第七話 「完全武装」

 鉄心が異世界、(ウィティア)に来てから3週間が経った。

 この3週間における鉄心の生活は、昼は桜華によるウィティアの基礎知識授業と、竜胆による戦闘訓練、夜は桜華が持ってきた様々な本を読む、といったことが大半を占め、充実した毎日を過ごしていた。


「よし、身体強化の魔法も合格だ。」


「ありがとうございます。」


 鉄心は今、竜胆による朝訓練の真っ最中であった。


「それで鉄心。卑弥呼からもらった武器の調子はどうだ?」


 竜胆の問いに、鉄心は気まずそうに返答する。


「それが……こんな感じです。」


 鉄心は卑弥呼から下賜された武器を懐から取り出して竜胆に見せる。

 使用者に合わせて成長する武器と言うだけあってその形状はこの3週間で変化を見せていた。が、その変化は柄の部分が鉄心の握り易い形状に変わり、打突部分が多少伸びた程度で、ほぼ変化なしと言っても良い有様であった。

 そんな鉄心の武器の有様を見た竜胆は、苦笑交じりに口を開く。


「まあ、実戦がまだだしな。訓練程度ならこんなもんじゃねえか?」


「それなら良いのですが……」


 竜胆のフォローに頬を掻きながら苦笑で返す鉄心。すると竜胆は、何かを思いついた様に手をポンッと叩き 

 

「鉄心。お前さん今日は何か予定はあるのかい?」


「今日の予定はいつも通り桜華さんの授業……」


 がありますね。」と鉄心が言う前に竜胆は


「よし!何もないな。これから町に行くぞ。」


と言った。どうやら竜胆には鉄心の予定の有無など関係無い様だ。


「いや、だから授業が……町ですか?」


 鉄心はこの3週間、城の敷地外に出たことは一度たりとも出たことがなかった。正確に言えば鉄心はこの城に来た時に町の様子を見ているはずなのだが、その時の鉄心にはとても町を見物できる程の心の余裕がなく、町の様子なども覚えていなかった。

 そういった経緯もあり、竜胆の「町に行くぞ」という言葉は、鉄心の興味を強く引いた。


「おう、お前さんもそれなりに実力がついて来たしな。今以上の実力を付けるには訓練より実戦を経験した方が効率が良い。で、実戦と言えば冒険者だ。だから今日は実戦で使う防具の買い出しと、ギルドで冒険者登録をしに行くぞ。」


 竜胆からの突然の提案であったが、その提案に鉄心は喜んでいた。


 冒険者については竜胆からある程度説明受けており、冒険者の仕事内容は大雑把に言うと『民間から国まで様々な人々からの依頼を受ける』といったものである。これは鉄心の『この世界の人達に受けた恩を返したい』という目標を叶えること出来る上、冒険者という職業はとても窓口が広く、年齢が15歳以上で決められたルールさえ守れば誰にでもなれることのできる職業だ。そういった理由から鉄心は、城を出た後の仕事は冒険者になろうと決めていた。


 鉄心はそのチャンスが城にいる間に来たことに喜ぶが、一つの懸念事項が頭をよぎる。 


「冒険者登録料と防具代、持ってませんよ。」


 そう、鉄心は現在、天照の城に食客として迎えられてはいるが、その実は衣食住を賄ってもらっているヒモに近い存在だ。当然、この国で使える金など持ってはいなかった。


「あん?そんなの分かってるよ。支度金の事は心配するな、もう貰ってるから。」


「もう貰ってるって、一体誰にですか?」


「卑弥呼から。ポケットマネーだってよ。」


 鉄心は支度金を用意してもらえたことは正直ありがたいと思っていた。しかし、その支度金を用意してくれた人物が卑弥呼であること知って「えぇ〜」と微妙な反応をする。

 鉄心はこの3週間の間、卑弥呼に会うたびにからかわれており、また何かあるんじゃないかと邪推してしまうようになっていたのだ。


「卑弥呼様、何か言ってました?」 


「別に何も言ってなかったぞ。ま、今度あった時にでも礼を言えば良いんじゃないか。」


 何か裏があるかもしれないが、お金を出してくれたことに変わりはない。それに可能性は薄いが純粋な善意である可能性はある。そんな失礼なことを思いながら鉄心は不承不承といった様子で「はい。」と短く返事をする。


「それじゃあ着替えて城の入り口で集合な。」


「分かりました。」


 こうして、鉄心は天照滞在3週間目にして初めての外出を経験することとなった。


~~~~~


 鬼の国、天照はこの世界ウィティアに存在する世界地図の一番東端に位置する巨大な島国である。鉄心が現在厄介になっている城はその島のほぼ中央にある位置する首都『百鬼ひゃっき』に存在しており、防壁、商業区、下層居住区、上層居住区、王城、の順番で構成されている所謂城塞都市というものである。


 準備を終えて城の外に出た鉄心と竜胆の二人は、防具の買い出しのために商業区を歩いていた。

 商業区は様々な商店や露店が所狭しと並び、あちらこちらから商売人たちの声が飛び交い活気に満ちていた。

 

「流石首都というだけあって、すごく活気がありますね。……それに魔法ってこの世界の人達からすれば本当に身近なものなんですね。」


 鉄心がそう言った理由は、商業区まで歩いて来る途中に見た人々の様子を見てのことであった。

 花壇の水やりや荷運びだけでなく、公園で遊ぶ子供達ですら当たり前の様に魔法を使う。その光景は魔法等存在しない世界、ウィオーから来た鉄心にとってはとても新鮮で神秘的に感じられていた。


「まあな。この世界の人間にとって魔法はとても身近で大切なもんだ。魔法があったからここまで発展することが出来たし、これから先の発展にも魔法は必要不可欠なもんだ。だから鉄心のいた魔法の無い世界っていうのが想像できねえよ。文明レベルはそこまで大差ないんだろ?」


 鉄心がこの世界に来てから驚いたこと、その一つはこの世界の文明レベルの高さだった。

 鉄心がこの世界に来た当初は、城から見える街並みや、城の造り等からこの世界の文明レベルは小説などでよく描かれているように中世レベルだろうと判断していた。しかし、実際にこの世界で生活してみたところその判断は大きく間違っていることに気付く。トイレは魔法を用いた水洗、食料は腐らないように魔法を

使用、夜を照らす明かりも魔法器と呼ばれる魔法を封じ込めた道具を使用する。どこもかしこも魔法だらけだ。しかし、そのおかげで鉄心は異世界生活による不便を感じることは殆ど無く、快適に過ごすことが出来ていた。


「はい、俺のいた世界……ウィオーは魔法がない代わりに科学という学問が発展しています。そのおかげでこの世界と変わりない文明レベルで過ごせてましたよ。」


「すっげーな。私にゃ想像も出来ねえや。っと着いたぞ。」


 竜胆がそう言って指差した先には、漢字で「完全武装」と書かれた看板を掲げた一軒の和風建築物があっり、看板の他に武器や防具を模した巨大な張り子が幾つも掲げられていた。


「……ものすごい屋号と見た目ですね。」


「分かり易くていいじゃないか。店主!いるかい?」


 そう言いながら暖簾をくぐって店内に入って行く竜胆。鉄心は店の様子をしばらく茫然と見つめていたが、竜胆が店の中に入って行ったことに気付くと慌てて店の中に入って行く。


「おーい、店主、てんしゅー、てーんしゅ!……いねぇのか?ちび店主!くそ店主!ちび!幼女!」


「誰が幼女じゃゴラ゛ぁ!」


 店の奥から怒号と共に竜胆に向かってハンマーが飛んで来る。竜胆は飛んで来るハンマーを難なく片手で掴むと呆れたような顔をする。


「客に向かってハンマー投げるなよ。」


「店の中で暴言吐く客がいてたまるか。」


 そう言いながら出てきたのは、身長が120センチ程で、ブラウンの髪を頭の後ろで三つ編みに結った褐色肌の可愛らしい顔立ちをした幼女であった。しかし、見た目は大変可愛らしい幼女のその表情は竜胆の暴言により怒りに染まっている。


「竜胆さん、この子が店主さんですか?」


「おう!そうだぞ。」


「こんなに小さい子がですか!」


「小さくないわボケェ!」


 鉄心の「小さい」という言葉に幼女店主が怒号を飛ばす。怒号を飛ばされた鉄心は、幼女店主のその迫力に押されて思わず後ずさってしまった。

 そんな二人の様子を見て竜胆は、目に涙を溜めてくつくつと腹を抱えながら笑う。


「竜胆さん。笑ってないで説明してください。」


 困り顔で竜胆に説明を求める鉄心。求められた竜胆は目に溜まった涙を拭いて


「は-悪ぃ、悪ぃ、こいつはドワーフ族なんだよ。だからこう見えてもれっきとした成人だ。幼女じゃねえ。」


「そういうことは最初に言って下さいよ!、ものすごく失礼なこと言ったじゃないですか。」


「なんだお前ぇ、ドワーフ族見るのは初めてか?」


「すいません。田舎暮らしだったもんで。」


 異世界からの渡航者は、ウィティアにおいて大切な客人としてもてなすというのが一般常識である。しかし、ウィティアに住む人全員がその様な認識でいるわけがない。どこにも必ず悪人はいるわけで、過去にはそういった者達が異世界からの渡航者の命を狙ったり、犯罪に利用しようとしたことがあった。

 その為鉄心が自己防衛が出来る程の力を付けるまでは異世界からの渡航者であることは発表しないことになっており、鉄心が異世界からの渡航者であることを知っている者達には卑弥呼から緘口令が敷かれているのだ。

 そんな訳で鉄心は、田舎から出てきた人族の者としてふるまう様に、竜胆達と前もって打ち合わせをしていた。


「ふーん。それにしても珍しいな。竜胆が人族と一緒にウチに来るなんて。」


「兄貴の知り合いでな、こいつが冒険者になりたいからってんで、兄貴に面倒を見る様に頼まれたんだよ。」


「ということは、この兄ちゃんの装備一式が必要なんだな。」


「得物は持参したものがあるからいらないよ。」


「分かった。ちょっとまってな。」


 そう言って店の奥に入って行く幼女店主改め、女ドワーフ店主。


~~10分後~~


 「ほい、これが新人冒険者の防具セットだ。」


 そう言って店主が出したのは、何の動物かは分からないが革製の胸当てと脚絆、手甲、鉢がねと言った最低限の急所を守れる防具とその下に着用する着物であった。


「サイズは一応お前さんの背丈に合わせてあるけど、念のためあそこで試着していきな。」


 そう言って店の隅にある衝立で仕切られた試着室を指差す店主。

 鉄心は「分かりました。」と言って試着室で出された防具に着替える。防具や着物は多少の誤差はあるものの許容範囲内の着心地で特に問題はないと判断、鉄心はそのままの姿で試着室を後にした。

 初めて装備する冒険者の装備に、鉄心は心を躍らせながら両手を広げて自らの姿を竜胆達に披露する。


「どうですか?」


「まあ、そんなもんだろ。」


 反応の薄い竜胆。鉄心は竜胆のそんな態度にムッとする。


「もう少し褒めても良いんじゃないですか?」


「その年で女みたいなこと言うんじゃねえよ、気持ち悪ぃ。」


「ひっど!」


 竜胆のどストレートな言い分に、少しくらい浮かれても良いじゃないと悲しくなる鉄心。


「もういいですよ。それでおいくらになりますか?」


「全部合わせて8万銭ってところだな。」


 天照の通貨は1銭、10銭、100銭といった具合に、鉄製の硬貨に刻印された数字が10倍ずつ上がって行き、最高10万銭まである。

 

 鉄心は竜胆が卑弥呼から預かっていた支度金の入った財布を取り出し、中身を見ると1万銭が10枚入ってることを確認して、防具の代金を取り出す。


「結構しますね。」


「これでも常連の竜胆の知り合いってことで、それなりに勉強してんだがな。」


 鉄心の率直な感想に、心外だとばかりに店主は抗議する。そんな店主の態度に鉄心は慌てて謝罪する。


「すいませんありがとうございます。」


 そう言って取り出した代金を店主に差し出すと、先程までの態度を笑顔に変えて代金受け取る店主。


「まいどあり!これからも「完全武装」を贔屓にしてくれよ!」


 店主の態度の豹変に、鉄心は戸惑いながら苦笑する。


「ありがとうございました。」


「そんじゃあまた来るよ。」


 そう言って鉄心達が「完全武装」を出ると、鉄心はあることに気付いた。


「あっ!買った防具着たまんまで出て来ちゃったよ。」


 どうやら鉄心は初めての防具購入で思いの他浮かれてしまい、着替えるのを忘れていた様だ。


「すいません、竜胆さん着替えてきます。」


「別にそのまんまでいいよ。着てきた着物はアイテムボックスの中だろ?」


「はい。」

 

 アイテムボックス。異世界モノの小説で良くあるボックス内に入れた物が経年劣化しない便利魔法。収納制限があるがこの世界にも存在していたらしく、便利だからと鉄心も竜胆から教わり、使える様になっていた。


「それじゃあ次は冒険者ギルドに行くぞ。」


「はい!」


 次は本日の本命、冒険者登録である。

 鉄心は異世界の定番、冒険者ギルドに心を躍らせてながらその道のりを歩むのであった。

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