舞……ブランドへの道

 台風のような上司ぼうくんは去った。


 が、それで俺の悩みが消えたわけじゃない。

 むしろ、あの上司ぼうくんは、大変な宿題を残していった。


 織田舞……織田・松平ブランドの創設、か。


 ブランドとしての名声は、織田・松平の名を借りれば、事足りよう。

 我々尾張、そして三河の御用商人が、その独占販売権を得る。

 両家の名を借りること、独占販売権の許可、それらの見返りに、売上の一部を織田・松平に還元する。

 概ねの方針は、これで問題ないだろう。


 上手くいけば、俺たち御用商人は笑いが止まらぬほど儲けられる。

 織田・松平も銭が入り、それを軍資金の足しにするといい。


 問題は……ブランドとは、名声だけのものではない、ということ。

 ブランドを形作るのは、名声、そして信頼に足る品質である。


 ブランドが出来ればいい、そう口走ったが……。

 それは、一番の理想として言ったこと。真実、それの達成を目指すなら中々骨が折れる。

 

 問屋制手工業、それぞれの農家で個別に生産物を作らせるわけだが……。

 これには、ブランド化の上で無視しえない問題を孕んでいる。そう、どうしたって、品質にばらつきが出てしまうのだ。

 これを解決するには……。



「二代目。……二代目? 二代目! ……駄目だ、こりゃ。……今は、別に難しい案件はないな。よし! 取り敢えずは、番頭である俺が取り仕切る! いいな!」

「「へい!」」



 どうする? どうする? 一定した品質……思い切って工場制手工業を?

 だが、まだまだ、民草は土地への拘りが強い。

 将来的には、土地に縛られない経済を目指す、つまりは米を基軸とする経済からの脱却を図る気だ。

 だが、現状では時期尚早に過ぎる。


 くそ! 何か妙案はないのか!?



「旦那様? 旦那様! ……仕方ありませんね。居間まで引っ張っていきますか。袖を失敬。ほら、夕食の時間ですよ」



 ……問屋制手工業と、工場制手工業、この混合形態はどうだ!?


 各農家に下請として、ある程度まで、製品の元となる材料、ないし、部品を作らせる。

 それら、下請で製作した物を一括して、尾張国内に設けた工場に送る。

 そして、その工場で仕上げを行うのだ!


 これなら、工場に大規模動員する必要もなく、更に一定の品質が……


「えい!」

「いたっ! ……痛いな、何だ、何だ?」


 すぐ目の前には、身を乗り出した於藤の姿。……まさか、彼女が狼藉の下手人か?


「あっ。やっと、戻ってきましたね。旦那様、夕食の時間ですよ」

「何を言って……ううん!?」


 あれ!? 俺はいつの間に居間に?

 しかも目の前には、夕食と思しき食膳が据えられている、だと!?


 あ、ありのまま今起こった事を(ry


「そんなに、何を考え込んでおられたのですか?」


 於藤が、コテンと小首を傾げる。あっ、可愛い。


 うーん、そうだな。煮詰まった時は、他人の意見を聞くのもいい。

 新鮮な意見が、ブレイクスルーになることも少なくない。


 取り敢えず、問屋制手工業と、工場制手工業の混合形態、ここまでは考えが纏まった。

 ならば、後は……何を作るかだ。


「……於藤」

「はい」

「これはまだ内密の話だが、今度三河の松平様と、織田様を協力させて、新たな商売をしようと思っている。……が、何を作るかをまだ決めてない」

「つまり、何を作るかを悩んでおられたのですか?」

「ああ。沢山作って、沢山売れる。そんな物が理想なんだが……」


 俺の言葉に、於藤は顎に手を当てる。んー、と可愛らしい声を上げながら、暫し虚空を見詰めて……。


「綿織物は如何でしょう?」

「綿織物?」

「はい。三河は、綿花の生産地として有名であったかと。それを利用しない手はないのでは? やはり織物は、女性に人気がありますし」

「なるほどなあ。そう言えば、於藤も最近は以前より着物に凝っているそうだしなあ」


 於藤が実家から連れてきた付き人が、そんなことを口にしていた筈だ。


「なっ! そ、それは、少しでも旦那様に…………」


 ごにょごにょと、言葉尻が何を言っているのか分からなくなる。

 しかし、大体は想像できる。

 朱に染まった頬が、雄弁に物語っている。ああ、可愛い。


 しかし、綿織物か……。


 確かに、三河は綿花の生産地だ。そして……。

 江戸時代以降の話だが、尾張は藍の専売と、それを利用した有松絞りで有名になる。


 有松絞りは、確か木綿布を藍で染めた物が代表的だったはず。


 これを作れるか? まあ、有松絞りそのものは出来なくても。

 それに近しい物をだ。


 三河で、効率性の向上により生まれた米農家の余剰人員を、綿花栽培に振り分ける。そうして、綿花の生産量を増やす。

 尾張で、農家から捻出した余剰労働力に、木綿布を作らせる。


 出来上がった大量の木綿布は一括して工場へ。この工場で、有松絞りもどきを製造する。


 有松絞りという伝統工芸は、複数の工程を持つ、複雑な製品だ。

 一朝一夕で、その技法は身に着かない。


 しかし、そこは工場生産の利点でカバーできる。

 工場生産の利点とは、製造工程の分業に他ならない。


 仮に、有松絞りに、十の工程があったとしよう。

 そして、作業員の数も十人だ。


 十人全員に、一から十まで、全ての工程を一人でこなさせる。

 これでは、覚えることが多過ぎて、中々覚えきれない。また、覚えることはできても、熟練工になるには時間を要する。


 しかしこの問題は、分業によって解消される。


 十の工程に、一人ずつ人員を振り分け、担当となった工程にのみ従事させる。

 これで覚えることは十分の一に。また、同じ工程ばかりを繰り返すため、習熟の早さも段違いだ。


 ……いけるな。まだ、机上の空論だが、光明は見えてきた。


 道筋が示されたことで、色々とアイデアも湧いて来る。


 有松絞りもどきの着物が完成すれば、市姫様に着てもらい、広告塔にでもなってもらおうか。

 あの美姫が愛用されてる着物! まあ、私も着てみたいわ!

 なんて具合に、購買意欲を煽ることができるかもしれない。うん、いけるな。

 素敵な着物をせっせと貢げば、市姫様の覚えもめでたくなるだろうし。妹に甘い信長も、悪い気はせんだろう。

 ……於藤にも、何か一着贈ってもいいかもしれない。


 後は、織物の専門知識はさっぱりだから、織物職人を何人か雇って、工場での教導要員として詰めてもらおうか。


 よし、よし、悪くないぞ。


 後は、まずは信長の許可を取り、次いで、信長を通じて家康を説得させる。

 これが為れば、舞……ブランドへの道は……。


「えい!」

「いてっ!」

「旦那様、夕食を頂きましょう」

「……ああ、そうだな」



 俺は取り敢えず、目の前の食事を片付けることにしたのだった。

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