箱仕事5×5

九詰文登

箱仕事5×5

 銃声が鳴り響いた。

 雨が降り続ける中で響く乾いた音は、雨音を掻き消すように空気震わせていく。その音に驚いたか、自らの身体に何かが入り込んできた痛みに苦しんだか劈くような悲鳴と共に、獣が血を流しながら倒れた。

 銃を放った男は、腰に差していたもう一つの拳銃を取り出し、迫り来る獣に弾丸を放つ。手元で、目も眩むほどの閃光が放たれたのちに、その鈍色の銃口から一直線に、敵を殺さんと血に飢えた鉛玉が迸った。

 それは獣の顔を掠め、後ろに備えていた別の獣の脳天を貫いた。驚きに目を丸くした獣は、何が起きたかわからないだろうが、既に後頭部から見るも無残に砕かれた脳髄が溢れ出ている。

 しかし男が本来狙ったはずの獣は、仲間の死に怯むことなく、男目掛けその短剣のような爪を備えた腕を振るった。このままでは死ぬと悟った男は、拳銃の反動に痺れる腕に何とか喝を入れ、拳銃をその爪の軌道に持ってくる。

 バキンッっと拳銃が砕かれる音と同時に、男の腕は簡単にひしゃげられ、皮だけが繋がった状態で垂れ下がる。

「くそがぁ!」

 男は叫ぶ。まるで痛みを感じていないかのように、その顔には鬼の如き気迫が宿っていた。

 しかしその戦意に対し、もう一方の拳銃は弾が尽き、再装填リロードをしないと使えない。しかしこの腕ではそれすらもできないと悟った男は、腰に差していたナイフを取り出し、逆手に持った状態で、獣の首筋に凶刃を突き立てた。瞬間、どぱっと温かい液体が身体を濡らす。酷く生臭い。しかしそんなこと気にしている暇もなく、何度も何度も首筋にナイフを突き立てる。

 すると、一気に獣の身体から力が抜け、男の方へ凭れかかる様に倒れた。呆気なくそれの下敷きになった男は、他の獣に四肢を食いちぎられ、その痛みに声帯が焼き切れるほどの絶叫を上げる。

 そこから溢れる血液が致死量に達したとき、出血性ショックによって、男はその目を閉じた。




 長い間水の中に沈められていたかのような感覚から覚醒した男は一気に息を吸い込み、その勢いに耐えきれなかった肺は咳き込んだ。真っ白の空間に溢れんばかりの札束。無機質な部屋には一つ仰々しい鉄の扉がついており、そこがそろそろ開けられることを男は知っている。

 そして予想通りその扉がガチャリと開けられ、黒服の男が入ってきて、脂汗をかいている男に札束を一つ渡した。数えることなくわかる。百万円だ。そして男は部屋を出ていき、改めて部屋に鍵をかけた。

 時計を見ると時刻は12時16分。この仕事を始めてからまだ16分しか経っていないことに気付いた男は、自らの周りに蓄えられた数億の札束を見て、絶望した。

 男はこの5m×5mの白い部屋でまだ働き続ける。男が決めた時間は何の因果か5時間だった。

 そして真っ白の空間は新たにその姿を変えると同時に、男の記憶を封じていく。そして新たな世界が始まった。

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