第拾壱話 北へ

「わぁ!『鉄腕』のボルドーに『羅刹』ハコベラ、あっちには『女王蜂クイーンビー』の麗蜂れいほうまでいる!」


 場所は天照の首都「百鬼」の北門。特撮のヒーローショーを見に来た子供の様にはしゃいでいるのは、金髪に整った顔つきで、天照では珍しい洋服に冒険者用の軽装を身に纏った人族の青年冒険者――アラン・ウィーズだ。


「鉄心さんも見てくださいよこの錚々そうそうたる面々を!」


 アランは興奮気味にそう言いながら、この北門まで一緒に来た鉄心の肩を掴んでブンブンと揺らす。しかし、鉄心はそんなこともお構いなしといった様子であるものを食い入るように見つめていた。


「なんだこれ!すっげー!」


 鉄心が楽しそうに見つめていたのはこの世界ウィティアの一般的な馬車である。特段この世界では珍しい物ではないその馬車は、8本足の馬が魔力によって中に浮いている客車を引く形となっており、ウィティアの場所を初めて見る鉄心はそのフォルムに感心しきっていた。


「客車が浮いてるからサスペンションも必要ないもんな~、魔法があるとこんな風に工夫するんだな~。」


「いや、馬車なんて珍しい物じゃないでしょ。それよりもこのメンバーを見てくださいよ!特級とまでは言わなくても2級から1級で名の売れてる冒険者ばかりですよ!」


「馬も8本足――確かスレイプニルって種類だっけか?いや~本当に図鑑と実物とじゃあ迫力が違うよな~」


「いや、馬車はもういいでしょ!それよりも冒険者ですよ。」


 かみ合わない会話をでギャーギャーと繰り広げる二人。そんな二人を遠巻きから呆れ顔で見つめてるのは、赤髪をポニーテールにし、赤い色の和装にこれまた赤色の金属製胸当てを装備した鬼族の女性――太刀神竜胆である。


「あいつら何やってんだ?子供の遠足じゃねぇんだぞ。」


「竜胆さん、全員そろったみたいです。」


 呆れる竜胆に北門に集まっていた他の冒険者が声をかける。


「そうか、おーい皆集まってくれ!……そこの馬鹿二人もさっさと集まれ!」


 竜胆に呼びかけられ、北面周辺に散っていた冒険者たちが竜胆の下に集まり、騒いでいた鉄心とアランも少し遅れて竜胆の下に集まる。北門に集まったこの総勢20名の冒険者が今回の調査依頼のメンバーである。


「皆、こんかいは突然の招集に答えてくれたことに礼を言う。私が今回の調査依頼の責任者になる立神竜胆だ。依頼の詳細については現地に着いてから説明するからまずは冒険者等級ごとに5人のグループに分かれて用意された馬車に乗り込んでくれ。ちなみに一人5級冒険者が混じっているがそいつは私の弟子だ。実力は私が保証する。」


 竜胆そう言った瞬間、他の冒険者達の視線が一斉に鉄心に向く。視線を向けられた鉄心は居心地悪そうに口を開く


「皆さんのおちか……いえ、よろしくお願いします。」


 鉄心は、皆さんのお力になれるか分かりませんが、とネガティブな発言をしかけるが、昨日竜胆に注意されたことを思い出し、それをやめてシンプルな挨拶に留める。


「ああ、よろしく。」


「竜胆が弟子取ったって噂本当だったのか。」


「羨ましい。」


「何か冴えねえな。」


「強そう……。」


 鉄心の挨拶に口々の反応を返す冒険者達。竜胆はそのざわつきを手をパンパンと叩いて静めると


「時間が惜しいからさっさとグループを組んで馬車に乗り込んでくれ。――鉄心は3級冒険者のグループな。」


「了解しました。」


 それからのグループ決めはあっさりと決まり、鉄心を含めた3級冒険者のグループが2つ、2級のグループが1つ、竜胆を含めた1級のグループが出来た。


「それじゃあ、出発!」

 

 全員が馬車に乗り込んだことを確認した竜胆の号令。それによって馬車が一斉に動き出し、北の町防人への旅路が始まった。


~~~~~


 鉄心の乗った馬車が防人に向かってから10分ほど経過した頃、初対面同士の気まずい沈黙に包まれた馬車内の空気、その気まずい空気をどうにかしようとアランが馬車内の全員に向かって声をかける。


「それじゃあ、自己紹介でもしましょうか。僕の名前はアラン・ウィーズ、出身はアトラです。魔法は攻守共にそれなりに使えます。どれくらいの付き合いになるかまだ分かりませんがよろしくお願いします。」


 アランの突然の自己紹介にアランを除く全員が戸惑いつつも、アランの正面に座っていた黒髪をショートカットにし、若葉色のローブを着た20代半ばの人族の女性がおずおずと片手を挙げる。


「……それじゃあ次は私が、私の名前はシオン・ビオウスと言います。得意な魔法は回復系統の魔法です。よろしくお願いしますね。」


 シオンが挨拶を自己紹介をし終わると、その横の席にいるピンク髪をベリーショートにした褐色肌で和装の冒険者装備を装備した鬼族女性が「次は私ね~」と軽い調子で自己紹介を始める。


「私の名前は萩塚 朝日はぎつか あさひ!出身は見ての通り天照だよ!魔法はそれなりに使えるよ。それと私の隣に座ってる不愛想な奴は私の相棒で鍵裂 藤丸かぎさき ふじまる。出身は私と同じ天照で魔法は……」


「おい朝日!それぐらいでいいだろ!」


 朝日の言葉を強めの語気で遮ったのは、今しがた朝日によって自己紹介されていた黒髪短髪で褐色肌に和装の冒険者装備を身に纏った鬼族の男性だ。


「別にいいじゃん、これからの任務で連系するかもしれないんだし、差しさわりの無いくらいの情報なら教えても問題ないでしょ。」


「……必要な情報はその都度言えば良いんだよ。」


「むう……」


 再び馬車内に気まずい空気が流れ始める。そんな空気の中、いつの間にやら自己紹介のトリを務めることになった鉄心が口を開く。


「まぁまぁ、ここで仲間割れしても良いことがありません。友人とまでは言いませんが、依頼に差支えが出ないくらいには仲良くしましょうよ。」


「……ちっ、分かったよ。それで俺の自己紹介は朝日こいつがした。後はあんただけだが。」


「そうですね、俺の名前は島田鉄心です。出身は天照で、魔法は残念なことに無属性と象形魔法しかつかえません。よろしくお願いします。」


 鉄心が自己初回を終えると、興味津々と言った様子で朝日が勢いよく片手を挙げる。


「島田っち!質問して良い?」


 突然の愛称呼びに戸惑いつつ、鉄心は「どっどうぞ。」と言って質問を許可する。


「島田っちって、竜胆さんの弟子なんだよね。一体どうやって知り合ったの?」


「ああ、それはですね、俺は元々椿さん――竜胆さんのお兄さんと知り合いで……」


 鉄心は朝日の質問にあらかじめ城の者達と一緒に考えていた偽りの設定を口にする。そうすることに申し訳なさを覚える鉄心であったが、その痛みは城を出るための対価であると割り切り話を続けた。

 そうしていく内に馬車内の者達と打ち解けていき、和やかに防人までの道のりは進んで行った。


~~~~~


 百鬼を出発してから6時間、防人まで後十数分と言ったところで馬車が止まった。

 突然馬車が止まったことに疑問を覚えた鉄心は、馬車の車窓から顔を出して御者に声をかける。


「どうしたんですか?」


「分かりません。襲撃ではないようですが、先頭の馬車が止まった様です。」


「先頭が?」


 御者も何が起こったのか詳しくは把握していないようだ。鉄心は車窓から頭引っこめると、


「どうやら先頭の馬車が止まったみたいです。俺ちょっと見てきますね。」


そう馬車内の者達に伝え、馬車を降りて先頭車両まで向かう。

 先頭車両まで着くと、竜胆が馬車のから出て来ていた。


「竜胆さん、何かあったんですか。」


 鉄心がそう呼びかけると、竜胆は呆れた顔で振り返り、手に持った何かを鉄心に向ける。


「これだよこれ」

 

 そこには首根っこを掴まれた猫の様に、着物の襟を掴まれた5、6歳の幼女がいた。その幼女は黒髪のおかっぱ頭に藍色の着物でバタバタと暴れている。


「りんどーはなせー!ヒナはもっとあそびたいのー!」


「竜胆さん、この子知り合いですか?」


「ああ、知り合いの商人の一人娘だ。また大人の目を盗んで町から出てきたらしいからこのまま町まで連れてくぞ。」


「そうだったんですね。大したことじゃなくて良かったです。」


「おう、こいつは町に着いたら私が親のところまで連れてくから、鉄心は馬車に戻って良いぞ。」


「わかりました。」

 

 防人への到着寸前でひと騒ぎあったものの、それから到着までは何事もなく進み、鉄心達冒険者の一団は無事防人まで到着した。


~~~~~


 防人に到着した鉄心達冒険者の一団は、防人に設けられた砦の会議室で、今回の依頼についての説明を防人を管轄する兵士長から受けていた。


 防人、ここは天照の北端に位置する町で、防人より北方からの進行を食い止めるための要所ともなっている町である。

 島国である天照が何からの進行を警戒するのか、その対象は国ではなく防人より北にある未開拓地からの魔獣や魔者まものといった敵性種だ。

 ここで魔獣と魔者まものについて説明する。ウティアに存在する全ての生物は魔力を行使することが出来、その上で考えると獣と魔獣は種別的に大差のない存在と言える。ではどうやって獣と魔獣とを分けているのか、それは獣の脅威度で変わり、この世界の一般人でも倒せるレベルの生物の事を獣、一般人では手に負えないレベルの生物のことを魔獣と呼んでいる。

 そして魔者についてだが、これはゴブリンやオークといった人型で低い知能を持った生物の事を指す。

 これらの種は数十年に一度と言った頻度で、何らかの理由で未開拓地から人里への進行『魔種大行軍モンスターマーチ』を引き起こす。

 今回の鉄心達冒険者が請け負った調査依頼と言うのは、正にその魔種大行軍の予兆調査というわけであった。


「……それで、防人で把握している魔種大行軍モンスターマーチ予兆はあるのか?」


 そう砦の兵士長に質問したのは、今回の依頼の責任者である竜胆だ。


「今のところは予兆らしい予兆と言うのは観測されていません。しかし……」


「百鬼周辺でのブラックボアの件か。」


「そうです。そちらの調査は既に打ち切られたと聞いていますが、こと魔種大行軍モンスターマーチについては、その被害の大きさから神経質であるくらいが丁度良い。しかし、予兆が何もない状態で軍を動かすことは出来ません。」


「そこで冒険者の出番、といったところか。」


「都合の良い話に聞こえるかもしれませんが。」


「その辺は私達も分かってるさ。それで依頼の開始は?」


「調査は明日からでかまいません。今日のところは調査の準備が終わったら、そのまま宿で休まれて下さい。」


「分かった。それじゃあ明日からよろしく。」


「こちらこそお願いします。」


 そこで会議は終了となり、鉄心達冒険者は明日からの準備をすべく会議室から出ていく。

 すると砦の兵士達が何やら慌ただしく動いている様であった。


「何かあったんですかね?」


 アランが鉄心にそう語りかける。


「そうですね。ちょっと聞いてみましょうか?」


 そう言ったものの、砦の兵士達は皆慌ただしく動いており中々声をかけられない。鉄心は誰か声をかけられる人はいないかと周囲を見渡していると一人の鬼族の男性が目に入る。


「あれ?あの人は。」


 鉄心にはその人物に見覚えがあった。その人物は防人に着く直前で拾った幼女――ヒナの父親で、その顔は不安と心配の色に染まり、どうしたらいいものかとその場を右往左往していた。


(ヒナちゃんは砦に来る前に帰したよな。まさか……)


 不吉な予感がする。鉄心はそう思いながらヒナの父親に声をかける。


「ヒナちゃんのお父さんですよね。」


「おお!あなたは先程の。」


「はい、それで何かあったんですか?」


 鉄心の質問に、ヒナの父親はその顔に浮かんだ不安の色を一層濃くして口を開く。


「……実はヒナの奴がまたいなくなったんです。」

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鬼の国の冒険者~異世界に転移したけどチート無し、スキル無しだったのでどうにか頑張って生き足掻いてたらいつの間にか「角の無い鬼神」って呼ばれるようになりました~ 種子島 蒼海 @mukatank

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