第18話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(14)

 恐る恐る頭を上げたふたりは誰かのマントの中に居ることに気付き、そっとマントから顔を覗かせた。


「カ・・・カーライル」


 喉元の剣先に動きのとれないリュークが絞り出すように男の名を口にした。


(あっ、レストランの・・・!)


 見上げる開琉とラギが目をしばたたく。

 そう、リュークに剣を突きつけている男はふたりが立ち寄ったレストランに居た男だった。人間であるふたりを揶揄やゆした者の口を閉じさせた男。


「ランクが上がってもまだ追い剥ぎみたいな事をしているのか?」


 人の顔をしたカーライルは、女性に好まれそうな顔立ちに無精髭を生やしたワイルドな雰囲気の男だった。

 少し癖のある灰色の前髪が軽く目に被さっている。年の頃は40前後くらいか。


「こ、こいつはドラゴンのハーフだ。殺したって悪くないはずだ」


 リュークの苦し紛れの反論に、カーライルがゆっくりと首を振る。


「ドラゴンだからと言って赤子の首をひねる様な真似が・・・称賛に値すると思うか?」


 見据みすえた目を細めるカーライル。


「リュ、リューク・・・」


 ビーグル顔の眉間にしわを寄せたビルが目をおろおろさせてリーダーの名を呼ぶ。

 もう引いた方がいいとその顔は言っていた。


「狼族の風上にも置けない」


 カーライルの視線が他のメンバーに向かい、囲んでいた3人がリュークの両脇へ移動する。狼男ラドゥの耳がわずかに倒れていた。


(この人、味方なのかな?)


 マントから顔だけを覗かせているラギの肩にそっとカーライルが触れた。


「下がっていろ」


 穏やかな声でそっと言うカーライルに開琉とラギが従う。

 カーライルの視線がリュークから彼の後方に立つハウへと移る。ハウの口元が小さく動くのを捉えた。


「ラギ、防御」


 カーライルの低く鋭い声にラギが呪文を唱え始める。敵か味方か確認している余裕はない。

 彼の求める魔法が結界かシールドか、それともプロテクトなのか迷っている間もない。


「アイテンフーク」


 ラギが唱える間にハウの生み出す氷の矢が四方の空間できらめく。


「コノロ」


 数十の矢が空気を切り裂いて近づいてくる!


「リッテンド!」


 唱え終わる直前にカーライルが動いた。


「カーライルさん!!」


 叫ぶふたりを後方に置いてカーライルの振るう剣が矢を切り落としていた。

 冴えた金属音を響かせて砕かれる氷の矢が消し飛ぶ。


 ふたりを目指して迫る残りの矢がラギの作った氷のドームに突き刺さり、思わずふたりがしゃがみこむ。

 食い込む氷の矢が冷たくふたりに迫って深く射し込み動きを止めた。


 しばらくの間じっとしていた開琉とラギが鳴り響く剣の音に顔を上げる。


「ラギ、見て」


 4人を相手にしなやかに剣を振るうカーライルに安心した開琉が、初めて辺りに目を向けて驚く。

 広場のあちこちに沢山の男達が倒れこんでいたのだ。


「僕らがばたばたしてる間に他の奴等を全部倒してたんだ! 凄い」


 ビルとラドゥを倒し、挟み込むギグークとリュークの剣を同時に跳ね返すカーライル。

 ハウが加速魔法を唱え、続いて回復魔法をと口を開く。それより先にラギが呪文を唱えた。


「ククテンショウプラマイロ・タッハリッ!」


 ハウの周囲に透明な結界を張って後続の魔法を断つ。

 ラギの魔法では効果は短時間だったがカーライルには十分。数秒後にはハウを残してパーティー全員が地面で唸り声を上げていた。


「殺せ・・・」


 見下ろすカーライルに横たわったままのリュークが言った。吐き出すように。

 それに答えてカーライルが冷ややかに言う。


「今のお前にどれ程の価値がある?」


 リュークが力なく笑った。


「人の顔した奴は、皆、甘ちゃんだ」


 カーライルも口の端で笑む。


雑魚ざこを殺しても剣のけがれ。殺してはくが付く剣士になったならやいばの露にしてやろう」


 痛みを堪えてリュークが身を起こし、ハウが体を支えた。


人顔じんがんは気取り屋ばかりで・・・胸くそ悪い」


 カーライルの顔も見ず、地面に目を落とすリュークを悲しげな目でカーライルが見下ろしていた。


「獣の顔をしているからといって獣に成り下がるな、俺達は人だ」


 リュークの目がはっと見開かれる。


「人顔も憧れる高潔な狼になって見せろよ」


 素っ気なく装うカーライルの声が優しく降って、リュークの目に光るものが浮かぶ。

 鞘に収まるカーライルの剣が小気味良く鳴り、静けさのなかに響いた。


「さ、行くぞ」


 カーライルに肩を押されて開琉とラギが歩き出す。その後ろをルット達兎族が続いて橋を渡った。


 橋を渡り終える頃、カーライルが軽い口調で言った。


「お前達は兎でもないのにぴょんぴよん転移し過ぎなんだよ」


 ラギと開琉の頭をカーライルが小突く。


「いたっ」

「追いかけるのに苦労したぞ」


 頭を撫でながら見上げるふたりの顔を楽しそうな目でカーライルが見ていた。


「見守るだけでいいって爺さんがいうから引き受けたのに、大人数と立ち回りする羽目になるとはな」


 カーライルの言葉にラギが驚き顔になる。


「爺さんって、もしかして師匠のことですか!?」


 顎を撫でるカーライルが芝居がかった顔で「しまった」といった表情を見せた。


「ん? ああ、心配性の熊の爺さんだ」


 カーライルが師匠を熊呼ばわりするのを聞いて開琉がラギの様子を覗き見る。

 ラギが怒らずにいることに開琉はほっとした。


(心配する理由も分からなくもないがな)


 心で呟いてカーライルは遠くに目を向けた。

 師匠が心配してくれていることが嬉しく、子供扱いされていることが少し悔しくてラギは俯いて歩く。

 ラギも兎族の人々も黙って歩いた。


「ラギが言ってた通り顔が人の半獣人は強いんですね」


 わずかに生まれた静けさに耐えかねて開琉が口を開く。


「そうでもないさ」

「でも、カーライルさんとても強いですよね」


 笑顔を作る開琉にカーライルは微かに笑って見せる。


「スタートの違いはあっても本人の努力次第でどうにでもなるもんだよ」

「そっか、カーライルさんも頑張ったんだ」


 持ち上げる開琉にカーライルが苦笑して、開琉とは対照的に黙っているラギへ目を移す。


「顔も出生も気にする必要はない」


 ラギが見上げた時にはカーライルは遠くを見つめていた。


「言いたい奴には言わせておけ」


 カーライルはそっぽを向いたままラギの背を優しく叩いた。


「ねぇ、ラギのお母さんってどんな人?」


 開琉の突然の質問にラギはまごつく。


「どんなって・・・別に、普通だよ」


 そう言ったラギは記憶の中の母の顔がぼやけている事に、わずかに驚き悲しさを覚えた。


「ドラゴンと人間ってどうやって出会うんだろう」


 無邪気な疑問だったがラギ自身知りたくもないことだった。


「開琉には関係ないだろ!」

「そ、そうだよね。ごめん・・・」


 少し怒った様なラギに開琉が引く。


「見えてきたわよ」


 駆け出したルットが開琉から赤ちゃんを受け取ってサンクチュアリのゲートへ走っていった。

 ゲートと言っても石造りのアーチの門があるきりで、回りを囲む壁などはなかった。


「そう言えばさぁ、ドリッピンの長がご馳走を用意しとくって言ってたよね」


 開琉はふと思い出して胸を踊らせる。


「あまり期待しない方がいいぞ」


 ラギは特に嬉しそうでもなくそう言った。


「ご馳走楽しみだな」


 そう言う開琉の顔も見ずにラギが肩をすくませる。



 ルットを先頭に兎族が次々と門をくぐり、ラギとカーライルがサンクチュアリへと入った。

 すぐにドリッピンの両親がラギに駆け寄り赤ちゃんを抱き寄せた。何度も何度も礼を言う両親はラギ達を白亜の建物へと案内してくれた。


「さぁどうぞ、お食べください」


 招かれた部屋のテーブルの上には果物の盛られた大皿とコップ、そして飲み物の入ったピッチャーがおかれていた。


「霊峰3山の清水です。どうぞお飲みください」


 その場にいる皆がドリッピン達に笑顔で会釈し、それぞれ着席する。ドリッピンにとって最高のもてなしだと皆知っていた。


「ほらな、期待しない方がよかっただろう?」


 ラギが囁きながら振り返ると、後ろにいるはずの開琉の姿はなかった。


「ん? お前のお供はどうした?」


 開琉の姿がないことに気づいたカーライルがラギに聞く。


「目的達成したら帰れる契約だから・・・」

「そうか」


 カーライルはそれ以上踏み込まず、他の人と水を酌み交わしていた。




「うわぁ!」


 地面から放り上げられた開琉は地べたに落ちて尻餅を付く。


「へ? 戻った?」


 開琉は公園近くの路地に座ったまま辺りを眺めた後、パタリと地面にうつ伏せになった。


「あーーっ! ご馳走食べ損ねた! 頑張ったのにドリッピンのご馳走って何だよぉ、気になるぅ」


 ぐずぐずとしていた開琉は母の声を耳にして身を起こした。


「開琉!」


 血相を変えて突進してくる母に驚いた開琉は体を仰け反らせる。


「大丈夫? 何ともない? どうしたの!?」


 開琉の顔を確認しシャツをめくって体もチェックした母が異変に気づいた。


「何これ、上着の裾が千切れてる」


 森で猫族に教われた時に破かれた部分だろう。


「それは・・・」

「前髪も切られてるじゃない!」


 心配そうな顔から一気に怒りの形相ぎょうそうに変わる。


「誰にやられたの!? 母さんに教えて、開琉をいじめるなんて許せない!」


 母の強い口調に押されて開琉は口ごもる。


「か、かあさん・・・」

「お母さんが守ってあげるから、怖がらないで相手の名前を教えて」


 開琉はかぶりを振る。


「違うよ」

「心配しなくていいのよ」

「母さん」

「黙ってちゃだめよ。相手のためにもならないし、開琉のいじめを止めても他の子をいじめるに決まってるわ」


 断固として引かない、母の顔にそう書いてある。こうなったら父さんでも止められない。

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