第弐話 鬼の国

「うわ、デカい。」


 鉄心と竜胆が鬼の里に着くと、鉄心は里の威容に圧倒されていた。 

 まず、里の周囲を囲むように建てられた巨大な石の防壁。おそらく、先程鉄心が遭遇したモンスター等の侵略を防ぐために設けられたものであろうが、その高さは優に30メートルを超えており、城壁の頂上にはこの国の兵士らしき者達が見張りを行っている。

 次に、今まさに鉄心達の目の前に整列している兵士達だ、兵士達はこの国の正式装備であろう統一された装備を装着し、整然と並んでいる。

 鉄心は以前の職業上似たような光景を見るのは初めてではなかったが、兵士達の様子を見る限り、どの兵士も強者であることが見て取れ、その姿に圧倒されていた。

 

「……鉄心、そろそろ降りてくれないか。」


 鉄心を背負ったままの状態で声をかける竜胆。鉄心はそこでハッと我に返り、いそいそと竜胆の背から降りる。


「すいません竜胆さん。城壁や兵士の人達に圧倒されていました。」


 鉄心の打算のない本心からの褒め言葉に、竜胆は気を良くしたのか胸を張り、


「そりゃあ鬼の国うちの自慢の防護壁と兵士達だからね。そんじょそこらの国には負けやしないさ。」


とお国自慢をする。

 竜胆のお国自慢に鉄心は、「ははは。」と愛想笑いをし、兵士達を眺める。すると、鉄心の頭にふと疑問が浮ぶ。よく見ると兵士達は皆厳しい表情を浮かべており、そのピリピリとした緊張感は、兵士達から30メートル程離れている鉄心に伝わる程であった。


「竜胆さん、この兵士さん達は今から戦にでも行くんですか?、やたらと殺気立ってますけど。」


 鉄心の質問に、竜胆はまたかと、呆れたような表情をして答える。


「お前さん本当に何も知らないな、空間の揺らぎがあった時は大体どの国もこうなるもんだろ。」


 「ははは」と笑って誤魔化しながらも鉄心は失言続きの自分に嫌気がさしていた。

 いくら知らないことばかりとはいえ自分の出自等を偽っている以上、ボロを出さないために余計なことは言わないに越したことはない。鉄心はこれからの言動には十分気を付けようと固く誓う。


「ちょっと私は兵士達のところに行ってくるから、あんたはここで待ってな。」


 そう言って竜胆は一人兵士達のところへ駆けて行った。

 鉄心は一人残された寂しさからか、自然と竜胆の姿を目で追う。すると、竜胆が兵士達の責任者らしき人物と会話を始める。


(何の話をしてるんだ?)


 鉄心はそう思いながら竜胆達を注視していると、竜胆が鉄心のことを指差し、責任者らしき人物が一瞬だがその目を見開く。

 鉄心は嫌な予感がした。今から逃げようかとも思ったが、先程の竜胆の使った魔法や身のこなしが頭をよぎる。


(……待つように言われてるし、逃げたところで追いつかれるだろうしなあ。)


 そう考えた鉄心は逃げることを諦め、何が起きても良いように覚悟を決める。

 すると、竜胆と責任者らしき人物が鉄心に近づいて来る。

 責任者らしき人物は赤い甲冑を着込んでおり、短髪の赤髪で額に2本の角を生やした20代位の長身の男性であった。

 責任者らしき人物は、鉄心に近づくと丁寧に一礼し挨拶をする。


「私はこの国の軍を統括する。太刀神 椿たちがみ つばきと申します。」


(軍の統括者って、警視総監クラス来ちゃったよどうすんだよ、どうなるんだよ俺!)


 鉄心は思わぬ大物の登場にビビり倒す。鉄心が警察官を辞めた時の階級は巡査長であり、警視総監クラスなど天上人に等しい。ビビり倒すのも当然のことであった。


「……すっすいませんこんなお忙しい時に来ちゃって、直ぐにでもここからいなくなりますので。」


 ペコペコしながらも、先程諦めたばかり逃走を試みる鉄心。しかし、椿はそれ制止するかのように鉄心に声をかける。


「いなくなられては困ります。我々と共に一度城まで来てもらいます。」


 ここで城に連れていかれてしまっては、今まで竜胆についてきた嘘がばれ、投獄される恐れがある。それだけは避けなければならないと鉄心は


「だけど、空間の揺らぎのせいで今はお忙しいんですよね。そんな、俺ごときのためにお時間を取らせるわけにはいきませんよ。」


そう言い訳をするが、


ので大丈夫です。さあ行きましょう。」


そう言って鉄心に自身の隣を歩くようにと促す椿。


(あ、これはもう逃げられない。)


 鉄心がこれから自分に起こることを想像して顔を青くしていると、竜胆が鉄心の顔色を見て


「悪いようにはならないから、まあ心配すんな。」


と励ましの声をかけるが、鉄心には耳には届いていなかった。


~~鬼の国城内~~

 

 鉄心は鬼の国の城内にある客間のに座らされ、正面には竜胆と椿がテーブルを挟んで正座していた。

 緊張した面持ちの鉄心に、椿が口を開く


「おおよその話は妹から聞きました。お名前は島田鉄心殿でよろしかったですね。」


「妹?」


「竜胆のことです。」


 そう言えば竜胆の名字も太刀神だったなと思い返す鉄心。


「妹さんには命を助けていただき、感謝してもしきれません。」


 そう言って、座ったままの姿勢で深々とお辞儀をする鉄心に椿は


「頭を上げてください、実はそのことについて――正確にはどういった経緯であの森にいたのかを鉄心殿に話して頂きたく、来城して頂いた次第なのですが、話して頂けますか。」


 椿の問いに鉄心は来たっ!と緊張に身を強張らせる。

 この世界の情報をほとんど持たない自分と椿達とでは持っている情報に大きな差があり、ここで更に嘘をついても直ぐにばれてしまう。ここはたとえ信じられないことであったとしても、素直にすべて打ち明けてしまう方が椿達の心証も良くなるであろうと判断し、覚悟を決める。


「すいません、竜胆さんに言っていたことはすべて嘘です。……信じてもらえないかもしれませんけど実は俺、こことは違う世界から来たんです。」


 鉄心の告白に、椿は納得した様子で鉄心にとって意外な言葉を返す。


。」


 椿の言葉に鉄心は驚きを隠せなかった。椿の言葉からは異世界から来た、というただの言い訳ともとれる言葉を信じたというよりも、鉄心が異世界からの来訪者であることを確信しているという意味が含まれている様に感じたからだ。


「理由をお聞きしても?」


「まず第一に他国の者があの森、――鬼哭きこくの森に入ることはそう簡単には出来ません。他の国の者があの森に入るには地理の関係上この里を必ず経由しなければなりませんし、なによりもあの森はこの国にとって重要な場所であるため、許可がないものはこの国の者であったとしても入ることは許されていないのです。第二に、空間の揺らぎが観測された場所の近くに鉄心殿がいたことです。過去にもあなたのいた世界からこちらの世界に迷い込んだ人達がおりまして、その時にも空間の揺らぎが観測されたという記録が残っているのです。そして第三に貴方がであることです。」


 椿の口から出た「目無し」と言う言葉に鉄心は反応する。鉄心は竜胆も鉄心のをことを目無しと言っていたことを思い出し、その言葉の意味が気になったからだ。」


「目無しというのはどういった意味を指すのですか。」


「目無しと言うのは、生まれつき魔力の源であるマナの存在を知覚できない人を指す言葉です。」


「確かに俺はマナというものの存在を知覚できませんけど、この世界にもその目無しという人は存在するのではないですか?」


「確かに目無しという言葉が存在する以上、目無しである人物は極少数ですが存在します。しかし、マナの知覚を出来る様にすることは比較的容易に出来ます。ですから鉄心殿の様に成人している人間が目無しであることは、この世界ではありえないことなのですよ。」


「そうなんですね。……それで俺はこれからどうなんるんですか?もしかして元の世界に送還される事になるんでしょうか?」


 鉄心には両親や兄弟、友人等、元の世界に残してきた人達がいる。いくら日ごろから異世界転生や転移について妄想していたとはいえ、妄想はあくまで妄想だ。本当に異世界転移を望んでいたわけではない。元の世界に帰れるのであれば帰りたい。それが鉄心の本音であった。


「残念ですが、それは不可能でしょう、先程も言いましたが過去にも鉄心殿のいた世界から、ウィティア……こちらの世界に迷い込んだ者達で元の世界に帰還したものは誰一人としていません。」


「…………。」


 元の世界に帰れるかもしれない。その淡い希望を見事に打ち砕かれた鉄心は絶句し、項垂うなだれる。そんな鉄心の様子を見て椿は目を伏せて


「心中お察しします。……それで鉄心殿のこれからのことですが、この国では異世界からの来訪者は国賓として迎える形になっております。一先ずはこの世界になれるまでこの城に滞在されてはどうでしょう?もちろんそのままこの城に滞在し続けて頂いてもかまいませんし、おすすめは出来ませんが今直ぐにこの城の外に出られてもかまいません。我々は鉄心殿の意思を尊重します。」


 椿の申し出は、今の鉄心にとって願ってもいない提案であった。しかし、元の世界に帰れないと分かり失意の底にいる鉄心には自身の将来のことなど考えられる状態ではなかった。


「……今は先のことを考えられる状態ではないです。今日のところはその答えは保留にして、この城で考えさせてもらって良いですか?」


「……わかりました。では、城の者に客間に案内させましょう。答えを急ぐ必要はありません今日のところは休まれて下さい。」


「ありがとうございます。」


 そう言って椿は席を立ち、城の従者を呼んで鉄心を客間まで案内させる。

 客間まで案内される鉄心の様子は、言われるがまま動く感情の無いロボットの様であった。

 鉄心の異世界初日。記念すべきその日は失意のまま終わるのであった。

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