第二弾

 ――『火急申し付けたき儀あり。急ぎ参上せよ』


 俺は眉根を寄せたまま、手にする文の文面を睨みつける。

 仮に名が記されてなくとも、その一行のみで誰からの文かなど察せられる。


 いつぞや信長から長い文を貰った時は、祐筆のかいざ……心遣いにより、これは誰からの文だ? という有様になったこともあったが。

 如何に有能な祐筆であれ、斯様なたった一行のみの文にかいざ……心遣いするのも限界があるということだろう。


 しかし、いつも通りの呼び出しに見えて、今回の文には多少の差異があった。

 常ならば『急ぎ参上せよ』のみであるのが、今回に限っては頭に『火急申し付けたき儀あり』とある。


 俺は思わず首を捻った。

 まさかこれが、祐筆の心遣いというわけでもあるまい。

 ならば、今回は常とは異なり、よっぽど特別な下知がある。そう思った方が良いのかもしれない。

 これは、気を引き締め直さねばならないな……。




「うらなり、焼き物じゃ!!」


 信長は開口一番そう言った。……YAKIMONO?

 一瞬頭が真っ白になり呆けてしまう。が、何とか再起動を果たす。


「か、上総介様、申し訳ありませんが話がよく……」

「何じゃうらなり、貴様にしては察しが悪いのう!」


 いや、今ので分かったら察しが良いを通り越してエスパーなのだが。


「織田舞蘭度じゃ! うらなりの働きにより、尾張の名産として有松織は定着し、その商売は軌道に乗っておる。なれば、貴様はその事業を離れ、また新たな事業に取り組むべきじゃろう。我が版図も拡がり、新たな名産を起こす地にも事欠かないしの」


 なるほど、織田ブランド第二弾というわけか。納得のいく話だ。


 有松織は、最早俺の手を離れても十分やっていける。

 更に、織田の勢力は畿内に達した。これによる商売圏の拡大、またあの堺を味方につけたことにより、国内最大の港から方々に商品を輸出していける。


 正に絶好の商機を掴んだ今、新たなるブランドの確立を、という考えには全く異存はない。異存はないが……。

 ああ、開口一番の科白が何とも残念な思いにさせられる。


「なるほど、織田ブランドの第二弾、その商材として……」

「うむ! 焼き物じゃ!」


 信長は童のように目を輝かせながら言った。

 

 ――お前が大好きな焼き物を作りたいだけじゃねえか!

 俺は心中大いに突っ込んだ。


 だが、焼き物をブランドに、という着眼点が悪くない。むしろ、とても良いだけに始末が悪い。この童のような願望が、大いに理に適っているなど頭が痛くなる。


 戦国時代、茶の湯を嗜むことは高い教養を示すものとして、武将たちの間で持て囃されるようになる。

 その中で名物茶器を有することは、武将にとって大きなステイタスであったのだ。

 褒美として、領地の代わりに名物茶器が下賜されることすらあった。


 ……この戦国期のトレンドには、恣意的なものもあったかと思う。

 戦功ある者たちに、常に領地を褒美として与えていては、いくら領地があっても足りはしない。


 実際、この辺りは権力者たちの悩みの種であったのは間違いない。

 信長や秀吉も、不始末をした家臣がいれば、ここぞとばかりに領地を没収し、それをまた功ある者に与えるということすら繰り返している。


 だが、そんなやり方だけで上手く回せるわけもなく。

 だからこそ、領地に代わる褒美の存在を権力者たちは欲した。それが名刀であったり、名茶器と呼ばれる名物である。


 戦国時代に、過剰とさえ言える茶道ブームを後押ししたのは、そのような権力者たちの思惑もあったのだ。


 なれば、焼き物を織田ブランドの第二弾に据えるのは、商売的にも政治的にも大きな意味を持つ。

 それに、ブランドという名声を付加価値とする商売と、名物茶器、これらの親和性は抜群に高い。


 ああ、認めよう。織田ブランドの第二弾に焼き物、これ以上ない選択肢だ。

 何とも俺の心の内はスッキリしないのだけれども。


「……焼き物を織田ブランドの第二弾に。良いお考えかと。手前は賛同します」

「そうか! そうか!」


 信長は膝を叩いて喜ぶ。


「して、うらなりよ、窯元はどこにする? 既に焼き物を産している地が良いであろうか?」


 俺は首を傾げ、暫し黙考する。


「……いえ、既存の窯元を使えば、それ以前の印象を引きずりかねません。それは、新たなブランドの足枷になる恐れがあるでしょう」

「ふむ。ならば、全く新しい窯元を開くことになるか……」

「京、はどうでしょうか?」

「む?」

「京の都に新たな窯元を開いてみては如何でしょうか?」

「京、か……」


 俺の提案に信長は思案気な表情を浮かべる。


「京の都なれば、織田御用達の品、というだけではなく、帝や公達も愛用する品として名声を高めやすいのではないでしょうか?」


 京の都を流行の発信地とすることは、分かりやすいビジネスモデルではなかろうか?

 地方にとって、やはり都というものには強い憧れがあるものだろう。そこから発信される新名物、名声という付加価値を付けやすいかと思う。


 それに、かつてあった史実でも茶道の興隆に伴い、桃山時代頃から清水焼などの京焼が京都に発祥したという歴史的事実もある。

 かの地に、新たな窯元を開くことが見当違いということはあるまい。

 

 狙いは他にもある。京の都で信長が新事業を起こす意義が。


「また、京の都で上総介様主導の事業を起こすことで、今現在、畿内の実力者が誰であるのかを、今一度内外に示せるかと」

「であるか。……よかろう、差配はうらなりに任す。頼んだぞ」

「はっ!」


 それにしても頼んだぞ、か。以前なら、失敗は許さぬ、だったはずだが。

 

 俺は思わず吊り上がった口の端を誤魔化すため、深々と平伏した。

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