縁談

 毎度お馴染の部屋に通された。

 上座に信長、下座に俺。そして何故か、その中間に市姫。

 市姫にじろじろ見られて、どうも座りが悪い。


「うらなり、まずは畿内の土産話をせい」

「はっ」


 俺は軽く頷くと、口を開く。


「まず、鉄砲の買い付けですが、予定通り百丁の発注が叶いました。暫しお待ち頂ければ、畿内より到着するでしょう。掛かった費用は、無事予算内に収まりまして。むしろ、少し余ったくらいでしょうか」

「であるか」


 信長は短く相槌を打つと、視線で続きを促してくる。

 俺が畿内で行った、雑賀孫市、今井宗久との会談のことだろう。


 俺は畿内に旅立つ前に、雑賀衆の棟梁と堺の有力商人と接触すると信長に伝えていた。

 その結果が気になるに違いない。


「鈴木孫一、ならび、堺の商人――今井宗久なる商人に接触できました」

「ふむ。して、雑賀の棟梁と、今井なる商人は、うらなりのハッタリを真に受けたのか?」


 未来人としての歴史知識による、予言者ごっこ。

 まさか、信長にその実態を言うわけにもいかない。


 なので、信長にはハッタリを掛けると、そう伝えていた。

 今の段階で畿内入りを示唆すれば、現実になった時に彼らへ衝撃を与えうると。


 当然、信長は『そんなハッタリをして、畿内入りをしくじればどうする』、そう疑問を呈した。

 俺は、その疑問に笑ってこう答えたのだ。


『天下取りに畿内入りは必要不可欠。それに失敗したとあっては、つまり我々の天下取りの夢は潰えたということ。失敗した後のことを案じてどうします』と。

 

 信長は『確かにその通りだ!』と、大笑してみせたのだった。


 

 俺は、信長の問い掛けに答える。


「さて、半信半疑。いえ、半分も信じていないでしょう。が、確実に記憶には深く刻まれたに違いありません。なれば、ハッタリが真実となった時こそ、この調略もその効力を発揮するでしょう」

「であるか。くくっ、ようやった、うらなり」

「畏れ入ります」


 俺は深々と頭を下げる。すると、横から高い声が響く。


「なんじゃ、よう分からん土産話じゃな。つまらん。そんな話より、なんぞ、物として土産を持ってきてはおらぬのか? わらわが気に入るような物じゃぞ?」

「…………」


 つい先程まで一面識もなかった人の為に、俺が土産を買ってきていると、本気で信じているのだろうか、このお姫様は?


「……後程、姫様の元へ土産を運ばせましょう」

「そうか! 期待しておるぞ、うらなり!」


 仕方あるまい。自分用に買った土産の中から、なんぞ良さそうなものを見繕うしかあるまい。


「うらなりは良い商人じゃ。万事、準備に抜かりない。のう?」


 信長が、笑いを噛み殺しながら言ってくる。


「……畏れ入ります。それより、上総介様」

「ん。なんじゃ?」

「先般、手前に話があると仰っておられましたが。その話とは?」

「おう。それじゃ!」


 信長は膝を叩くと、がらりと表情を真剣なものに変える。


「美濃攻めじゃ、うらなり」

「美濃攻め……」

「うむ。そろそろ、長らく続いた小競り合いを終わらせる。終わらせるからには、大掛かりな戦となる。そして、大掛かりな戦には……」

「大量の銭がいる」

「そうじゃ」


 俺たちは互いに頷き合う。



 史実では、信長は桶狭間と前後するように、美濃の斎藤家と幾度も矛を交えている。

 そして、桶狭間以降、本格的に美濃攻略に取り組み、徐々に優位に立ち、更に浅井家との同盟も合わさって、ついには斎藤家を下す。

 が、美濃攻略が成るのは、永禄十年。これより七年も先のこと。


 俺はこの時間が惜しい。惜しくてならない。


 信長は尾張、美濃を攻略後、一気に天下への階段を駆け上がっていく。

 長らく足踏みしたのは、この美濃攻略だ。


 人の時間には限りがある。

 天下を手中に収める、その大道を、寿命などといった下らない理由で頓挫させられるのは、道半ばに死ぬことだけは、どうあっても耐え難い。

 

 なれば、足踏みは許されない。俺の力で、この七年を何年縮められるか。

 それこそが、直近の課題だ。



「つまり手前に、これより上総介様が行う銭集め、その一助になれと」

「そうじゃ。が、うらなり個人の財力など、高が知れておる。ワシは熱田、津島に矢銭を課す積りじゃ」

「熱田、津島に……矢銭徴課を」

「うむ。じゃが、あの業突く張りの商人どもが、諸手を上げて賛同するとは思えぬ」

「でしょうね」


 苦い顔をした信長に、俺は相槌を打つ。

 矢銭徴課――戦をする軍資金を出せと、臨時の税金を課す。喜ぶ商人なぞいない。誰もが出し渋るだろう。

 俺の相槌を受けて、信長はギラリとした目を向けてくる。


「そこで、貴様の出番じゃ、うらなり」

「はっ。して、手前は何を?」

「しれておる。熱田、津島を牛耳る、かつての大言を現実にしてもらう。のう、うらなり? ワシの後見があれば、それを成せるのじゃろ? よいぞ、大いに力添えしてやろう」

「有難く。……して、その力添えとは?」


 俺の問い掛けに、信長はにやにやと、笑いを漏らす。


 何だ? 嫌な予感がする。


「うらなり、貴様、まだ妻帯しておらなんだな?」

「はっ?」


 唐突に何だ? 確かに俺は、まだ妻を娶っていない。


 当年とって十九歳。十五の元服を成人とするなら、とっくに成人はしていた。

 だが、早くに体を壊した父の後を継いだ当初は、何とか店を回すのに必死であったし、落ち着いてからも、あの桶狭間の投機のために銭を掻き集め続けた。

 

 故に、妻を娶る暇がなかったといえるが。それがどうし……まさか!?


「うらなりのために、尾張国主たるワシ直々に、縁談を纏めてやった。良縁じゃぞ、不服はあるか?」


 不服!? あるに決まっているが、口が裂けても言えるものか!


「滅相もありません。不服などあろうはずもなく。……して、縁談の相手とは?」


 俺の敗北宣言に、信長は満足そうに頷く。


「津島の有力家、大橋家の娘じゃ。うらなり、貴様はこれより大橋家と手を結び、熱田、津島での影響力を拡大させよ。よいな?」

「はっ! 畏まりました!」


 俺はそう言って、深々と平伏する。


 ちくしょう、これで独身貴族とはおさらば。人生の棺桶に足を突っ込むわけだ!


 願わくば、大橋の娘とやらが、気立て良く器量よしであることを。


 俺は普段願わぬ、神仏に対して祈りを捧げて見せた。

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