第拾話 類は友を呼ぶ
鉄心の初依頼から1週間後。
ブラックボア南の森の件については、竜胆からの報告を受けたギルド長へ報告がなされ、ギルド長からの報告を受けた天照軍によって南の森と鬼哭の森の調査が行われた。
しかし、天照軍の調査結果はどちらも異常なし。ブラックボアが生息域を離れて南の森にいた原因については結局のところ判明せず、鉄心達がブラックボアに遭遇して以降、南の森でブラックボアの遭遇報告もなくなったことから天照軍による調査も数日で打ち切られていた。
鉄心に至っては、報告関係はすべて竜胆が行ったため、この件については特にやることもなくなり、竜胆に許可を受けた上で単独での常設依頼の受注を行っていた。
そして現在、鉄心は午前の内に常設依頼をこなし、ギルドに併設されている食堂で食事をとっていた。
「鉄心さん、調子はどうですか?」
そう言って鉄心が食事を摂っていたテーブル席の真向かいに座ったのは、金髪でまだ20代半ばといった顔つきの人族の青年、アラン・ウィーズだ
彼は天照の東隣りに位置する世界最西端の国アトラから来た冒険者で、彼と鉄心との出会いは、いつも単独で常設依頼を受けていた鉄心のことを気にかけたアランが「同じ人族のよしみ」という理由で鉄心に声をかけたのが始まりあった。
それ以降アランと鉄心はギルドで会うたびに会話を交わすようになっており、数回ではあるが依頼を一緒に受けたこともある。
そんなアレンは、本人は否定しているがとてもお人好しな性格をしており、今回も鉄心が食堂の隅でボッチ飯をきめていたところを見つけて声を掛けた形だ。
「ボチボチですね。アランさんは今日の依頼、もう終わったんですか?」
「はい、今日の依頼はもう済ませました。ところで鉄心さん、あなたの方が年上なんだからに敬語は使わないで下さいって言ったじゃないですか。」
アランの指摘に鉄心は、先日アランに同じことを言われたことを思い出し苦笑する。
「すいません。先輩には敬語を使う癖がついちゃってるんですよ。」
「まあ、それは追々でいいです。ところで鉄心さん、噂で聞いたんですけど……」
急に神妙な面持ちになるアランに、鉄心は怪訝な表情を向ける
「噂?」
「はい、鉄心さんって……」
アランが話を切り出そうとした瞬間、食堂に大声が響き渡る。
「てっしーん!いるかー!」
鉄心を呼んだのは、赤い髪をポニーテールにした鬼族の女性――太刀神竜胆である。鉄心と最初にあった時と同じ装備をその身に纏って、食堂の入り口で鉄心の事を呼んでいた。
その様子を見た鉄心は、何事かと席から立ち上がり、竜胆に向かって大きく手を振り、アランはなぜか驚いた様な顔をしている。
「竜胆さーん。ここでーす。」
「お!そこにいたか。」
そう言った竜胆は鉄心達が座っていたテーブルまで歩いて来ると
「探したぜ鉄心、調子はどうだ?」
「まあ、ボチボチです。……て、アランさんどうしたんですか?」
そこで鉄心は驚いた顔のまま硬直しているアランに気付いて声をかける。
「ぼ……暴虐の戦姫。」
アランから発せられた思いもしなかった言葉に、鉄心の秘めた中二心が呼び起こされる。
「何その格好いい二つ名――じゃなくて何ですかそれ。」
「私の二つ名だよ。」
鉄心の疑問に竜胆が腕を組んで機嫌悪そうに答える。どうやら呼ばれている本人にとって『暴虐の戦姫』という二つ名は不本意な呼ばれ方らしい。
「へー竜胆さんそんな二つ名付けられてるんですね。」
感心する鉄心。するとアランが竜胆に向けていた驚きの顔を鉄心に向け
「鉄心さん知らないんですか!『暴虐の戦姫』、太刀神竜胆と言えば天照だけでなく僕の故郷でも名の通った特級冒険者ですよ。」
「へぇ~…………特級!?」
「知らなかったんですか!?」
言われて鉄心はここ数日の事を思い出す。そういえば冒険者登録をしたその日からやたらと他の冒険者から注目を浴びてたような気がすること、竜胆との関係を聞かれて当たり障りなく「弟子です」と答えたら急に態度がしおらしくなったこと。
竜胆が特級冒険者であるならばどれも納得のできる反応だ。
「恥ずかしながら……」
「そういえば鉄心さんは最近冒険者になったんですよね。知らなくても当然……か?」
そう言って考え込むアレン。鉄心は慌てた様子で竜胆に耳打ちする。
「竜胆さん!こういう重要なことは前もって言って下さいって言いましたよねぇ!」
鉄心の指摘に竜胆は「むう」と気まずそうな顔をすると、突然、思考中のアレンの胸倉を掴み
「手前ぇのせいで鉄心に起こられたじゃねえか!」
「えぇ~何で僕怒られてるんですか~?」
突然の竜胆からの恫喝に、意味不明と言った様子で困惑するアレン。
「竜胆さん、八つ当たりは止めてください!それに何か用事があったんじゃないですか?」
竜胆を止めようと話を振る鉄心、すると竜胆は「あっ!そうだ」と言ってアレンの胸倉を掴んでいた手をパッと離し、手を離されたアレンは突然支えを失ったことにドスンとその場に尻もちをつく。
「鉄心!依頼で人手がいるんだ。手伝ってくれないか?」
「別に大丈夫ですけど、どんな任務なんですか?」
「ここから北にある防人って言う町の周辺調査依頼だ。」
調査依頼と聞いて、鉄心の頭に先日のブラックボアの件がよぎる。
「それって前のブラックボアの件と関係してるんですか?」
鉄心の問いに、竜胆は神妙な顔つきで答える。
「……おそらくな。受けてくれるか?」
鉄心には、駆け出し冒険者である自身がどの程度竜胆の力になれるか分からないという不安があった。しかし、恩人である竜胆の頼みを断るという選択肢は、鉄心の受けた恩は必ず返すという矜持が許さない。
竜胆の再度の願いに、鉄心は短い逡巡の後に口を開く。
「……分かりました。正直力になれるか分かりませんが、その依頼、受けさせて下さい。」
鉄心の返答に、竜胆はそれまでの神妙な顔つきを笑顔に変る。
「おう!お前さんならそう言ってくれると思ってたぜ!早速準備してもらえるか。」
「はい!」
「驚いた。鉄心さんが『暴虐の戦姫』の弟子っていう噂は本当の事だったんですね。しかも直々に依頼に誘ってもらえるなんて、本当にすごいですよ!」
そう興奮気味に声を出したのはいつの間にか立ち上がっていたアランだ。
そんなアランの発言に、鉄心は頭を掻きながら苦笑して口を開く
「まあ、不出来な弟子ですけどね。」
鉄心の自嘲気味な発言を聞いて、竜胆はムッとした表情で鉄心の方を向く
「鉄心、私はお前さんのそうやって自分を下げる発言はあまり好きじゃない。少なくとも私はお前さんの実力は3級の冒険者並みだと思っているし、今回の依頼だってお前さんが足でまといになると思ってたら誘っちゃいない。少しは自分に自信を持てよ。」
「そうですよ。僕だって鉄心さんの実力は認めています。少し依頼を一緒にこなした程度の仲ですけど鉄心さんの知識や実力は3級冒険者相当だと思っていますよ。」
二人からの思いがけない発言を受けて、鉄心は顔を赤くさせて照れてしまう。
「わっ分かりましたから二人ともそれくらいにしてください。」
顔を真っ赤にして二人の発言を遮ろうとする鉄心。竜胆はそんな鉄心の様子が面白かったいたずらっ子の様な表情で「ははは」と笑い、アランも竜胆と一緒になって笑う。すると、竜胆は急に真顔になってアランを方を見る。
「……お前さん誰だ?」
「今ですか!?」
「いや、見ない奴がいるなーとは思ってたぞ。で、お前さんは私のこと知ってるみたいだけど、冒険者か?」
「そうですよ!アトラ出身の3級冒険者アラン・ウィーズといいます。」
アランの自己紹介を受けて竜胆は「アトラの……3級……」とブツブツと言いながら思案顔になる。そんな竜胆の様子にアランは不思議そうな顔を向け、鉄心は何かを察した様な顔をする。
「そうだアラン、お前も一緒に来い!」
「また急ですね!?」
「人手が必要なんだよ。だけどどうしても嫌なら別に断ってくれてもいいぞ。人手は欲しいけど。」
「いや、そんな言い方されたら断れないでしょう!……まあ、特に予定もありませんし、良い経験になりそうなので一緒に行かせて下さい。」
アランの参加表明を受けた竜胆は嬉しそうに笑う。
「そうかそうか、やっぱり鉄心の友達なだけあってお人好しだな!類は友を呼ぶってやつだ!」
「「それって褒めてます!?」」
思わずハモリながら竜胆に突っ込む二人。そんなツッコミに竜胆は
「お前さんら息ぴったりだな!」
と豪快に笑って返す。そんな竜胆に鉄心は一度ため息を吐いて
「それで出発はいつですか?」
「ん?ああ、出発は明朝6時に北門から、場合によっては何日か滞在する予定だから準備はしっかりしとけよ。」
「分かりました。」
出発は明朝、この依頼が鉄心にとって初の個別依頼となる。そんなことを知ってか知らずか鉄心は不謹慎にも楽しそうに依頼の準備を進めるのであった。
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