第六話 模擬戦

 天照の女王、卑弥呼への謁見の後、鉄心達は卑弥呼に連れられて城内にある兵士の修練場に来ていた。


「何でこんなことに……。」


 そう呟いてため息を吐いたのは、修練着に着替えさせられた鉄心だ。

 卑弥呼への謁見時に卑弥呼から実力が見たいと言われ、修練場にて兵士の一人と模擬戦を行うことになった鉄心は、今は修練場の中央で卑弥呼を始め、多数の兵士達の注目を浴び、ガチガチに緊張していた。


「おい鉄心!、そんなに緊張していると出せる実力も出せねぇぞ!」


 外野から鉄心に向けて楽しそうに野次を飛ばしたのは竜胆だ。

 

(人の気も知らないで……)

 

 鉄心がそんなことを思いながら竜胆の姿をジト目で睨んでいると、鉄心の対戦相手が決まったのか、椿が一人の兵士を連れて鉄心の元まで近づいて来る。


「鉄心殿、模擬戦ですがこの者が相手をいたします。」


 そう言って、鉄心と同じ修練着を着た兵士を紹介する。その兵士は一見すると年若い顔つきをしており、体付きも他の兵士よりもやや細い。明らかに経験の浅い新兵であると予想される者であった。

 その兵士は鉄心にやや緊張した面持ちで「よろしくお願いします。」と言って深々と一礼する。


「この者は新兵ですが、人族と鬼族の身体能力差を考慮するとこれぐらい体付きの者の方が丁度良いでしょう。」


 椿の丁度良いという言葉に、鉄心は文句を言いたい気持ちいっぱいになる。

 元警察官である鉄心には、警察官という職業の特性上それなりの実力は備わっているし、自信もある。しかし、その実力はあくまで一般人よりは強いという自信だ。新兵とはいえ相手は現役の兵士である。鉄心には、訓練を受けている現役の兵士相手に、一般人よりやや強い程度しかない自信の実力で対抗できるとは到底思えなかった。

 しかし、これはあくまで鉄心の実力を測るための模擬戦である。そこらへんは当然あちら側も分かっての事だろうと、鉄心は自身を無理やり納得させ、言いたい文句を飲み込み


「よろしくお願いします。」

 

そう返して覚悟を決めた。


「それでは始めましょうか。念のため言っておきますが、この戦闘では武器と魔法の使用は禁止です。開始と終了の合図は私が行います。」


 椿がそう言うと、兵士と鉄心は互いに距離を取る。


「それでは……始め!」


 椿による模擬戦開始の合図がされると、兵士と鉄心は構えを取る。兵士は一般なファイティングポーズを取ったが、鉄心の構は違った。腰を落として左手の拳で自身の顎を覆って脇を絞り、右手は腹に前に置いていつでも打撃可能な状態にする。

 そんな鉄心の構を見て卑弥呼は「ほう」と感心したような声を漏らす。


「まるで重装歩兵の様じゃの。あれは新兵には攻め難かろう。」


 卑弥呼の予想の通り、鉄心に対峙していた新兵はどう攻めるべきか迷っていた。

 鉄心の構は常に防御姿勢を取っている状態で、下手に攻めても防御されるだけだ。防御の薄い場所に回り込もうとしても、鉄心は自身を中心に向きを変えるだけで状況は振出しに戻る。その上鉄心は、じりじりと兵士との距離を詰めプレッシャーを与えてくる。

 そんな状況に耐えかねた兵士が、焦りから大振りの右ストレートを繰り出した時であった。鉄心はその攻撃を待ってましたと言わんばかりに、兵士との間合い詰めながら右ストレートを躱し、そのまま自身の左手で兵士の右腕を掴み、右手で兵士の顎に掌打加えると同時に兵士の右足を自身の右足で後方に蹴り上げる。それは所謂いわゆる、柔道の大外刈りに似た投げ技であった。

 技を受けた兵士はそのまま投げられ堅い地面に背を着き、次の瞬間、兵士の顔の前には寸止めされた鉄心の拳あった。

 

「それまで!」


 椿から戦闘終了の合図が出る。鉄心は椿の終了の合図が出たことを確認すると「ふう」と息を吐いた後、


「大丈夫ですか?ケガしてませんか?」


 そう言いながら、兵士を助け起こしながら兵士の体の心配をする。心配された兵士も「大丈夫です」と言いながら困り顔になっている。そんな鉄心達の姿に、椿は笑みをこぼしながら近づき

 

「これしきのことで、ウチの兵士はケガをしませんよ。」


「それならいいのですが。」


「しかし、鉄心殿も人が悪い、武芸者であればそう言ってもらえば良いものを」


 椿のわかり易いお世辞に、鉄心は笑みを見せながら謙遜する。


「武芸者だなんて、そんな大層な者ではありませんよ。確かに多少の心得はありますが、大した実力ではありません。実際ギリギリでしたし……。」


 鉄心の言う通り、今回の模擬戦は経験の浅い新兵だからこそ通じたものであった。これが経験豊富な兵士であれば、結果はまた違ったものになっただろう。とにかく、模擬戦は終了した。


「それで、俺の実力は大体分かりましたか?」


「はい、鉄心殿にある程度の地力があることは分かりました。しかし、それはあくまで対人、この世界で生きて行くにはそれでは足りません。」


 椿の言葉に鉄心は、この世界に来たばかりの時に遭遇した熊のことを思い出す。


(あれは本当に恐ろしかった。)


「俺もそう思います。この世界には人よりも注意しなければならない存在がいますよね。」


「その通りです。ですから鉄心殿は、それ等の脅威に対しての対処方法をこの城で学ばれると良いでしょう。」


「お願いします!」


 鉄心はそう言って、深々と一礼する。


「それでは、まず最初に鉄心殿が使われる武器を決めましょう。」


「武器ですか。」


「そうです。今の鉄心殿の実力では、生身での戦いを学ぶよりも、武器術を学ぶ方が効率が良いです。見たところ鉄心殿は武器の心得もあるようですし、何か学びたい武器種などは御座いますか?」


(そこまで見抜けるものなのか。)


 確かに鉄心には杖術等の心得はあった。しかし、それは先程行われた模擬戦では全く見せていないものだ。それを見抜かれた鉄心は、椿の観察眼に感心しながらも、自身に合いそうな武器について考える。


(せっかく異世界に来たんだから定番の刀や剣を使ってみたいよな。……だけど出来るだけ早く力をつけたいから使用経験のある武器の方が良いか?……。)


 そうやって鉄心が使用する武器について悩んでいると、


「悩むことはないぞ。」


 と鉄心の隣から声がする。鉄心が声のする方を向くと、声の主は卑弥呼で、卑弥呼は相変わらずのいたずらっ子の様な笑みを浮かべながら、自身の着ている着物の袖から一本の棒を取り出し、鉄心に手渡す。

 鉄心に手渡された棒を見て、椿は驚きとも呆れとも取れる微妙な表情をする。


「卑弥呼様それは……。」


「使う武器で悩んでいるようであったからな、これならばその必要もあるまい。」


「確かにそうですが……。」


 鉄心は椿達の会話に疑問を持ちつつも、手渡された棒を眺めるが、何の変哲も無いただの鉄製の棒にしか見えない。


「これって何ですか?」


「お主の武器じゃ。」


(何を言ってるんだこの女王様は?)


 鉄心はそう思いながら卑弥呼を見つめるが、卑弥呼は笑顔を返すのみで、手渡した棒について何も話そうとしない。そんな卑弥呼の態度に鉄心は少しイラッとしてしまう。

 そんな鉄心に同情したのか、椿がため息を吐いて卑弥呼を諌める。


「卑弥呼様、鉄心殿はこの武器について何も知らないのです。これがどういう物なのか説明されたらどうですか?」


 椿の指摘に卑弥呼は、


「おお!、そうであったな忘れておったわ。」


そう言って、卑弥呼はわざとらしさ全開で舌を出す。そんな卑弥呼の姿を見て鉄心はまたイラッとする。


「それで、この棒はどの様な物なのですか。」


 鉄心の言葉には若干の棘が感じられたが、卑弥呼はそんなこと一切気にせずに笑顔まま説明する。


「これは少々特殊な武器での、使い手と共に成長する武器なのじゃ。」


「成長……ですか。」


「そうじゃ、この武器は使い手に合わせて成長し、その姿と特性を変えて行く、世にも珍しい武器なのじゃ。」


「そんな珍しい武器を俺に下さるのですか?」


「なに、長い事使い手がおらず死蔵しかかっておった物じゃ、気にするな」


 成長する武器。それだけ聞けばテンションが上がるが、いかんせん見た目が悪い。鉄心は微妙な武器を押し付けられたな、と思いながらも、「ありがとうございます。」とお礼をする。


「うむ、それを使って竜胆との訓練に励むが良い。」


「そうだぞ、私は厳しいからな!覚悟しとけよ!」


 鉄心は、いつの間にか近くにいた竜胆に驚くが、それよりも気になることを言われたことに気付く。


「俺に戦闘技術を教えて下さる方って……」


「私だぞ!」


 誇らしげに胸を張りながらそう言う竜胆。


「城の方じゃないんですね。」


「獣とかへの対処方法は、兵士よりも冒険者の方が詳しいからな。卑弥呼から私に依頼があったんだ。」


「そうなんですか。またよろしくお願いします。」


 そう言って一礼する鉄心に、竜胆は快活に笑いながら鉄心の背中をバンバンと何度も叩く。


「おう!大船に乗ったつもりでいな!!」


 こうして、鉄心と竜胆の間に師弟関係が築かれることになるのであった。

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