天下三宗匠

 今井宗久、千宗易、津田宗及。いずれも堺商人にして、茶人として名高い人物たち。かつてあった史実では、茶湯の天下三宗匠と称された男たちだ。

 千宗易こと、千利休の名に至っては、現代人でも知らぬ者はいないだろう。……この時点では、未だ利休の名乗りをしてはいなかったが。


 現時点では、まだ天下三宗匠と呼ばれてこそいないが、既に茶の湯の第一人者たちとして知られている彼らだ。

 その名を使えれば……。そう、製造段階におけるブランド茶器への箔付けを、俺はこの三人の高名を利用することで成し遂げようとしていた。


 商人としても茶人としても高名なこの男たちの完全監修による幽玄の美を湛えた名物茶器――という触れ込みの元で、最初の箔付けを成す。

 ……悪くない目論見だとは思うが、どうであろうか?


 俺は真っ直ぐ今井宗久の顔を見る。受けて、宗久はふっと微笑を浮かべた。


「なるほど、大山さんの考えは大凡読めましたぞ。されど……」

「されど? 何でしょうか?」

 

 宗久の笑みは深まる。苦笑の形に。


「大山さんは、名物茶器を新たに作りたいのでしょう。違いますか?」

「違いません。その通りですが……何か問題が?」


 宗久は頷く。


「ええ。……難しい。とても難しいですぞ。千宗易殿です。宗易殿は特に頑固でいらっしゃるし、何より彼の茶の湯の精神と、大山さんが成そうとしていることには大きな隔たりがある」

「と言いますと?」

「宗易殿は、名物を貴ぶ近頃の風潮に否定的なお考えをお持ちだ」

「なるほど……」


 無駄な虚飾を嫌う、か。本物の文化人らしい在り方だ。だが……。


「ですが、頑固であるが故に、宗易様には宗易様なりの多くの拘りが、茶の湯とはかくあるべし! という想いがお有りのはず。なれば、現状の茶の湯に多くの不満を抱えていることでしょう。……そこに説得の余地を見い出せるかと」


 俺は千宗易説得の為の突破口を指摘した。

 宗久はというと、何とも面白いことを聞いたとばかりに大笑する。


「はは! 大山さんあなたという人は! つまり、宗易殿にたった一つを譲歩させることで、それ以外では、宗易殿の想いの多くを実現させるよう織田様に働きかけると! 舞蘭度に協力さえすれば、そのようにすると交渉を持ちかける気で?」

「ご明察にて」


 打てば響くとはこのことか。多くを語らずとも、宗久はこちらの意図を読む。

 会話が楽ではあるが……あまり嬉しくない楽さだ。ったく! 本当に油断ならない商人じゃねえか。


「いやはや、面白い見世物になりそうだ! あの堅物を、大山さんが果たして説得能うのか? ああ、楽しみですな。紹介? 勿論しますとも。斯様な見世物を見逃す手もありません。さてさて、説得の末苦渋の表情を浮かべるはどちらになるか? どうです、一つ賭けでもしませんか?」


 宗久はにやにやと笑う。……この男は!


「構いませんよ。手前は勿論、自らの説得の成功を疑いはしません。ですので、宗易様が苦渋の決断をすることになりましょう」


 宗久はうんうんと頷く。


「でしょうなあ。大山さん、あなたならそう言うでしょう」

「……では、今井様は逆の目に張られると? 手前が説得能わず、苦渋の表情を浮かべると?」

「いいや、出目は二つとは限りますまい。私が張るのは――」


 宗久はやはり笑みを浮かべると、ロクでもないことを口にした。俺はその言に思わず仏頂面を浮かべてしまったのだった。



 余談ではあるが、後日今井宗久と共に説得に伺った津田宗及の邸では、いとも容易く話がついた。

 ブランド事業に協力する上で宗及が出した条件は二つ。

 一つは、千宗易が折れさえすれば、協力するとの由。今一つは――千宗易説得の場に自分も立ち合わせろ、というものだった。


 ……本当に、商人という人種にロクな奴はいない。

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