第五話 謁見

 この国――天照の女王との謁見、ここに食客としている以上は必ずあると予想はしていた鉄心であったが、いざ謁見をすると椿に言われた瞬間、全身が緊張に包まれるのが分かった。


「女王様との謁見ですか。いつかはしなければならないと思っていましたが、いざ謁見する機会が訪れると緊張してしまいますね。」


 苦笑しながらもその緊張を隠そうとしない鉄心に、椿も鉄心と同じように苦笑して応じる。


「それは仕様がないことでしょう。しかし、そこまで緊張することはありませんよ。卑弥呼様はとても気さくなお方です。」


 気さくな女王ってそれはそれで問題じゃないですか?。鉄心はそう口に出そうになるが寸前のところで飲み込み


「それで、謁見は今直ぐ行われるのですか?」


「はい、ですがその前に鉄心殿はこちらに着替えて頂きます。」


 椿はそう言いながら着物らしき服を鉄心に差し出す。差し出された服を見て鉄心は自身の着衣を見てみる。転移した時とは異なり今は浴衣のようなものを着ており、流石に女王への謁見でこれはないだろうと納得しながら差し出された服を受け取る。


「それでは私達は外でお待ちしていますので準備が出来たら客間の外においでください。」


「分かりました。」


 椿達三人は「では」と一礼して客間を出ていき、鉄心は渡された服に着替えるのであった。

 鉄心が着替えをする途中、椿から渡された服が羽織と袴で、着付けの仕方が分からずに桜華に助けを呼ぶ場面があったがそこは割愛する。


 着替えの終わった鉄心と太刀神兄妹の三人は、謁見の間の前まで来ていた。


「そういえば、竜胆さんも女王様に謁見されるんですか。」


「おう!お前さんに最初に会ったのが私だからな。その辺の報告も含めて報告しろとのことだってさ。」


 言われて鉄心は竜胆の服装を見る。流石に大太刀は携行していなかったが、その恰好は出会った時とは大差ない赤い着物を動きやすいように着崩した格好で、とてもじゃないが今から女王様と謁見するような格好に見えなかった。


「竜胆さんはその恰好でいいんですか?」


 鉄心の当然の疑問に、竜胆の代わりに椿が呆れたように答える。


「こいつにもちゃんと着替えて欲しかったのですが……。」


 言いながらジト目で竜胆を睨む椿、そんな椿のこともどこ吹く風、竜胆は両手を頭の後ろで組みながら「ニシシ」と悪ガキの様に笑って


「前、卑弥呼に会った時にこれで良いって言われたからこれで良いんだよ。」


「様を付けろ、様を!」


「いいんだよ、卑弥呼と私は友達ダチだからな。」


 竜胆の破天荒ぶりに頭を抱える椿。鉄心はそんな二人の様子を苦笑いしながら見ていると、椿が「はぁ」とため息をこぼし


「もういい。それじゃあ入りましょうか。」


 椿は謁見の間に入って行き、鉄心と竜胆もその後に続いて謁見の間に入る。

 謁見の間は客間と同じく畳敷きで、上座に当たる場所は一段高くされ、その中央には玉座が置かれていたが、玉座の主はそこにはおらず、その隣に女王のお付きらしき美しい鬼族の女性が鉄心達の到着を待っていた。

 お付きの女性は鉄心達の姿を確認するとうやうやしく一礼し、


「お待ちしておりました。只今卑弥呼様をお呼びいたしますので、しばらくお待ちください。」


 そう言ってお付きの女性が謁見の間から出ていくと、椿は鉄心達に横一列に並ぶように指示し、


「こちらで座って待っていましょう。それと鉄心殿、卑弥呼様から許可が下りるまで顔は伏したままでお願いいたします。」


「分かりました。」


 そうやって待つこと数分。謁見の間の襖が開かれ、人が入って来る気配がする。鉄心は、来た!とその身を緊張で固めると


「久しいな、竜胆。息災であったか。」


 涼やかそれでいて高貴さを纏った音がする。その音が女王から発せられた声であることに鉄心が気付いたのは竜胆の返答があってからであった。


「おう、私はいつだって元気だぜ、卑弥呼はどうだい。」


 竜胆の無礼な物言いに椿が「おい!」と注意をするが、


「よい、何度も言うが妾が許したのだ。妾と竜胆は友であるからな。」


 女王が良いと言っていることを自身が咎めるわけにはいかない。それこそ女王に対する不敬になってしまう。椿は竜胆に対する叱責をそこで止める。


「椿、お主は真面目過ぎる。物事を柔軟に考えることもこの国の元帥として必要なことであるぞ。」


「は!。」


 いや今のはどう考えても竜胆さんが悪いだろ。鉄心はそう考えながら椿の日ごろの苦労を思い、同情の念を抱いた。


「それで、此度こたびの件について説明をしてもらえるかの。」


 卑弥呼の質問に、竜胆は鉄心に出会うまでの経緯と出会った後のこと、それこそ昨日の件まで事細かに説明する。鉄心が竜胆の説明にそこまで言わんでいいだろ、と羞恥に顔を赤く染めていると


「それで、その者が此度の来訪者か。おもてを上げて良いぞ。」


 言われて鉄心は顔を上げると、その瞬間鉄心は目を見開きそのまま固まってしまう。女王の威厳に畏怖しての硬直ではない、女王のそのあまりの美しさに固まってしまったのだ。

 小柄な体付きに肩まで届こうかと言う長い薄紫色の髪、顔立ちは幼く可愛いというより美しいといった顔立ちで、額にはこれまた純白の美しい角が二本生えている。服装は髪の色と合わせているのか紫色の着物を着用していた。

 卑弥呼は顔を上げたまま固まってしまっている鉄心に「どうした?」と声をかけると、鉄心はそこでハッと我に返り、顔を赤らめる。


「ふふ、愛い奴だのう。名は何と申すのじゃ?」


「島田鉄心と申します。」


「鉄心か良い名前じゃ、それで鉄心、色々と大変だったようじゃが、この世界にはもう慣れたか?」


「正直に言いまして、私にはこの世界の知識が足りず、まだ慣れたとは言えません。」


「そうじゃろうなあ、突然この世界に放り出され、元の世界に帰ることも出来ない。その心中を思うと妾も心苦しい気持ちじゃ。」


 そう言って鉄心に憐憫の目を向ける卑弥呼


「はい、先日までは元の世界を思い、その思いに潰されそうなほど苦しみました。だけど今は違います。」


「違うとは?」


 卑弥呼の問いに、鉄心はまっすぐと卑弥呼の目を見つめ


「――この世界で生きてゆく覚悟が決まりました。」


 鉄心の決意の言葉に、先程まで鉄心に憐憫の目を向けた卑弥呼の表情が喜色を帯びたものに変わり、それを隠すように手に持っていた扇子を口元に掲げ、微笑をこぼす。


「そうか覚悟が決まったか、……それでお主はこの世界で何を成したい?」


「私はこの世界に来てから碌な目にあっておりません、突然鬼哭の森に放り出されて、獣に追いかけられて死ぬかとも思いましたし、元の世界に世界に帰れないと聞いた時には絶望してそれはひどい有様だったと思います。だけど俺は竜胆さん達――この国の人達に救われました。このことは生涯感謝し続けることでしょう。だから俺はこの国の人達に何か恩返しがしたいんです。」


「恩返しとは?」


「なんでも良いです。俺が受けた恩を少しでも返したい、それが俺のしたいことです。」


「それは殊勝なことだの。」


「それで相談なのですが、卑弥呼様もご存じかとは思いますが、俺はまだこの世界の事をほとんど知りません。ですのでこれからしばらくの間、この城に滞在させて頂き、この世界のこと等を学ばせて頂きたいのですが。」


「うむ、妾は元よりそのつもりじゃ。安心すると良い。」


「ありがとうございます。」


「それで鉄心、この世界でお主が生きていく上で必要なことが一つある。お主は何であると思う?。」


 突然の卑弥呼の問いかけに、鉄心は頭を悩ませる。この世界で必要なこと……金、知識、コミュニケーション能力様々なことが鉄心の頭の中をよぎる。


「……強さ、ですか?」


 鉄心の答えを聞き、卑弥呼は持っていた扇子をパンっと閉じる。


「その通り、残念なことにこの世界は、一歩外界に出ると魔物や蛮族が跋扈ばっこする世界である。だからこそ生物的な強さそれがこの世界で最も必要なことになる。であるからして鉄心、妾達は知らねばならぬ。」


 卑弥呼の言葉に鉄心は嫌な予感がする。聞くのは怖いが聞かなければならない、というか卑弥呼はいたずらっ子の様な笑みでその言葉を待っている。


「何をでしょうか?」


「それはお主の生物的な強さ、要するにお主の実力が知りたいから試させろ。と言うことじゃな。」


 満面の笑みで鉄心にそう告げる卑弥呼。鉄心は、ああこの女王様性格悪いなと密かに思うのであった。

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