高額買取

 ――有松工場。いや、有松工場村といったところか。


 工場と、工場の職員たちが住まう家々が集まった村。

 この時代でも、探せば先祖代々の土地に拘りを持たない民草も、それなりの数がいたと見える。

 尾張国中に募集を出したところ、規定数よりも多くの人員が集まった。

 嬉しいことに、人員の選り好みをできたほどである。


 真っ先に弾いたのは、前科持ち。

 元いた場所で暮らしていけないからやってきたような奴だ。当然弾く。


 続いて身元の不確かな奴。近年尾張に流れてきたような人間は弾いた。

 他所の息がかかっているかもしれない。用心に越したことはないだろう。

 生まれた時から尾張人。父祖の代からだと尚良し。


 後は年寄りも弾いて、と言うまでもなく、新天地で旗揚げしようなんて物好きな老人はほとんどいなかった。

 なので、若い中からなるべく実直そうに見える人間を優先的に採用する。


 そうして集められた職員の他に、彼らの教導役兼工場幹部として、経験豊富な織物職人を何人か雇った。


 また、なるべく独立した村にすべく、出入りを禁じてこそいないが、ある程度の制限を設けた。

 村からの外出には、相応の理由が必要であったし。逆に入る方などは、織田家に許可証を与えられた出入りの商人に限られた。


 入りは、各地の農村における家内制手工業で生産された木綿の運搬。村で必要となる生活必需品を届ける商人。

 出は、この村で完成した商品を扱う御用商人。

 これら出入りに関わる者にのみ、許可証が与えられた。


 全ては、技術流出を防ぐため。

 その為に、村の見張りとして織田から兵を派遣してもらっているほどである。


 そうまで神経を尖らせた新事業。その成果である『新有松織』は、俺の想定を上回る代物であった。

 正直、初めはもっと酷い物が上がってくると覚悟していただけに、何とも嬉しい誤算であった。


 気をよくした俺は、信長に願い出て、先日のパリコレならぬ有松コレを開催したのであった。


 ブランドのお披露目、その評判は上々。

 市姫の美しさと共に、『新有松織』の見事さが尾張国内外へと鳴り響くほど。

 これ以上ない宣伝効果だ。

 ブランドを形作る名声、その第一歩を最高の形で踏み出したと言えよう。


 お陰様で、俺も大忙しだ。

 有松工場の指揮、監督のため、熱田と有松を行ったり来たりの日々。今もまた、熱田から有松への移動中である。


 有松に俺が寝泊まりするための家も用意はしているが……。熱田を空けっ放しというわけにもいかない。

 多少の留守は、ウチの番頭たちが何とかするだろうが。それでも、ずっとというわけにはいかない。


 それに、於藤が恋しいしね。


 まあ暫くは、この慌ただしい生活に耐えねばならない。少なくとも、ブランド事業が軌道に乗るまでは。



 もう通い慣れた道を歩く。歩く。

 休憩を挟みまた歩き、ようやく有松が見えてきた。


 村の入り口には詰所が有り、そこに村の出入りを監視する兵らが詰めている。

 頭に捩じり鉢巻き。着物はたすき掛けにして、手には身長よりも長い木製の棒を持っている、そんな兵らの姿が見えてきた。


「ご苦労様です」


 俺は軽く頭を下げると、衛兵たちに挨拶する。


「あっ、これは、大山殿……」


 常とは異なる歯切れの悪い言葉が返ってくる。

 その視線も、気まずげにあちらこちらと、あらぬ方向に揺れる。


 何だ? 何があった?


「どうかしまし……」

「大山殿!!!!」


 俺の言葉尻を掻き消す大声が響く。


 声のした方を見ると、工場の基幹要員として雇ったベテラン織物職人の一人――弥助がこちらに駆けて来るところであった。

 

 弥助は、年は四十二。

 普段は親方然とした貫禄があり、落ち着いた男なのだが……。

 今はこれでもかと血相を変えている。


 衛兵たちの常にない様子といい、どうも何かがあったのは間違いあるまい。

 嫌な予感を覚えた。


 弥助は俺の下まで駆け寄るや、衛兵たちをきっ、と睨み付ける。

 そうしてから俺の顔を見る。瞳の中に怒りの色がありありと浮かんでいた。


「どうしました?」

「どうもこうもねえ! そこの連中が、部外者を中に入れやがった!」

「部外者? ……織田様の御許可は?」

「無い! 無い筈だ!」


 馬鹿な、どうしてそんな……。

 俺が思いもよらぬ事態に絶句していると、弥助は説明を付け足す。


「押し入ったのは、織田家中の若武者だ。……どうも、柴田様、佐久間様両人の所縁の御仁らしい」

「柴田、佐久間……」


 俺はその名を反芻しながら、衛兵たちに視線を向ける。

 その内の一人が、おずおずと話し始めた。


「その……はい。元は柴田様の家臣で、今は佐久間家の久右衛門様の与力をされておられる青木殿です」


 佐久間……久右衛門? 聞いた名だな。

 佐久間家は、鎌倉の名臣三浦氏の流れをくむ尾張の名家。だけに、その家の事情はよく伝わってくる。


 確か久右衛門といえば、佐久間盛次のことであった筈だ。


 あの『退き佐久間』佐久間信盛の従弟であり、柴田勝家の姉だか妹だかの夫、つまりは勝家の義兄弟だ。

 盛次の息子は、後に鬼玄蕃と称され、勝家の下で活躍する盛政。


 つまり盛次とは、柴田・佐久間両家の橋渡し的人物。

 その男の与力が、この有松工場に押し入ってきた?


 どう考えても、勝家と信盛、『かかれ柴田』に『退き佐久間』の意を汲み、送り込まれた刺客に他ならない。

 気に入らないからと、商売の邪魔しに出張ってきやがったか。


 クソ! 門前払い出来なかったのが悔やまれる。


 俺は衛兵たちの顔を見る。

 すっかり委縮してしまって、誰も視線を合わせようとしない。


 情けない連中だ、そう思うが、致し方ないことでもある。

 織田家で紛れもない重臣である、佐久間・柴田の息のかかった人物を、どうして見張りなんかをやらされている木端兵に押し止めることができようか?


 俺はギリッと歯噛みする。


「それで? その青木某……様は、何をしておいでなのです?」


 弥助が血相を変えるぐらいだ。碌なことをしてないに決まっているが。

 弥助は、唾を飛ばしながら青木某とやらの悪行を連ねる。


「制止も聞かず、あちこち見て回るわ。触れて回るわ。弄繰り回すわ! 挙句押し止めようとした職人を突き飛ばして、怪我させやがった!」


 何……だと……! 頭に血が上る。


「……何処だ? その青木某は何処にいる? 案内しろ」


 地を這うよう低い声音が、俺の口から漏れ出る。


「お、おうよ!」


 弥助はぎこちなく頷くと、小走りで先導し始めた。

 俺もその後を追う。


 こんな堂々とした商売妨害とは、恐れ入る。

 いいだろう。その度胸に敬意を表して、商人たる俺が、売られた喧嘩を最高値で買い取ってやる。


 俺は内心で気炎を吐いて見せたのだった。

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