上がれ、上がれ、上がれ!
――元亀元年九月二十八日、槇島城にて足利義昭挙兵する。
同時に、全国の武将に征夷大将軍の名のもとに、逆賊織田討伐の檄文を送る。これまでの慎重さをかなぐり捨て、手当たり次第に送り付けた。
越後の上杉、甲斐の武田、安芸の毛利、越前の朝倉、近江の浅井、本願寺、果ては実兄を弑した怨敵三好三人衆にまで。
苦渋の決断であった。いや、決断とすら言えない。義昭にはそうする以外手立てがなかったのだ。
起たねば、側近らに殺されよう。起ったなら、信長に勝たねばならない。最早なりふり構っていられなかった。
しかし、事前の根回しもなく、突発的な挙兵である。それに時期が悪すぎた。晩秋から、冬になろうかというこの時期に遠方からの出兵など、無理難題にも程がある。
豪雪地帯である越後などでは、既に雪が降っていたくらいだ。
孤立無援の槇島城を迅速に織田軍は包囲した。
兵らを率いるのは、明智光秀、細川藤孝、木下秀吉らである。これは、何とも意図的な人選であった。
明智、細川の両名は、かつて義昭に仕えていたことがある。つまり、この戦いを機に、誰の目にも明らかなほど旗色を示せ、ということである。
木下が選ばれたのは、全く遠慮がないからであろう。名門足利家にも、征夷大将軍にも、彼が気後れすることなど、あり得なかったのである。むしろ、戦功をあげる良い機会と、意気軒高なくらいであった。
率いる将らよりも、一番驚きなのは、この軍勢に信長の姿がなかったことである。
強いリーダーシップを取る彼らしくない。
が、つまりそれは、義昭の挙兵その仕置きに、信長が出るまでもない、と表したことに相違なく。このメッセージを正確に受け取れなかった者もいない。
足利将軍家の凋落、それは最早誰の目にも明らかであった。
――京 本能寺
「うらなり、京で何ぞ大規模な催し物をしたい。公家は勿論、京の民衆にこれでもかと見せつけるような」
本能寺の一室である。相も変わらず呼び出された俺に、信長は開口一番そう言った。
「それはまた、何の為に?」
「無論、天下人が誰であるかを示す為じゃ。……槇島城が降伏次第、ワシは右近衛大将に任じられることが決まった。任官直後に、晴れやかな催し物をしたい」
「成る程……」
俺は頷く。一つの、それも大きな区切りをつける。誰の目にも明らかなほどに。
誰もが思い知ることだろう。天下人が誰であるのかを。
信長はずいっと身を乗り出すようにする。
「で、何かないか?」
「さて……」
俺は思案する。出来る限り派手なものが良いだろう。そして、民衆の目にもよく焼き付くような……。
「……そういえば、三好討伐の為に、弾正忠様が兵を伴って京入りする様は、京の民たちからの評判が良かったそうですよ」
「ほう……」
信長が興味深げに相槌を打つ。
「どうでしょう? 弾正忠様と、名だたる諸将の皆様が、立派な馬と煌びやかな具足を纏った兵らを率い、洛中を行進されてみては? ついでに鳴り物を鳴らしたり、爆竹を鳴らしたりしたら、より迫力があるかもしれません」
軍事パレードだ。見世物にもなるし、誰が天下一の実力者であるかも、分かりやすく喧伝出来よう。
実際、かつてあった史実でも、京都御馬揃えという同様の軍事パレードを行っている。悪くないと思うが。
「ふむ、面白そうじゃ。それにするか」
信長はうんうんと頷く。脳裏に、京を行進する兵らの姿を思い浮かべたのか、満足そうに笑んだ。
これで、信長の相談も解決、か。どうせ呼び出されたのだ、今後の動き、それを信長がどう考えているかを聞き出すとしようか。
「弾正忠様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何じゃ?」
「冬の雪解けを待って、いの一番にどこを攻められるのでしょう?」
信長の目がぎらつく。空気が一気に重くなった。
「……貴様には悪いが、西ではない。浅井、朝倉の討伐に出る」
「浅井、朝倉……」
「うむ。義弟をいつまでも所領のない宙ぶらりんの状況に置き続けるのも不味かろう」
義弟……浅井長政か。それがあったな。
「成る程、浅井、朝倉を討った暁には、北近江をそのまま浅井備前守様の手にお戻しになるのですね」
「いや……義弟には国替えを命じる積りじゃ」
「国替え?」
「うむ。浅井、朝倉は先だっての敗戦で疲弊しておる。ワシが、北近江に攻め寄せれば、それに抗しきれず越前まで退こう。そのまま、越前まで一気に押し寄せる、先鋒は義弟に任せ、所領は越前切り取り次第と伝える積りじゃ」
……浅井長政は旧領の北近江を願うだろう。が、実父に敗れ国から落ち延び、信長の庇護下にある立場である。我儘も言えぬだろう。国替えに反対できまい。
しかし、長政の精神的抵抗をおしてまで、敢えて国替えを命じるからには、それ相応の理由がある筈だが……。
「近江はどのように?」
「琵琶湖は重要な通商路じゃ。その上、京と岐阜尾張を繋ぐ中継点でもある。ここは、ワシ自らと、そして信頼できる臣に任せたい」
信長の言、そのある箇所に注目せざるを得ない。ワシ自ら……。
「つまり……」
信長は頷く。
「本拠を移す。新たに造る城は、これまでのような戦の為の城ではない。天下に大号令を発する、政治の中枢としての城じゃ。これを築く!」
安土城か! これまでにない程、壮麗なあの城を築くと!
「天下人に相応しい城を築く。普請の際には、貴様ら商人の力も借りるぞ」
「勿論、喜んで! ……申し訳ありません。今一つ聞いても?」
「今度は何じゃ?」
「近江の本拠とは別に、誰ぞ重臣に他の城を任されるお積りのようですが。それはどなたを?」
史実では、重要な水路である広大な琵琶湖を囲むように城が配された。
安土城、坂本城、小谷城である。それぞれの主は、信長、光秀、秀吉……。
「一人は金柑を考えておる。先だっての武勲は抜きんでておったし、此度も槇島城攻略で功を立てよう。……もう一人誰ぞ、と思っておるが、まだ決めかねている」
「成る程……」
是が非でも、史実通り、あの猿木藤に勝ち取ってもらわねば!
奴の株もいい加減、上がってもらわないと! そう、突き抜ける程に。そうでなければ……全く、いくら投資したと思っているのか!
この情報を、藤吉郎の耳に入れよう。奮起するに違いない。何としてでも戦功を上げようとするだろう。
光秀には劣るが、これまでの活躍も決して軽んじられるものではないし、槇島城攻めでも功を上げよう。更に、浅井朝倉攻めで目覚ましい戦功を掲げれば?
頼む! 頼むぞ、猿木藤株……!
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