第四話 決心

 異世界生活4日目の朝、鉄心は昨日とは違い客間の窓のそばに立って朝日を浴び、その顔は憑き物が落ちた様にとても晴れやかなものであった。


「こんなに清々しい朝は本当に久しぶりだな~。」


 昨日の魔法習得の一件で、鉄心を長きに渡って苦しめていた心の病のことが良い方向に向って大きく進歩した。そのことが鉄心の精神面に良い影響を与え、いつも憂鬱な気分で迎えていた朝が久しぶりに気持ちよく迎えられていた。


「おっと、いくら体調が良いからと言って油断していたらいけないな。」


 鉄心は念のために自身に精神回復魔法をかけ、竜胆の指示通りに使用した分の魔力を回復させる。


「これで良しっと。」


 鉄心は改めて思う。元の世界に帰れないという事実には確かに絶望もしたし、元の世界への心残りも多い。しかし、それはもうどうしようもないことである。今更そのことをくよくよ考えていても何も始まらない。


「よし!、覚悟は決まった。俺はこの世界で生きて行く!」


 鉄心がこの世界で生きていく覚悟を決めた直後、客間の襖がノックされる。


「はい」


「島田様お入りしてもよろしいでしょうか?。」


 その声は聞き覚えのある女性の声であった。


「――どうぞ。」


「失礼します。」


 そう断りを入れて客間に入って来たのは、一昨日から鉄心が世話になっている鬼族の従者の女性であった。


「おはようございます島田様。本日の体調はよろしいようですね。」


 そう言って鉄心に微笑みかける従者の女性。

 鉄心は昨日の自分の事を思い出して赤面しながら挨拶をする。


「おはようございます。昨日はみっともない姿を見せてしまい申し訳ありませんでした。おかげさまで今日はとても体調が良いです。本当に竜胆さんと……。」


 言いかけて鉄心は気まずそうに固まる。鉄心は従者の女性の名前をまだ知らない。正確には初めて会った日に彼女から自己紹介を受けていたのだが、その時の鉄心の精神状態は最悪で、自己紹介を受けたという記憶はあるのだが、その内容についてはまったく覚えていない、というよりまったく聞いていなかった。

 固まる鉄心の様子を見て、従者の女性は、


国上 桜華くにがみ おうかです。今度は忘れないでくださいね。」


いたずらっ子の様に笑い、自己紹介をする。


「すいません国上さん。昨日は本当にありがとうございました。……それで、俺になにか御用でも?」


「はい、朝食の用意が出来ましたのでお持ちいたしました。それと私のことは桜華と呼んでいただいて構いませんよ。」


「そうですか、ありがとうございます。」


~~朝食後~~


 鉄心は朝食を食べ終わった後、「そういえば」と食器を片付ける桜華に声をかける。


「これからこの世界で生きていくために、基礎知識や魔法について勉強したいんですけど。」


「それはとても良い心掛けですね。そのことについてなんですけど、もう準備は出来ております。食器を片付け終わったら早速始めましょう。」


「わかりました。」


 桜が食器を片付けに客間を出てから数分後。鉄心がどんな先生が来るんだろうと緊張した面持ちで講師を待っていると、数冊の書物を持った桜華が客間に入って来た。思わぬ人物の登場に鉄心は目を丸くし


「もしかして、桜さんが教えてくれるんですか?」


「そうです。私は島田様の専属の従者ですので、これも私の役目の内です。」


 そう言いいながら客間のテーブル上に書物を置き、鉄心の真向かいに正座する桜華。鉄心は軽度の人見知りであったため、講師が見知った人物であったことにホッと胸を撫で下ろした。


~~~~~


 桜華の講義はこの世界の事を何も知らない鉄心にとって分かり易いものであった。鉄心のこの世界での懸念事項の一つである文字についても、この国で使われていた文字は鉄心の故郷と同じ漢字やひらがな、カタカナとの組み合わせで、それは偶然なのか異世界チートであるのかは鉄心には分からなかったが、非常にありがたいことであった。

 桜華の授業の内容はこの世界の基本的な説明から始まった。

 この世界の名前はウィティアと呼ばれ、鉄心達の世界の事はウィオーと呼んでいること。

 この世界には元の世界と同じく大小様々な国が存在し、この国の名前は天照アマテラスと言う名で、鬼族が中心となって治めており、世界地図上では一番東側に存在すること。

 文明レベルについては、化学は発展していないが、その代わりに魔法があるため、元の世界と大差がないことが分かり、魔法については

 魔法の発動に使用される魔力の源であるマナはいたるところに存在しており、火、水、風、土の四属性が存在していること。

 これらのマナを吸収する際には魂を変換機として使用するため、個人ごとに変換効率が違い、その変換効率は大体60%から80%で、更に属性によっても変換効率が変り、一般的に得意属性と言うのはこの変換効率が一番高い属性を指しており、これは魔法発動時の発光色で判別することができ、火なら赤色、水なら青色、風なら緑色、土なら黒色であること。

 魔力は体に蓄えておくこともでき、蓄えられる量はこれまた個人差があること

 鉄心の得意属性は珍しいことに無属性で、これは魔力の変換効率が属性に左右されないという利点を持つが、変換効率が低いという欠点を持っていること等を教えてもらうことが出来た。


「……今日はこれ位にしましょうか、島田様はこの国の文字も難なく読めるようですので、明日にでも何冊か魔法関連の本を持ってきますね。」


「はい、よろしくお願いします。しかし、本当に至れり尽くせりで戸惑ってしまいますよ。」


 そう言って苦笑する鉄心に、桜は「フフ」と笑い


「ウィオーからの来訪者である島田様は、この世界…ウィティアにとって大切なお客様ですから。」


 桜華の言葉に、鉄心は一つの疑問が浮かぶ。


「その理由って教えてもらえるんですか?」


 鉄心の問いに桜は眉を寄せて困った顔する。


「すいません。そのことについては私からは教えることが出来ません。だけどいつかは知ることになると思います。」


 桜華の返答に鉄心は「そうですか」と残念そうに呟き


「分かりました。その時を待つことにします。」


 鉄心は、なぜここまで自身が歓待されるのかが気がかりではあった。しかし、今はこの世界に早く馴染めるようにすることが先決だと考え、甘んじてこの状況を受け入れることに決める。


「それでは、私は一度退室しますので、何か御用がある時……。」


 桜華が言そう言いかけた時だった。客間の襖が勢いよく開かれ、竜胆と椿が客間に入って来る。

 二人の姿を確認した桜は語気を強め


「竜胆様!お客様の部屋に入る時は乱暴に入室しないよう昨日言ったばかりではありませんか!。椿様も貴方が付いていながらなぜこの様なことを。」


 そう言って二人に注意をする。


「悪かったって、」


「桜華殿、これには訳がありまして」


 そう焦ったように弁明する椿と、謝っている割には悪びれもしない竜胆。

 そんな二人の様子が可笑しかったのか、鉄心は苦笑しながら挨拶をする。


「椿さんに竜胆さん、おはようございます。」


 竜胆は、快活に笑いながら鉄心に向かって右手を上げ、挨拶を返す。


「よう鉄心!元気そうでなによりだな。」


「おかげさまで、大分元気になりました。」


「おお鉄心殿!桜華殿から話を聞いた時には心配しましたが、その様子だともう大丈夫な様ですね。」


「はい。竜胆さんには本当に感謝しています。……それで俺に何か用事ですか?」


 鉄心の質問に椿は「おお、そうでした」と言い、真剣な面持ちになる。


「鉄心殿、病み上がりなところ申し訳ないが、これから会って欲しい方がいます。」


 椿の真剣な表情に、鉄心も緊張した面持ちで椿の目を見つめる。


「そ……そのお方というのは?」


「この国…天照アマテラスの女王、天津 卑弥呼あまつ ひみこ様です。」

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