第参話 絶望の中で見い出す希望
鉄心は客間に案内された後、直ぐに用意された布団に入り眠ろうとした。
しかし、元の世界に帰れないという事実は鉄心には重すぎ、その事実を受け止めきれずに一睡も出来ないまま異世界2日目の朝を迎えていた。
「…………。」
今の鉄心は何も考えられない状態にまで追い詰められ、意識はあるというのに布団から起き上がることができず、無為に時間を過ごし続ける。
「…………。」
城の従者が朝食の準備が出来たと伝えに来ても、食欲がないと言って断りを入れ、布団に寝たまま姿勢で幾ばくかの時間が経過する。流石に従者も鉄心の状態が異常であることに気付き、鉄心の体調を心配して声をかけるが鉄心は「大丈夫です」とだけ言い眠りに着く振りをする。そうして更に1時間ほどたった時の事であった。
鉄心の居る客間の襖が勢いよく開かれる。
「鉄心、大丈夫かぁ!」
言いながらズカズカと客間に入ってきたのは、鮮やかな赤色の髪をポニーテールに結い上げた鬼族の女性――太刀神竜胆であった。突然の竜胆の来訪に驚いた様子も見せない鉄心。竜胆の来訪に気付いてはいるが、その目には何も映しておらず、虚ろな目をしていた。
「竜胆様!お客人の部屋にそんなに乱暴に入室する人がいますか。」
そう言ったのは、昨日から鉄心の世話係を務めさせられている鬼族の従者の女性であった。彼女は昨日から様子のおかしい鉄心の事を心配し、この世界において現在までのところ、最も鉄心と長い時間を過ごしている竜胆を椿を通じて城に呼んでもらったのであった。
「そんなこと言ったって私を呼んだのはあんただろ。」
「それでもです!」
「はいはい、悪かったよ。それで鉄心はどんな様子……うわぁ今にも死にそうな顔してる。」
鉄心のひどい有様を見た竜胆は、その感想を隠しもせずに口に出す。
「体はなんともないんだよな?」
「島田様もそうおっしゃってはおりましたが……。」
「……ってことは、精神面かな?。よし!」
竜胆は寝たままの鉄心の横に胡坐をかいて座り、鉄心の額に両手を当てて何かを呟く、すると竜胆の両手から赤色の淡い光が放出され、鉄心の瞳に光が戻って来る。
「おい!、鉄心!」
竜胆が鉄心のことを呼びかけると、鉄心は姿勢はそのまま「はい」と小さく応答する。鉄心の応答を確認すると、竜胆は鉄心の額から手を放し、「ふう」と吐息をこぼす。
「楽になったか。」
その言葉に鉄心は自らの状態を確認してみと、先程まであった絶望感が和らぎ、体もある程度動かせるまでに回復していた。
鉄心は上体を起こし、不思議そうに竜胆に尋ねる
「竜胆さん、今何かしましたか?」
「精神回復魔法をかけたんだよ。」
「そんな魔法もあるんですね。」
「ああ。しっかし、こんなになるまで追い詰められてたとは思わなかったよ。」
「確かに未だにショックは引きずってますけど、これの原因はそれじゃないです。」
「あん?他になんか原因があんのか?」
鉄心は、竜胆に動けなくなった原因について問われ、言いずらそうに口を開く
「……ちょっと前まで心を病んでいまして。もうほとんど治ってたと思ったんですけど、帰れないことがショックで再発したみたいです。」
「そうなのか。」
そう言って、顎に手を当てて何かを考える竜胆。鉄心がそんな竜胆の様子を見つめていると、突然竜胆が自身の膝をパァン!と叩き、鉄心はその音に体をビクリと震わせる。
「よし!、予定よりちっとばかし早いが鉄心が魔力を使える様にしよう!」
竜胆の突然の提案。その提案に反応したのは、鉄心ではなく従者の方であった。従者の女性は、眉をハの字に曲げ、困惑した様子で竜胆に対して口を開く。
「竜胆様!、それはまだ許可が下りていないことです。」
「だけど、あんたも鉄心の様子は見ていたただろう?あれは普通じゃなあい、鉄心も言ったように病だ。それも人を死に至らしめる程のな。」
「だけど……。」
「事は急務だ。報告は私が兄貴にするし、責任も持つ、それじゃあダメかい。」
真剣な面持ちで従者の女性を見つめる竜胆。二人はしばらく間見つめ合い、従者の女性は竜胆に根負けしたのかに一度「ハァ」とため息を吐いてから
「……分かりました。だけど安全には十分留意してくださいね。」
そう言って竜胆の提案を承諾した。
「おう!それじゃあ始めるか。鉄心、今から私がお前さんに魔法をかける。その魔法はマナの知覚範囲を広げる魔法で、それをかけられたお前さんは、魔法を使うために必要な魔力の源であるマナの知覚が出来る様になる。分かるかい?」
鉄心は竜胆の説明のすべてを理解したわけではなかったが、魔法が使える様になれるらしいということは理解でき「はい」と小さく頷く。
鉄心の返答を確認した竜胆は座ったままの姿勢で、鉄心に手の平を向ける。
「今お前さんにさっき言った魔法をかけたけど、なにか感じることが出来れば私に教えてくれ。」
鉄心はいつの間にか魔法をかけられたことに驚いていた。魔法と言えば先程の様に神秘的な光が発生するものであると思っていたのに、今かけられた魔法にそんなものは存在せず、しかもかけられたかどうかも分からないものであったからだ。
竜胆は本当に魔法をかけたのか。不安に思った鉄心は
「竜胆さ……。」
と竜胆に声をかけたその時であった。自身の周りに何かを感じる。それは目に見えないが確かにそこにある。それの正体が何なのかは分からない。しかし、悪いものでないことは確信できる。鉄心はその奇妙な感覚に戸惑いつつ竜胆に報告する。
「竜胆さん!感じます。これがマナですか?」
竜胆は鉄心の反応を確認すると、鉄心にかざしていた手を下ろし、魔法の発動を止める。
「鉄心、お前さんが今感じているものがマナだ。初めての感覚に戸惑っているだろうから、落ち着いてきたらまた私に教えな。」
「はい。」
鉄心は今まで感じたことのない新しい感覚に困惑していたが、それがとても楽しかった。それこそ異世界に帰れないという事実を一時的に忘れる程で、しばらくの間その感覚に身を委ね、鉄心の顔には笑みがこぼれており、その様子を見ていた竜胆と従者の女性は、互いを見やり笑顔で鉄心の様子を見守った。
~~10分後~~
「やっと慣れてきました。」
鉄心はマナを知覚した感覚に慣れ、そう言って竜胆達の方を見ると竜胆達が慈しむような笑顔で鉄心を見ていたことに気付き、不思議そうな顔をする。
「二人ともどうしたんですか?」
「いや、だいぶ良い顔色になったなと思って。」
「そうですね、先程までの顔色が嘘のように明るい顔になられましたよ。」
竜胆達の言葉に、鉄心は先程までの自身の状態を思い出し、苦笑する。
「すいません。年甲斐もなくはしゃいでしまって。」
「そのことじゃねえよ。私達はそれより前、死にそうな顔をしてた時のことを言ってんだ。」
竜胆の指摘に鉄心はハッとする。
(そういえば今朝から感じていた倦怠感や憂鬱感がほとんど感じられないほどに無くなっている。)
「……やっぱりすごいですね魔法って。」
「確かにそうだが、やっぱり精神って言うのは自分の気持ち次第だよ。魔法はその手助けやきっかけを作る道具にすぎない。これからお前さんにも魔法を教えるけど、あまり魔法ばかりに頼るんじゃないよ。」
真剣な眼差しで忠告する竜胆に、鉄心は「はい」と頷いてかえす。すると、竜胆は鉄心の返答に満足した様子で腕を組み「うん、うん」と頷き、その表情を明るいものに変える。
「それじゃあ次に行こうか!。鉄心、今度はマナを自分の体に取り込むようにイメージしてみな。」
鉄心は竜胆の指示どおりにイメージをしてみる。すると、少しずつではあるが、力が湧いてくるような感覚を覚え、その感覚に集中するようになる。
「今力が湧いて来るような感覚があるだろ。それがマナを吸収している証拠だ。とりあえずその感覚がなくなるまでマナを吸収しつづけな。」
「わかりました。」
鉄心は竜胆の指示どおりにマナを吸収し続け、それが終わったのはそれから1時間ほど時が経った後であった。
「……うん、これくらいかな。竜胆さん終わりました。」
そう言って竜胆達の方を見る鉄心。すると竜胆は待つくたびれたように
「やっと終わったのかよ。吸収効率が悪いのか魔力容量のでかさなのか、いくら魔力ゼロの状態から始めたって言っても時間がかかりすぎだな。」
竜胆の言葉の意味は分からなかったが、とりあえず鉄心は「すいません」と頭を下げ謝る。
「まぁ気にすることじゃないよ、こればっかりは生まれ持ったものだしな。それじゃあ次は魔法だな、通常は身体強化の魔法からなんだがお前さんの場合はまた
そう言って竜胆は再び鉄心の頭に両手を当て、何かを呟く、すると竜胆の両手が赤色の光を放出する。
鉄心は竜胆に言われたとおりに魔法をかけられた時の感覚を記憶しようと目をつぶって集中する。その感覚はマナを吸収した時の感覚とよく似ており、徐々にやる気が出てきて力が充足してくるような感覚であった。
「覚えたか」
「はい!」
鉄心の返答を聞くと、竜胆は魔法を解き、
「次は実践だな。鉄心今度は自分の中の魔力を意識しながら、私に魔法をかけられた時の感覚をイメージするんだ、最初はイメージがし難いだろうから自分でイメージしやすい言葉を発すると魔法は発動しやすくなるぞ、」
「言葉ってなんか魔法の詠唱みたいですね。」
「みたいじゃなくてそれが詠唱なんだよ。魔法の発動にはイメージが重要なんだ。極端なことを言えばハッキリとイメージさえ出来れば魔法は馬鹿でも発動はできる。」
「なるほど、それじゃあ」
鉄心は先程の感覚を思い出しながら、その感覚を思い起こしやすい言葉を考える。
「我が精神を回復せよ、マインドヒール。」
鉄心が魔法の名前を唱える。すると竜胆の時とは違う無色の光が鉄心の頭上で発せられる。
すると、竜胆に魔法をかけられた時と同じような感覚を覚え、鉄心は魔法が成功したことを確信し、嬉しそうに竜胆の方を見ると、竜胆達だけでなく従者の女性までも目を見開き、驚いた表情を浮かべていた。
「……すごいです。」
「マジか、一発で成功しやがった。」
鉄心は二人の反応に首を傾げる。鉄心としては普段からしていた魔法を使う妄想と同じようなイメージをしてみたらたまたま魔法の発動に成功しただけだったので、二人の反応が不思議でならなかったのだ。
「これってそんなにすごいことだったんですか?」
「すげえよ、さっきも言ったが魔法の発動に一番重要なのはイメージだ、普通ならイメージするだけでも訓練が必要なんだが……。」
竜胆の言葉を聞き、鉄心は己の過去を振り返る。そういえばよく魔法を使う自分の姿を妄想し、魔法の詠唱まで考えていた。元の世界ではストレス発散ぐらいにしかならなかった妄想がこんな形で役立つとは思いもしなかった。
(これが嬉しい誤算というものなのか?)
「似たようなことは良くしてましたね。」
自身の過去を恥ずかしそうに言う鉄心。その言葉に竜胆は不思議そうに尋ねる。
「魔法の使えない世界でか?」
「はい」
「なんで?」
竜胆の追及に顔を赤らめ恥ずかしがる鉄心に、竜胆と従者の女性は何かを察しジト目で鉄心を見つめる。
「……まぁ、それが今役立ったんだ、結果良ければすべて良しだな。――これからは
竜胆のその言葉を鉄心は自身の心に刻み込み、心からの喜びに打ち震えていた。一つは妄想で憧れるだけであった魔法使いに自分も慣れたことへの喜び。
そしてもう一つの喜び。それは、精神衰弱状態の克服であった。これは鉄心を長いこと悩ませ続け、一生ついて回ることを覚悟していた。それがこの世界に来て魔法を覚えたことで、自身のとっての死の病に等しい脅威から、対処が簡単な発作程度になったのだ。この事は、この世界に来てから碌な目にあってなかった鉄心にとって初めての利益であり、最大の利益であった。
――
鉄心はその喜びに人目をはばからず涙を流していた。竜胆と従者の女性は、そんな鉄心の様子を慈しむように見つめ寄り添うのであった。
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