第19話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(15)

 いつもそうだ。

 少し待ってくれれば答えを見つけて自分で言えるのに、開琉の気持ちより先にたってどんどん決めてしまう。


「家に帰りましょう。それからお母さんは学校にいくから」

「お母さん! 違うってば」


 腕を引く母にあらがって開琉が腕を振りほどく。


「大丈夫よ、お母さん冷静に話をつけてくるから」


 開琉の頬を両手で包みようにして見つめた母が肩を撫でる。そこへ声がかかった。


「お母さん、お子さん見つかりましたか」


 坂道を登ってくる警官に母の怒りの矛先が向かった。


「鞄だけ落ちてただなんて、ちゃんとここにいるじゃないですかっ!」


 母親の剣幕もそれほど気にしていない様子の警官が、開琉の顔を見て笑顔を見せる。


「戻って来てたんですね」

「ちゃんと探しもしないでいい加減なッ」

「お母ぁさん!」


 開琉が母の腕を引く。

 警官に落ち着かされて開琉にせっつかれて家へと帰ると、開琉がお腹を空かせているだろうからと母が昼食を作り始める。


 学校に来ていないと連絡をもらい、探しに出たところ開琉の鞄を持っていた警官と出くわしたのだと、料理を作りながら母が話してくれた。


 母と二人向かい合わせに食べる。


「お願いだから、本当にほんとうにお願いだから。何かあったら絶対にお母さんに話をして、お父さんでもいいから。ねっ」


「わかってる」


 9対1の割合で買わされる会話。


 帰宅した父も母の心配と怒りのシャワーを浴びて聞き手に徹する。


「わかったよ、少し開琉の話を聞きたい。ちょっといいかな」


 父親は穏やかな表情とソフトな声でそう言って、開琉を自室に招き入れた。

 行動的で早口の母とは真逆の穏やかな父が黙ったまま、時間が過ぎてゆく。

 ただ母から逃げるためにここへ来たのかと開琉が思い始めた頃、父が口を開いた。


「開琉」

「なに?」

「開琉の上にふたり兄弟がいることは知ってるね」


 開琉は黙ってうなずく。

 この世に生まれてこなかった上のふたりのことだ。


「大切な人を失う悲しさは、開琉にはまだわからないかもしれないが」


 そこまで言って父の言葉が途切れた。


「私も本当の意味ではわかっていないかもしれないな」


 父親の造ったレトロな電車の数々が置かれた静かな部屋で、プラレールを見つめる父の指がスイッチを入れる。

 小さな音をたてて電車が走り出した。


「あの時ああすれば救えたか、こうすれば失わずにすんだか。正解のない問題に向き合うのはけっこう辛いんだよ」


 おもちゃの電車が一周して駅を過ぎて走り続けるのをふたりして見ていた。


「悩んでも後戻りは出来ない。もう失う辛さは嫌だからお母さんは一生懸命なんだ」


 開琉は黙ってうなずく。次に何を言われるか知っていた。だから先に言う。


「わかってるよ。お母さんの心配性は愛の裏返しでしょ」


 父親は声をたてずに笑った。


「先回りするところ、お母さんに似てきたな」


 開琉が嫌そうな顔をする。


「我慢をしろとは言わない、自分の考えや気持ちはちゃんと伝えなさい。ただ、お母さんの気持ちも考えて優しく言ってほしい」


 父親の言っていることはわかるが、そうできるか開琉にはわからず黙って床を見つめていた。


「頼む」


 頭にのせられた父の手が開琉には少し小さくなったように感じられた。

 父親の部屋から出ようとドアノブに手をかけた開琉は、そっと振り返って父親の背を見つめた。


 父と母がどうやって知り合ったのか、開琉は知らない。


(ラギも聞いたことないのかな)


 ドラゴンの父と人間の母の馴れ初め。子供の知らない生まれてくる前の出来事。


(ラギのお母さんもラギを守るために意地悪な奴と戦ったりしたのかな)


 人間というだけでいじめられ、ドラゴンの血を知られれば命さえ狙われるラギ。


(ドラゴンの地が流れてるからって殺していいと思われるって、怖いな・・・)



 ラギも開琉のことを考えていた。


(開琉はもうお母さんにあったのかな。美味しい手料理食べて、もう寝てるのかなぁ)


 開琉の事が少し羨ましく思えた。



「ラスティー」


 記憶の中の輝くような父親の声が心で響く。


「母は連れていく」

「いやだ! やめて、お母さんを連れて行くなら俺も」


 父親の全身から放たれる光に怒りを感じてラギはひるんだ。


「堪え性のない我が子よ。私の愛しい者が命を落としたならお前のせいだぞ」


 初めて見る人の姿の父親に我が子と呼ばれても実感は湧かなかった。ただ、母の命を救いたくて生まれて初めて父の名を呼んだ。

 その父親に母と引き裂かれるとは思ってもみなかった。


(救ってくれると思っていたのに・・・)


 しかし、こんな事になったのは自分のせいだとわかっている。ラギはただひたすら拳を握った。


「助かったら帰してくれる?」

「いや、帰さぬ」


 母を抱き上げた父はラギに背を向けたまま言った。


「母に会いたいなら、己の力で竜人の世界へ来い」


 それだけ言って天へと消えて行った。父親の姿はラギの記憶に酷く冷たく刻まれていた。


「行ってやるよ、竜人の世界に」


 恋しい母に会うために、母の生死を確認するために。人を拒む結界を越えて行くとラギは誓った。


「上級魔法使いになってあんたの世界に乗り込んでやる!」


 ひとり毒づいて、ラギはリンゴにかぶりついた。



 to be continued ≫≫≫


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召喚されたら○○するまで帰れない 天猫 鳴 @amane_mei

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