第九話 初依頼

「鉄心、冒険者証には魔力流しとけよ。」


 ギルド長室から出た鉄心と竜胆は、冒険差登録料の支払いを済ませた後、ギルド内の依頼掲示板の前にいた。

 冒険者登録が終わり鉄心が城に帰ろうとしたところで、竜胆からまだ時間があるからこれから一狩り行こうぜと、気安い感じで言われて初依頼を受けることになったのだ。


「え?何ですか?」


 鉄心は初依頼を何にしようかと、掲示板を食い入るように見つめており、竜胆の発言を聞いてはいなかった。


「だから、冒険者証だよ。魔力流して使用者登録しとけって言ったんだ。」


「あっ!そうですね。」


 鉄心は首にかけていた冒険者証を外して自身の魔力を込める。


 冒険者証は特殊な魔法が付与されている魔法器の一種で、預貯金の機能や財布として使用することもできる優れモノだ。しかし、それらの機能を使用するには個人の識別をする必要がある。そのため冒険者証は魔力の個人ごとに質が違うという特性を利用して使用者が自身の魔力を込め、それを冒険者証に記録させることで持ち主以外の者が使用出来ないようにすることで初めて前述の機能を使用すること出来る様になっているのだ。


 鉄心の魔力が込められた冒険者証は、プレート部分が一度淡い光を明滅させ、その発光を確認した鉄心は「よし。」と呟き冒険者証を再度自身の首にかけ直す。


「使用者登録は終わりました。それで、初依頼はどんなのがいいですかね?」


「駆け出し冒険者は常駐依頼を受けるってのが定番だな。」


 冒険者への依頼には大別して個別依頼と常設依頼というものがある。個別依頼と言うのは依頼者が必要な都度ギルドに依頼して掲示板に張り出される依頼のことで、常設依頼は薬草の採取や小型から中型の獣の狩猟等の需要が高く個別依頼よりは比較的簡単で対象の指定以外は特に明記されていない掲示板に常に張り出されている依頼のことである。そういった特性から常設依頼は、駆け出し冒険者の主依頼としてだけでなく、経験豊富な冒険者が個別依頼のついでに受ける依頼としても重宝されていた。


「それじゃあ、この大ウサギの狩猟にしますね。」


「なんだよ、どうせなら大ウサギじゃなくてブラックボアにしとけよ。」


「初狩猟でいきなり中型種を狩らせないで下さいよ。」


「お前の実力ならブラックボアくらい楽勝だって。」


「俺は慎重派なんです!だからちゃんと段階を踏んで行きたいんですよ!」


「分かった、わかった。それならとっとと依頼の受付を済ませてこい。」


 そう言ってプラプラと手を振る竜胆。鉄心は「まったく」と言って依頼受注窓口に向かった。


「すいません、依頼の受注をしたいんですけど。」


「はい、それではお名前を伺います。」


「島田鉄心です。」


 名前を聞いた鬼族の受付嬢は手元に持っていたプレート上の魔法器を操作する。


「島田さんですね……ありました。本日冒険者登録されていますね。等級は5級、常駐依頼の受注でよろしいですか?」


 冒険者にはそれぞれ等級が定められており、それは見習いの5級、新米の4級、一般の3級、ベテランの2級、一流の1級、超一流の特級と言う具合に分けられ、等級が上がる程受けられる依頼の幅が広くなっていく。鉄心は登録ホヤホヤのド新人であるため等級も5級となっていた。


「はい、大ウサギの狩猟です。」


「分かりました……受付完了いたしました。大ウサギの狩猟は南の森が危険も少ないのでそこで狩猟を行って下さい。それではお気をつけて。」


 受付嬢は事務的にそう言うと座ったまま一礼し鉄心を依頼へ送り出し、鉄心は「行ってきます。」と一言発して竜胆の下へ向かった。


「依頼の受注、完了しました。」


「おう!それじゃあ行くか!」


~~~~~


天照の首都「百鬼」は都の周囲を防壁に囲われた城塞都市で、東西南北の四方に一か所筒出入り口である門が設けられている。

 鉄心と竜胆は防壁の南門を抜けて、依頼の目的地である南の森に来ていた。


「それじゃあ鉄心。今から本格的に依頼開始だ!最初にすることは覚えているな。」


「マナの知覚範囲を広げる索敵魔法の使用ですね。」


「そうだ!それじゃあ実際に索敵魔法を使ってみろ。」


 冒険者としての初任務、鉄心はその顔に緊張を表しつつ、この3週間の間に行ってきた竜胆との訓練を思い出し魔法の発動準備する。

 鉄心はこの3週間の訓練で、冒険者が使用する基礎魔法を一通り覚えており、魔法発動の明確なイメージさえ出来ていれば、魔法の詠唱もごく短い単語を用いるだけで使用できるまでに成長していた。


(今感じているマナの感知範囲を広げるイメージ……)


「サーチ!」


 鉄心が魔法を唱えるとマナの知覚範囲が100メートル程広がる。

 すると、鉄心は獣の持つマナの反応を1つ捉えた。


「小さい反応が1つだけあります。」


「よし!それじゃあ魔法を維持したまま反応のあった場所まで移動するぞ。それが今回の獲物だと確認が出来たら一人でその獲物を狩るんだ。」


「はい。」


 鉄心達は自身の反応のあった場所まで自身の気配を消して森の中を移動する。すると雑草を食んでいる中型犬位の大きさのウサギを発見する。


(大ウサギ……やっぱり図鑑で見るのと実物とじゃあ印象がだいぶ違うな。)


 そんな感想を漏らしつつ鉄心は、大ウサギに見つからないように身を低く屈めて竜胆へ目配せし、竜胆は鉄心の目配せに小さく首肯して応じる。

 鉄心の魔法の有効射程範囲は約30メートル、そこに着くまでに大ウサギに気付かれてしまえば大ウサギは直ぐに逃げてしまう。鉄心は大ウサギが自身の魔法射程範囲内に入るように慎重に移動する。


(ここだな。)


 鉄心は大ウサギを有効射程内に入れると魔法の発動準備にかかる。


(小さな弾頭をイメージ……。)


「バレット。」


 鉄心が右手を大ウサギに向かって掲げ、魔法を唱えると同時に小さな円錐状の形をした魔力の塊が高速できりもみ回転しながら射出され、大ウサギの心臓を貫いた。


「キュウ!」


 大ウサギは断末魔を発すると地面に倒れ伏す。その姿を確認した鉄心は「ふう」と短く息を吐いて嬉しそうに竜胆の方に振り向いた。


「やりましたよ竜胆さん!」


「おう、見てたぜ。最初にしては上出来だ。……しっかし、いつ見てもお前さんの象形魔法には感心させられるな。」


「まあ、攻撃魔法はこれしか使えませんけどね。」


 この3週間の訓練で、鉄心の魔法の才能にはある偏りがあることが判明していた。それは、属性を付与する魔法が全く使えず、属性の無い無属性の魔法しか使えないというものであった。その事実が判明した時、魔法に憧れていた鉄心は多少落ち込みはしたものの、現在はそれを受け入れている。


「それでもだよ。お前さんの象形魔法は既に一般兵が使う属性魔法並みの威力を持っている。それはお前さんがこの三週間イメージの工夫とその訓練を地道に行って来た結果だ。自分の努力を成果を否定するんじゃなくて誇ってやれよ。」


 竜胆の惜しみのない賞賛に、鉄心は思わず顔を赤くする。


「ありがとうございます。」


「どういたしましてだ。それで一つアドバイスな。大ウサギ仕留めるときは心臓じゃなくて頭を狙うようにしろ。そうすれば可食部位や毛皮の損傷が少なくて高く売れるぞ。」


「わかりました。」


「それじゃあ後2、3匹狩ってから都に戻るぞ。」


「はい!」


 その後、鉄心は順調に大ウサギを3匹ほど狩り、都までの帰路に着く準備を始めた。


「アイテムボックス」


 鉄心がアイテムボックスの魔法を発動させて、仕留めた大ウサギをその中に入れる。


「それじゃあそろそろ帰るか。」


「そうですね、もう日が暮れそうですし。」


「帰りは身体強化魔法の訓練をしながら帰るぞ、その方が早く帰れるからな。」


「そうですね、俺もう腹が減って仕方が無いですよ。」


「はは――!」


 その時であった。竜胆が何かの気配に感づいて警戒の色を濃くし、竜胆の様子に気付いた鉄心も周囲を満たし警戒をする。


「鉄心!後ろだ!」


 竜胆の警告に鉄心が後ろを振り向いた瞬間、鉄心の体に強い衝撃が加えられ、鉄心の体が吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされた鉄心は着地すると同時、咄嗟に右手を地面に強く叩き接地の衝撃を相殺、受け身を取って直ぐに立ち上がる。


「鉄心!」


「大丈夫です!防御魔法がギリギリ間に合いました。」


 そう言った鉄心は衝撃を受けた方向に視線を移すと、そこには軽自動車程の大きさをした黒い体毛の猪がいた。


「鉄心!異常事態だここは私がやる!」


 そう言った竜胆は、アイテムボックスの魔法を発動し、その中から一本の大太刀を取り出して抜刀と同時にブラックボア首を両断した。

 その間約3秒。あまりにあっけない異常事態の終幕に、鉄心は拍子抜けしてしまう。


「やっぱり竜胆さんはすごいですね。」


「…………」


 鉄心の賞賛の言葉に、竜胆は神妙な面持ちのまま黙考する。


「竜胆さん?」


 再度の鉄心の呼びかけに、竜胆は神妙な面持ちのまま口を開く。


「鉄心。依頼の受注をしたときに南の森についての説明を受けたか?」


「はい、危険の少ない森だって聞きました。だけど中型種のブラックボアもこの森にいたんですね。油断してました。」


「いや、ブラックボアの生息域は鬼哭の森と北の平原だけだ。この森にブラックボアは生息していない。」


「それって……」


「ああ、異常事態だ。ここから比較的近い鬼哭の森から移動してきた線も考えられるが、どちらにせよギルドに報告しないといけない。急いで死体を回収して都まで戻るぞ。」


 こうして鉄心の初依頼は、一抹の不安を残して終了したのであった.

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