清水にて
護衛の弥七を連れながら、坂道を上っていく。ここは京都の五条坂、清水寺へと通じる参道である。
音羽山に目を向ければ、木々は紅く色づいている。俺が忙しなく動き回っている内に、秋もすっかり深まったようだ。
見事な紅葉に、目を細め見遣りながら歩いている内に、建設されたばかりの、あるいは、建設最中の窯が、ふっと現れる。
信長の命の下、織田ブランド第二弾を成すために建造された窯だ。
その周囲には、方々から集めた陶工ら職人たちが屯して賑やかな様子である。俺がその集団の中に入ると、俺の姿を認めた職人たちが頭を下げていく。
「浅田屋の旦那! これはどうも」
「精が出ますね。お疲れ様です。何か変わったことは?」
俺が何か問題がないか尋ねるも、職人らは首を横に振る。
「旦那が、俺たちの細やかな要望までしっかり聞いて迅速に対応して下さるから、困ったことは特にないですわ。なあ?」
そう口にした職人が、周囲の職人らにも振るが、『おう』『助かってますぜ、旦那!』などと、皆口々に肯定する。
ふむ。どうやら、ブランド第二弾の滑り出しは上々のようだ。
「今日は、千宗易殿がこちらに寄られると聞きましたが、宗易殿はどちらに?」
宗易はよっぽど、俺がロクでもない焼き物を作らせるのを警戒しているのか、頻繁に京都まで出向き、短くない期間滞在しては、窯場の様子を見たり、陶工らに指導したりしているらしい。
まあ、動機はどうあれ、熱心なことで大いに助かっている。
「宗易殿は、今日はまだいらしていませんぜ」
「そうですか」
ふむ。俺の方が先に来てしまったか……。
「なら、宗易殿が来られるまで、適当に窯場を回っています。宗易殿が見えられたら、源吉が会いに来ているとお伝えください」
「へい!」
職人らに、一つ頭を上げて見せると、そのまま窯場を歩いて回る。
真新しい窯に近づき、それをまじまじと見た。
地上式の窯だ。戦国期に入って増え始めたタイプの窯である。それ以前では、|窖窯(あながま)といって、丘陵地帯の傾斜地に穴を掘って作る窯が主流だったが。
しかし室町末期から、戦国期にかけて、瀬戸や美濃を中心に、大窯と呼ばれる地上式、半地上式の窯が集落の近くに造られるようになった。
今、この五条坂界隈で押さえた土地に建造しているのも、このタイプの窯であった。
その武骨な窯をひとしきり見ると、今度は窯の近くに建てられた小屋の方に足を向ける。そこでは、陶工たちが土を手でこね、へらでもって成形している姿があった。
ろくろはない。手とへらだけで成形する、いわゆる手捏ねの手法だが、これを採用したのは、宗易の指導によるものだった。
作っているのは、茶碗、花入、水指、香合、蓋置、建水など、見事なまでに茶道具ばかりである。
俺が陶工らの背を見守っていると、『大山』と背後から声を掛けられる。
「ああ、宗易殿」
振り返った先にいたのは、千宗易であった。すぐ後ろに、見慣れぬ男を連れている。
「宗易殿、そちらの方は?」
「こやつの名は長次郎だ、見所のある職人でな。私が以前から、直々に指導しておる。いずれ、ここの窯場の指導的立場になってもらう積りだ」
「なるほど。初めまして、長次郎殿、浅田屋大山源吉です」
俺の挨拶に、長次郎はおずおずと黙礼する。
……寡黙な男なのだろうか? まあ、構うまい。職人に、その手の人間は割と多い。腕さえあれば、寡黙だろうがお喋りだろうが文句はない。
「それで? 大山、私に話があったのだろう?」
「はい。宗易殿、決まりましたよ」
俺の言葉に宗易は目を細める。
「いつに?」
「新年早々に。京にて、上総介様主催の大規模な茶会が催されます。……それまでに、何としても納得のいく一品を完成させてもらいたい」
「……公方様に献上するに値する一品、か。相分かった。全力で取りかかろう」
「宜しくお願い致します」
俺は頭を下げる。頷いた宗易は、直後職人の不手際を見咎めたのか、『そこ! そこのお前だ!』と、声を張り上げながら、ずかずかと職人の一人の下へと近づいていく。
茶会開催日が決まり、やる気満々といった風情だ。この様子ならきっと、職人らを叱咤激励しながら、天下の名物を一点完成させてくれることだろう。
俺はそのように安堵すると、まだ声を張り上げている宗易を尻目に、窯場を後にした。
「弥七、折角だから清水寺に参ろうか」
「よろしいですな」
俺たちは参道を進み、清水寺まで足を運ぶ。境内を歩きながら、自然と吸い寄せられるように本堂へ、いわゆる清水の舞台へと出た。
清水の舞台のそこかしこに人がいる。多数は、欄干から舞台がせり出した山の斜面を見下ろしている。
俺たちも倣って、欄干まで歩み寄ると顔突き出して下を覗く。
中々に高いが……山の斜面の下には木々があるので、案外飛び降りても、木々がクッションになって死なないかもしれない。恐らくは助かる可能性の方が高いのではなかろうか? まあ、だからといって、飛び降りたりしないが。
うん。清水の舞台から飛び降りる思いで何かを行うことはしても、実際に飛び降りたくはない。
暫く下を覗いて満足すると、俺は弥七に声を掛ける。
「最後に、清水観音様を拝んで帰ろうか」
「はい。大山様は、何を願われますか?」
「ん? そうだな……戦は織田様の領分であることだし。俺は俺で、ブランドと新年に開催される茶会の成功を願うとしよう」
信長は、以前俺が進言した通り、徳川、浅井、更に浅井を通して朝倉を抱き込んだ大同盟結成に舵を切っている。
そうしながら、西進の為の準備も着々と進めていた。
信長包囲網など影も形もなく。不安視すべき事象もない。わざわざ、神仏に祈るようなことでもなかった。
なので、ブランドと茶会の成功を祈ると弥七に答えて、俺は本堂の中へと歩いていった。
事実、理屈で言えば、源吉と信長が描いた戦略構想は、何ら不備のないものであった。
故に、信長の領分などと、戦のことを何ら願わず、不安にも思わなかった源吉であったが、遠くない未来に、それを後悔することとなる。
源吉も、信長も、有能であるが故に見落としていた。人は必ずしも、常に合理的な判断ができるわけではないということを。
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