仕方あるまい。貸し一つじゃぞ、うらなり!」


 ふう、と胸を撫で下ろす。やはり信長の機嫌は悪くない。助かった。


 本当に、あの猿木藤にはいい加減、出世してもらわねばならんのだ。そう、史実通り長浜城の城主に収まってもらわねば。


 その為に、槇島城を攻城中の藤吉郎に文を出した。

 あいつには、とっとと戻ってきてもらわねばならない。


 火縄銃を生産し、兵に渡せばそれでお終いではない。

 一端の鉄砲手になるために調練がいる。一流の鉄砲手とまでは望まないが、戦が出来ないこの冬の間に猛特訓させ、藤吉郎の部下たちに最低限の技量を身に付けさせねば。

 そうして、春以降の、浅井朝倉討伐で目覚ましい功を挙げさせる!


 俺がそのように考えていると、信長が口を開く。


「よし! 鉄砲事業はそれでよい! 最後の小荷駄事業とは?」

「はい。小荷駄事業とは……」


 俺は気を引き締め直して説明をする。


「武器、兵糧、その他、戦に必要なモノの運送を我ら商人が請け負う事業です」


 信長は訝し気に首を捻る。


「商人らが小荷駄部隊の真似事を? 戦場にまで出てくると申すか?」


 俺は苦笑する。


「まさか。流石に戦場までは……。あくまで織田領内での運送です」


 信長の訝し気な顔はまだ晴れない。


「一国の大名では、このような事業は必要ないでしょう。しかし、織田様は十か国もの大領を領する大大名です。一口に、織田領と言っても、その広範さ足るや! しかも四方敵だらけと来ています。東西南北へと、膨大なモノの差配は容易ならざるものですよ!」

「……成る程。それで?」


 俺は身を乗り出す。


「陸水路いずれにおいても、こと物流に関して、我ら商人の右に出る者はおりません。織田領内での小荷駄の運送を我らに一任ください。各方面の前線で待つ織田様の軍勢まで、必要な時に、必要なモノを、必ずや送り届けて見せましょう。……一任下さるなら、組合の銭で、織田領内の各地に倉庫を建て、そこに必要な物資を集積します。そして、織田様の要請に従って、各前線に送り届ける体制を整えます」


 現代における3PLに似た事業だ。

 黒猫な運送会社を始め、大手物流企業が行っているロジスティクス事業。


 メーカーなどが自社の製品の在庫を全て自社で保管、出荷するのは大変だ。

 保管するための倉庫が必要で、その土地・建屋代もかなりのものになるし。

 その倉庫に詰めて、出荷業務をする社員を雇う必要がある。客の注文に合わせて、倉庫から出荷するものをピッキングして、梱包して、運送会社に預ける手間がいる。このコストも馬鹿にならない。


 3PLとは、運送会社が有する大型倉庫内にメーカーなどが自社製品の在庫を置く。客の注文に併せて、運送会社の社員がピッキングし、そのまま配送するのだ。


 こうすることにより、メーカーは倉庫を構える必要もなく、倉庫、出荷作業に従事する従業員も削減できる。


 3PLを委託している会社に料金を支払うだけの方が安上がりだし、初めから運送会社に在庫を置いているので、出荷効率・スピードも早い。


 ここから着想を得た事業、それが小荷駄事業である。

 実際、武士と商人では、物流のノウハウに雲泥の差があるわけだから、間違いなく高い効果を発揮するはずだ。


 俺の説明に、信長は虚空を見詰めながら考え込む。


「……確かに、モノを動かすことにかけては、貴様ら商人の方が秀でている、か。一度、任せて見る価値はあろうな」

「ありがとうございます」


 俺は頭を下げる。


「株式組合の仕組み、商いの三本柱、納得いった。ワシに異存はない。やってみると良い。ふむ、しかし……。株式組合とは素っ気ない名じゃのう。もう少し、何かないのか」

「ああ、そのことですか」


 確かに、株式組合、だけでは素っ気ない。


「時に、弾正忠様、改元はいつなさるお積りですか?」


 将軍義昭に突き付けた、先の意見書。その中に、元亀の元号を何故改元しないのか? という文言があった。

 義昭が自己の影響力を示すために改めた元亀の元号をそのままにはしないだろう。


「改元か。……この前も言ったな。義昭を排除した後に、右近衛大将に任じられることが内定していると」

「はい」

「来月十一月早々に、権大納言、右近衛大将に任官することが決まった。それに合わせて、改元をする積りじゃ」


 右近衛大将……常設の武官の頂点である左右の近衛大将の一。

 最初の幕府を開いた源頼朝も任官し、歴代の足利将軍の多くも、征夷大将軍に任官する前に任官した官職。

 そもそも、『幕府』というのは近衛大将の唐名であったりする。

 つまり、信長を足利将軍に代わる存在として、朝廷が認めたということだ!


「おめでとうございます! して、新たな元号は?」


 信長は短く答える。


「天正じゃ」

「天正。良き元号かと。……それでは、新たなる右大将権大納言様、いいえ、上様・・が作られる新しい時代にあやかりまして、天正株式組合、と名乗らせて頂きたく」

「許す。励め、うらなり」


 俺は深々と頭を垂れた。

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