本能寺にて
俺は報告の為に京へと足を運んだ。その場所はどこであろう、あの本能寺である! ここが、明智君が年甲斐もなく火遊びを楽しんだ現場なのか。
そう思うと、何とも感慨深いものだ。
というか、戦国時代は寺が燃え過ぎである。戦国期のトレンドであったのだろうか?
信長は信長で、延暦寺を燃やしたし、その延暦寺も、天文法華の乱では、宗教問答で延暦寺の高僧が、日蓮宗の一般信徒(坊主ですらない)に言い負かされて、その腹いせに、京都中の日蓮宗の寺を焼いて回ったし。
後は、忘れてはならないのが、我らが松永ボンバーマン久秀である。
彼が仕出かしたのは、かの有名な東大寺大仏殿の焼き討ちであった。
本人はわざとではない、失火であると供述したらしいが。その言い分が正しかったとしても、東大寺を焼く直前に、敵の陣地にされては堪らぬと、十もの寺を積極的に焼き払ったので、立派な寺院放火魔の権威である。
などと、馬鹿げたことを思いながら、信長の下に向かう。
果たして、信長の小姓に通された先には、信長と光秀が二人で何やら地図を覗き込んでいた。
本能寺に光秀……心臓に悪い。
二人は俺が来たことに気付いて顔を上げる。
「来たか、うらなり。聞いたぞ、商人らを見事説得して見せたようじゃな」
「はい」
「で? 武田を説得能うだけの米は集まりそうか?」
俺は笑みを浮かべる。
「硝子細工は、よっぽど彼らの刺激になったようです。金に糸目をつけず、米を買い漁っているようですよ。名だたる大商人らが本気になっているのです。ほどなく、見上げるような米俵の山を築き上げることでしょう」
「であるか! ようやった、うらなり!」
「首がかかっております故」
トントンと、自分の首を叩いて見せる。
「ふん。本気にするな。貴様なんぞの首を獲っても、何の得にもならんわ」
信長は鼻を鳴らしながら言う。
「そうでしょうとも」
俺は頷いて見せた。
つまり信長あの発言は、不安がる織田家中の諸将へのパフォーマンスであったのだ。
起死回生の策がなければ打ち首にする、とまで苛烈な発言をした上で、俺の出した策に納得して見せる。
俺の進言が、今回の窮状を招いた失点を挽回して余りあるものであると、諸将らに分かり易く示したわけだ。
策がイマイチ理解できずとも、怒り心頭の信長が納得したのなら、それは上策であるのだろう、と諸将に思わせる為に。
ったく! そうかも知れぬとは思っていたが、それならそれで事前に伝えて欲しいもの。
確信まではしていなかったから、結構精神的にきつかったんだぞ。
「それで、うらなり。貴様は米集めに奔走せんのか?」
信長の問い掛けに、俺は頷く。
「そうですね。それは、他の商人らにお任せしようかと」
「なら、貴様はこれから何をする積りじゃ? まさか、武田への使者と同行したいとでもほざくか?」
「ご遠慮申し上げます。甲斐ではなく、北近江へと向かおうかと」
「北近江? 敵地に飛び込むと?」
信長は眉を顰める。
北近江、浅井家の所領だ。嘗ては同盟国の領する地であったが、先代当主久政が信長を裏切ってからは、敵地ということになる。が……。
「北近江にいるのは、何も敵ばかりと限りませんよ」
信長は片眉を上げる。
「それに……」
俺は、信長と光秀が覗き込んでいた地図をちらっと見る。
「きっと、弾正忠様の……いいえ、明智様のお手伝いも出来るかと」
俺の発言に、信長は地図と光秀の顔と俺の顔を順繰り見る。
「相変わらず敏い奴じゃ。……金柑! うらなりが貴様を手伝ってくれるそうじゃぞ」
「大山が手伝ってくれるのなら、百人力ですな」
光秀は頷く。
「なれば、能うか?」
信長は声音をガラリと真剣なものに変えると、光秀に問うた。
光秀も表情を引き締める。
「必ずや、身命を賭してでも成功させましょう」
「……うむ。なれば良い。金柑、うらなり、折角じゃ。二人で段取りでも話し合っておけ」
「「ハッ!」」
そう答え、俺は光秀と二人信長の前を辞す。
光秀と会話をしながら、本能寺の中を歩く。
「大山、これからの作戦は綱渡りな部分が多い。じゃが、必ずや渡り切らねばならぬ。殿の、我らの夢の為に」
「ええ」
俺は頷く。そうだ、こんな所で夢を潰えさせるわけにはいかない。
「お主に期待してよいな?」
「勿論。お任せ下さい」
「……しくじってくれるなよ」
「明智様こそ」
そう不敵に返す。光秀は微かに笑った。
「下らんことを言った。許せ。……まずは、武田との交渉か。これも祈らずとも良いな?」
「武田を説得するだけの材料を用意したのです。なれば、後は交渉役の手腕次第。……交渉役は村井様でしょう? かの御仁がしくじるとも思えません」
「確かに」
互いに頷き合う。
「では、その後のことを話すとしよう」
俺たちは、武田の説得は成功するものとして、その後の動きを相談し合った。
後日の話ではあるが、二人の予測通り、村井貞勝は、見事武田を説き伏せることに成功することとなる。
終ぞ、武田軍がこの戦役において、信長包囲網に加わることはなかった。
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