第八話 冒険者

 鬼の国、天照の首都「百鬼」の冒険者ギルドは商業区の一角、鉄心達が先程冒険者用の装備を購入した「完全武装」からそう遠くない場所に位置していた。


「ほら、ここがギルドだよ。」


 そう言って一軒の和風建築を指差す竜胆。


「デカいっすね。」


 竜胆の指差す先の建物を見た鉄心は、その大きさに感嘆の吐息を漏らす。

 「冒険者互助協会 天照本部」と書かれた看板が掲げられているその建物は、様々な商店の連なるこの商業区においても一際目立っており、その大きさは商業区の一区画を丸々使用しているのではないかという程で、旅館と言と言われても納得する程であった。


「そりゃそうさ。ここは天照に数ある冒険者ギルドの総元締めだ、中には依頼受付窓口から、冒険者用の酒場に商店、寮や訓練用の施設だってある。こんな規模のギルドはそうそうないぞ。」


「ほえ~。」


 竜胆の説明に鉄心は、納得といった様子で再び感嘆の吐息を漏らす。すると竜胆は「ほら行くぞ」と言って鉄心の手を引きギルドの中に入る。

 

 ギルドの中には鬼族だけでなく人族からケモミミを生やした獣人族等の様々な人種の人々がおり、昼間から酒を飲む者、掲示板とみらめっこしている者、受付嬢を口説いてる者等、中々カオスな様相を呈していた。

 そんな中を鉄心の手を引いたまま歩き続ける竜胆。その様子を見ていた冒険者達は鉄心達にからかいの声を上げ、上げられた鉄心は羞恥に顔を赤くするが、竜胆は知ったことかと自らの目指す先、受付カウンターまで真っ直ぐに歩く。

 受付カウンターに着くと、竜胆は「よう!」と鉄心の手を握っている手とは逆の手を挙げて鬼族の受付嬢に声をかける。


「あら、竜胆さんじゃないですか。どうしたんですか?ここはデートスポットじゃないですよ。」


 そう言って竜胆をからかう受付嬢。

 からかわれた竜胆は、鉄心と手をつないだままであったことに気付き「ケッ」と悪態をついて、つないでいた手を離す。


「そんなんじゃねぇよ。前に話をしといただろ、今日はその件についてだ。」


「ああ!冒険者登録の件ですね。この方が……。」


 そう言って鉄心を値踏みする様に見つめる受付嬢。不躾とも呼べるその視線に鉄心はいたたまれない気持ちになる。


「あんまり人の事をジロジロ見るもんじゃねえよ。」


 竜胆は鉄心に不躾な視線を向ける受付嬢を注意する。注意された受付嬢は「あっごめんなさい」と鉄心に謝り、鉄心は「いえいえ」と返した。


「それで、準備出来てんのか?」


「はい、もう冒険者証の準備は出来てますよ。」


 窓口の広い冒険者という職魚にはルールさえ守れば誰でもなれる。しかし、いくら窓口が広いとはいえ冒険者としてギルドに登録する際には出身国等の個人情報が必要で、それは、現状異世界からの来訪者であることを隠さなければならない鉄心にとって都合の悪いこととであった。だから今回は卑弥呼の許可を受けた後、あらかじめ竜胆から冒険者ギルドの一部の人間にのみに鉄心の事情を伝え、冒険者登録の準備を済ませておくことで、いつ登録に来ても速やかに登録を済ませられるようにしていたのだった。


「後は島田さんに登録料を頂いて冒険者証を渡すだけなんですが……。」


「なんだよ。」


「ギルド長が島田さんに冒険者証を渡す前に直接話がしたいと言ってまして……」


 受付嬢が申し訳なさそうに言うと、竜胆は頭を掻きながら長い溜息を吐き、その表情を真剣なものに変える。


「分かったよ、ギルド長のとこだな。鉄心。」


「はい。何ですか?」


「ギルド長がお前さんと話がしたいとよ。」

  

~~~~~


「お前が、例の来訪者か。」


 そう言ったのは、ギルド長室で正座する鉄心のテーブルを挟んで真向かいに胡坐をかいて座る額に一本の角を生やした鬼族の男性だ。その男性は初老を迎えており、白髪に大きな傷跡が特徴の顔と、着物の上からでも分かる程の筋骨隆々の肉体。正に「鬼」といった風体をしていた。

 鉄心はその男のただならぬ雰囲気を感じ取り、緊張した面持ちで口を開く。


「はい、島田鉄心という者です。」


「島田鉄心か……俺は虎杖 左近いたどり さこんだ。このギルドの長をしている。」


「よろしくお願いします。……それでお話というのは?」


「なに、少しばかり聞きたいことがあってな。冒険者規約と冒険者の仕事内容については把握しているか?」


「はい、竜胆さんから資料を頂いて一通りは目を通したので、規約や仕事内容について理解しています。」


「……そうか。」


 鉄心の返事を聞いて黙考するギルド長。室内には重い空気が立ち込める。


「島田鉄心、お前は来訪者で、この天照において来訪者は他の国と比べても特に手厚く迎えられる存在だ。だから無理をして冒険者にならなくても、城の中でそれなりの時間をかければそれなりの職に就くことも出来るはずだ。なぜそうしない。」


「俺は少しでももらった恩を」


 鉄心が言い切る前に目の前のテーブルから重く大きな音が鳴る。その音はギルド長が自身の拳でテーブルを叩いた音で、ギルド長は叩いた拳を更に強く握りしめ、ギロリと鉄心を睨む。


「俺は動機の話をしているんじゃない。俺が聞いているのはなぜ冒険者を選んだのか、ということだ。時間がかかるとはいえ、目の前に安定した道筋があるのになぜその道筋たどらずにわざわざ冒険者という常に死と隣り合わせの職業を選んだ。……それにな、お前さんの恩を返したいという目標、それだって俺は信じちゃいねえ。……もう一度聞く、なぜ冒険者になりたいんだ。」


 ギルド長の言葉を聞いた瞬間、鉄心は己の心臓が強く拍動したことを感じる。それは、ギルド長の言葉が正鵠を射ているという紛れもない証拠であった。


 誤解のないように説明するが、鉄心のこの世界の人達に恩を返したいという思いに嘘偽りは一切ない。しかし、鉄心は恩を返すのに冒険者である必要がないことや、ギルド長の言う通りに時間をかければ恩を返す方法がいくらでもあることなど分かっていた。ではなぜ鉄心は冒険者になりたいと思ったのか。


 鉄心は動揺する心を落ち着けるため深く深呼吸する。そして、ギルド長の眼をまっすぐ見つめて口を開いた。


「俺は今まで生きてきた30年の人生で、他人に自分の本心を口にしたことは殆どありません。人の目を気にして自分を良く見せるために心にも思っていないことを言う。いつからかそれは俺の本心すら欺いてそれがあたかも俺の本心であると錯覚するまでになりました。」


 話しながら鉄心は(我ながら何をとりとめもないことを話しているんだ)と思い、自嘲の笑みをこぼす。


「今思えばそれが病気になった原因だったんでしょうね。嘘っていうのはいずれ破綻するものですから……」


 自嘲気味に笑う鉄心に竜胆が言葉をかけようとするが、それをギルド長が視線で制止する。

 その様子に鉄心は気付けていなかった。

 未だに鉄心の本心を縛る嘘の心がごちゃごちゃと美辞麗句を並べて本心を拘束しようとする。それに対して本心は必死に抵抗して俺を出せと叫び続ける。嘘の心と本心、その二つのせめぎ合いは静寂という形でギルド長室を支配していたが、そう時間を置かずに静寂は破られる。


「……だから俺はもう自分の心に嘘をつきたくない。俺はこの世界で魔法を覚えたい、強くなりたい、うまい物が食いたい、まだ見ぬ人や動物に会いたい!わくわくと心を躍らせたい!!自由になりたい!!!だから俺はこの世界で最も自由な冒険者になりたいんです!」


 そう言い切った鉄心の顔は、嘘の心という本心を縛る鎖から解き放たれ、とても晴れやかなものに変わっていた。それは鉄心とこの世界で一番長く過ごしている竜胆が目を丸くする程に……

 そんな竜胆の顔を見て、気まずそうに鉄心は声をかける。


「あの……竜胆さん?」


 鉄心の呼びかけにハッと我に返った竜胆は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて鉄心の頭を脇に抱き、乱暴に頭を撫でる。


「この野郎!やっと本心を言いやがったな!」


「あっでも恩を返したいのも本心ですよ。」


「そんなこと皆分かってんだよ!」


「皆って?痛い痛い痛いですって。首がもげちゃいますよ。」


「うるせえ、いつまでも本心を言わなかった罰だ!」


 ギャーギャーと楽しそうに騒ぐ二人。ギルド長は大きな咳払いをして二人の騒ぎを止めると、懐から何かを取り出して「ほらよ」と鉄心向かって放り投げる。

 放り投げられた者を受け取る鉄心。それは小さな鉄製のプレートが付けられたネックレスであった。


「これは?」


「冒険者証だよ。お前の本心も聞けたしな。」


 そう言ってギルド長は鉄心に微笑みを向ける。


「ありがとうございます!」


「それと竜胆。、優しい女王様にそう伝えな。」


「おう!」


 鉄心は依頼という言葉に怪訝な表情をする。


「え竜胆さん、依頼って何ですか?」


「卑弥呼から鉄心の事でギルド長に依頼があったんだよ。」


 竜胆がそう答えると、ギルド長はフンっと鼻を鳴らし


「お前の心を解放しろってな、分かり難いったらありゃしねえよ。それにこんなことは冒険者にする依頼じゃねえ。」


「別にいいじゃねえか」


「よくねえよ!俺は忙しいんだ。ほら、さっさと出て行け。」


 言いながらシッシッと手を振るギルド長。竜胆はそそくさとギルド長室を退室し、依頼の件でまだ聞きたいことがあった鉄心も渋々退室しようと立ち上がる。そして、鉄心がギルド長室の出入り口に差し掛かったその時、


!さっきの言葉。冒険者らしい良いだった。これから頑張れよ。」


 ギルド長からの激励に鉄心は背筋を伸ばし、深々とお辞儀をしてギルド長室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る