第一章 異世界入門編

第壱話 失望の目無し

「ここはどこだ?。」


 鉄心はもう一度周囲の様子をグルリと見渡す。目につくのは樹木等の植物ばかり。どうやら鉄心はいつのまにか見知らぬ森の中に来ていたようだ。


「いや、どうやったら街中から突然森の中に来るんだよ。そんなのありえないだろ。」


 混乱する頭を整理するために、鉄心は今朝からの出来事を確認する。しかし、確認すれば確認するほど訳が分からなくなる。どうやったら街中から一瞬で森の中に移動することが出来ようか、そうやって混乱する頭で考えている内に鉄心の頭にある考えがよぎる。


「まさか、異世界転移!?」


 鉄心趣味は、漫画やゲーム、アニメといった所謂いわゆるサブカルチャーと呼ばれるものだ。

 当然、その中には異世界転生等を描いたWEB小説も含まれ、自分がもし異世界に転生や転移をしたらどうするか、という妄想にふけることもよくあった。 


「いやいや、そんな非現実的な……。」


 そう言いながら、自身の頬を一発殴ってみると、ゴンッという音と共に一瞬の目眩を覚える。混乱のあまり強く殴りすぎたようだ。


「しっかり痛い」


 夢ではない、鉄心はそう考えながら肩から提げていたショルダーバッグの中からスマートフォンを取り出し、画面を見る。

 

「電波は圏外、あとは……。」


 スマートフォンのカメラを起動して自分の顔を映してみる。

 スマートフォンからカシャッという音がして直ぐに撮影した画像を確認してみると、そこには見慣れた顔が写っていた。


「俺の顔だ。ということは異世界転生や憑依もの……、ということはないな。……つーか服装も持ち物も変わってない時点で俺のままじゃねえか!!」


 (……駄目だ、まだ混乱している。こういう時こそ落ち着かねば。)


 鉄心は一度深呼吸をして乱れた心を落ち着かせようとする。


「あと考えられるのは異世界召喚……の線は薄いか、俺を召喚した奴も見当たらないし、あとは転移ものか?、ただ単にワープなんかで飛ばされた線も考えられるか。……あ、そうだ!」


 異世界ものといえば定番のチートやスキルがある。鉄心はそんな期待を胸に、右手を前に出しながら


「ステータスオープン!」


 と勢いよく声を発する……が、何も起きない。

しかし、鉄心はそこであきらめずに思いつく限りの言葉を発してみる。


「オープン!、ステータス!、能力開示!、……駄目だ、これ以上何も思いつかねえ。つーか下手したらチートどころかスキルも無いんじゃないのかこれ。…………となると人里探し、……の前に水場の確保か。」


 鉄心が現在いるのは見知らぬ森の中だ。この森どこまで続いているのかわからない、下手をしたら人里に出るまで何日もかかるかもしれない。であれば人探しの前に最低でも水場の確保をしなければ詰んでしまう。鉄心はそう判断を下し、水場を探し始めた。


~~30分後~~


「やばい、ヤバい、ヤバイ、やばーい!」


 鉄心は森の中を全力疾走していた。

 水場探しをしていた途中に、たまたま腹減り状態のと出くわしてしまい、追いかけられるはめになったのだ。

 鉄心を喰らわんと追いかける熊に似た動物には角が生えていた。

 少なくとも鉄心の記憶の中には角の生えた熊など、この世に存在していないはずだった。


 「角生えた熊ってことはモンスターか?、――わーい異世界転移決定だー!。」


 余裕があるのか無いのか、この緊急事態に余計なことを考えてしまう鉄心。

 直後、その余計な思考のツケを払うことになる。

 鉄心が全力疾走していたのは舗装された道路ではなく、森の中である。

 足場に注意を払わなければすぐに転んでしまうような悪路だ。そんな悪路を走っている最中に余計なことを考えると


で!」


当然バランスを崩し、転んでしまう。

 幸い鉄心は幼い頃より柔道をしていたため、転ぶと同時に受け身を取り、ケガはしなかったが起き上がろうと振り向いた瞬間、すでに目の前まで熊が迫って来ていた。

 

「グガアァ!」


 今にも鉄心に襲いかからんとする熊の咆哮。

 

 (あ、死んだわこれ)


 鉄心が自身の死を覚悟したその時


「伏せな!」


と女性の高い声が聞こえ、反射的に身を伏せる鉄心。

 直後、ゴトッという音が聞こえ、恐る恐る音の聞こえた方向に目を向けると鉄心と熊の目が合う。


「ひい!」


 情けない声を出しながら熊と反対方向に飛びのこうとするも、腰が抜けて立ち上がれず、座りながら後ずさる形になる鉄心。


「もう死んでるから安心するといいよ。」


 その声に顔を向けると、赤髪をポニーテールにし見目麗しい和装の女性が、大太刀を担ぎながら立っていた。


「良かったな、偶然私がここを通りかかって。お前、下手をしなくても死んでたよ。」


 そう言いながら肩に担いでいた大太刀を背中に背負った鞘に納める女性。

 鉄心には彼女の声が聞こえていなかった。正確には彼女の額にある角の方が気になり、その声をまったく聴いていなかった。鉄心は女性の角を見て、頭の中に出てきた言葉をそのまま口にする。


「鬼。」


 鉄心の不躾な発言に、彼女は眉を寄せながら「なに?」と口を開く。


「確かに私は鬼族だけど、お前さん、初めて鬼族を見たのか?」


 そこで鉄心はハッと我に返り、立ち上がろうとするが、未だ腰が抜けたままで立ち上がることが出来なかった。


「落ち着くまでそのままの格好でいるといいよ。」


「――すいません、……あと、ありがとうございました。命を助けていただいて。」


「どういたしまして。ところでお前一体どこから来た?見たところ洋服を着ているけど、顔立ちは帝国って言うより、私達寄りだし……。」


(ここで正直に事の経緯を話しても信じてもらえるか怪しい、もしかしたら過去に呼んだ転移モノの小説みたいに、正直に話したことが災いしてひどい目に遭うかもしれない。)


 そう思った鉄心は、この場をどうにかして誤魔化すことに決める。


「……あーえーっと、仲間と一緒に来たんですけどはぐれてしまって。」


「この森に?一体どこから?」


 彼女の追及に鉄心は頭をフル回転させる。


(考えろ俺!彼女は何て言っていた。――そうだ!)

「て……帝国です。親がこの国出身で旅行でここに来たんです。」


「ふーん。」


 鉄心の答えに彼女はといぶかしげな表情を向けるが


「まっいいよ。私、太刀神 竜胆たちがみ りんどうって言うんだ。お前の名前は?」


と言って何事もなかったかのように自己紹介をする。


「俺ですか?、俺は島田鉄心っていいます。」


「それじゃあ鉄心、落ち着いたら、私と一緒に里の方まで下りるね。お前一人ではここは危険すぎる。」


 現状、右も左も分からない鉄心にとって竜胆の提案とてもありがたいものであったが、鉄心にはこのご都合主義的展開がどうも怪しく感じられた。


(まるで小説や漫画の様に上手く事が運びすぎている。このまま彼女について行っても大丈夫か?、何かの罠じゃないのか?)


 そんな考えが鉄心の頭の中をグルグルと巡るが、このまま一人で動き回るよりも幾分かマシだと考えるに至り、彼女について行くことを決める。


「……すいません太刀神さん、お世話になりっぱなしで。」


「気にしなくて良いよ、私も帰る途中だったし、一人くらい増えたところでなんともないさ。それと竜胆でいいよ、私もお前のことを名前で呼んでるし。」


「わかりました。竜胆さん、よろしくお願いします」


「おう、こちらこそよろしく。」


そう言って竜胆は鉄心に初めて笑顔を見せた。


 約10分後、鉄心が何とか立ち上がることが出来るようになり、竜胆と共に里に向かって歩き始めていた。


「ところで竜胆さんはなんであの森にいたんですか?」


「ちょっと依頼があってね。」


「依頼?」


「そっ!、私は冒険者をやってるだが、この森に次元の揺らめきが観測されたとかで、調査の依頼が来たんだよ。」


 竜胆の口から出る冒険者や次元の揺らめきといった言葉に、本当に異世界に来たんだなと、今更ながらに思い興奮する鉄心。

 しかし、ここでボロを出してはならないと、上がったテンションをなんとか隠しながら竜胆との会話を続ける。


「いや~俺としては本当に助かりましたよ。その依頼主さんに感謝したいくらいです。」


 鉄心の能天気な発言に竜胆は眉を寄せ


「本当にな、この森に武器も持たずに入るなんて自殺行為だよ。今後は氣を付けな。」

 

と呆れ交じりに注意をし、鉄心は迂闊な発言をしたとシュンとなる。


「すいません。」


「今後気を付けてくれれば別に良いよ、ところでこのままゆっくり歩いていたら日が暮れる。魔法を使って行くぞ。」


 鉄心は竜胆の発した言葉を聞き、この世界に魔法がある事実に喜ぶが、魔法がこの世界の人々にとって当たり前の事であること察し、自身が魔法が使えない言い訳をどうしようかと考える。


「魔法……ですか?」


「そう魔法、……鉄心、まさか魔法が使えないのか?」


「恥ずかしながら。」


 信じられないという表情をする竜胆に

 

「すいません」


と謝る鉄心。


「鉄心、歳は幾つだ?」


「今年で30歳です。」


「30歳でって、お前どんな育ち方したんだよ。」


「…………。」 


 鉄心は、竜胆の言う「目無し」というものが何を指しているのかまったく分からなかったが、竜胆の言葉から、またしても迂闊な発言をしてしまったと思い黙ってしまう。運の良いことに、竜胆は何かを察したような顔をしてそれ以上の追及をしなかった。


「まっいいよ、人には言えないこともあるもんな。しょうがないから私が鉄心をおぶって連れて行くことにするよ。さあ」


そう言って鉄心に自身の背に乗るようにと、背を向け屈む竜胆。

 鉄心は女性におぶられることに抵抗を覚えるが、ここは素直に従おうと竜胆の肩に手をかける。


「それじゃあしっかり掴まってろよ、……飛ばすぞ!」


 そう言って走り出す竜胆。


「うわぁ!」


 鉄心は、あまりの速さに驚きの声を上げる。

 その速度は人一人を背負っているにもかかわらず、まるで車にでも乗ったような速さで、あっという間に鬼族の里に着いたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る