第17話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(13)

 ルットがふたりの肩を叩いたのと同じ頃、リュークのパーティーは森のなかに身を潜めていた。

 サンクチュアリへ渡る橋の入口には半円形の広場がある。森の中からも橋の向こう側からも丸見えの場所に屈強な男達がたむろしていた。


 真夜中に橋の前で大勢の男がつどっている光景は異様だ。その様子を広場を挟んで左手の森に開琉達、右手の森にリューク達が隠れて見ていた。

 お互いに相手に気づかぬままに。


「まったく邪魔な人達だ」


 ハウが呆れて呟く。

 男達がたむろするこの状況を見たらドリッピン運びとは関係のない人でも近寄りがたいことだろう。


「あいつらがあの場所にいるのも悪くない」

「まぁ、そうかもしれないが・・・」


 ビーグル似の男ビルの言葉に苦い顔のハウが歯切れ悪く言った。

 男達に気を取られた者達の背後に回ってドリッピンの赤ちゃんをゲットできたのは割りが良かった。しかし、ハウはその事をあまり良く思ってはいなかった。


 ドラゴンの血には興味があった。赤ちゃんと両方手に入れられるなら儲け物だ。だが、ただの運びやから取り上げるのは違う気がしていた。


(せっかくパーティーのランクが上がって自活できてたのに、元に戻ったみたいだ)


 眉間にシワを寄せるハウの肩にリュークが手を置く。見交わす目に「今は目をつむってくれ」と読み取ってハウは肩を落とす。


えさを持っていても母親から長く離しておくのは命に関わる。守りたいならそろそろ動き出してもいい頃合いだが・・・。どうかな」


 森の何処かに隠れ潜んでいるだろうラギ達の行動を読んで、リュークが闇に目を凝らす。


 その時、男達に動きがあった。


「おい、あれは何だ?」


 橋の前に立つ男達の中の数人が森の中を指差してした。

 リューク達から広場を挟んだ向こう。男達が邪魔してよく見えなかったが、月明かりを遮る暗い森のなかに光が灯っていた。


 見る間に1つだった灯りが2つ3つと増え、男達がざわめき始める。


「火だ」

「焚き火か?」

「こんな所でするわけないだろ、しかも真夜中だぞ」


 火の手が横広がりをし始め、ポツポツと跳び跳ねる様に火が燃え移っていく。

 ラギ達が居る辺りは炎に包まれていた。


「向こうのは幻視げんしの炎だ。でも、広がっているのは魔法の火じゃない」


 ハウの言葉にビルや狼男のラドゥがてぐすねをひく。


「やっと動き出したか」

「面白くなってきたぜ」


 寡黙かもくなギグークも舌なめず利して笑顔を見せた。


「あれを見ろ!」


 橋の前の男達の中から声が上がり、炎をバックに走る人影をリューク達も確認する。


「誰かいるぞ!」


 鞄を背負ったルットが森の中から躍り出て男達から歓声が沸き上がった。

 これ見よがしにピョンピョン跳ねるルットに誘われて数人が走り寄る。


「兎族の女だ!」


 その声に食いつく男の数が増え彼らが波の様に押し寄せると、ルットは闇にさっとその身を隠した。

 ルットが姿を消した場所とは違う場所から兎のシルエットが飛び出す。


「あっちだ!」


 跳ね回る影を追って男達が森に入りかけると姿が消え、また別の場所で兎が跳ねる。


「こっちだ!」


 兎の影を追って男達が右往左往している様子をリューク達はじっと見つめて動かない。


 男達が見失えば森から飛び出し、彼らが追うと森に逃げ込む。まるで砂浜で波とたわむれている様だ。


兎人とじんが・・・」


 兎がふたりに分裂した様に見えてビルが目をこする。

 2人が3人、3人が4人と増えていく兎族に面食らった男達が闇雲に追いかける。


 赤ちゃんの入っているはずの鞄を女が掲げる。


「わあ!」


 唐突に兎族の女が鞄を放り上げた。


「どけ!」

「俺に寄越せ!」


 手を伸ばす男達より早く別の兎が受け取ってまた投げ上げる。

 ランダムに跳び跳ねる兎が交差して、もうどの影が鞄を持っているのか分からないまま男達が目につく兎を追いかけている。


「待てぇ!」

「どけ!」


 炎の灯りに浮かび上がる影は森の闇に溶け込んで、兎を追う目がちらつく。幻覚に浮かされた様に男達の足がおぼつかなくなる。


 離れた森のきわで繰り広げられていた追っかけが次第にリューク達に近づいてきて、リュークが眉をひそませた。


「橋が見えない」


 リュークが腰を浮かせる。


「ん!?」


 動き回る男達の後方に影を見た。

 最初に火の灯った場所の炎は消え、闇をバックに小さい者が走り出る。


 男達の隙間に一瞬見えた者は兎ではなかった。しかし、寄り集まった男達の体に隠れて見失う。


「ハウ! 橋のたもとへ飛ばせ!」


 リュークの上げた声にハウが呪文を唱えて5人の姿が森からかき消えた。



 兎族は1人ではなかった。

 ルットが仲間と一緒に男達の注目を浴びている間に、ラギと開琉が森から広場へと走り込んだ。

 橋の前には数人しか残っていなかった。


「行ける!」


 ラギと開琉が全速力で走る。その目の前に人の姿が突如として出現し、ふたりがたたらを踏んだ。


 5人の男、リューク達だ。


 開琉はとっさにラギの腰に腕を回して高くジャンプする。

 リュークが剣を抜き、開琉とラギは彼らの頭上を越えて行く。体を反転させ頭を下に、リュークと目を合わせながら着地した。

 膝を着いて沈み込む開琉の頭上すれすれを引き抜かれたリュークの剣先が通過する。


 空を切った剣の勢いそのままに、リュークが回転し斜めに剣を振り下ろした。

 開琉は立ち上がれずラギを抱えたまま転がった。


 ザクッ!

 ザシュッ!


 ふたりが転がる後を追って次々と地面に剣が突き刺さる。ビル、ギグーク、リュークと間髪入れず剣で追い立てる。


 ガキーーン!


 開琉の体がなにかにぶつかるのと同時に鈍い金属音が響いた。


「こっちの獲物だ!」


 服を着た猪男が牙を振って怒鳴る。


 ギィン!


 橋の前に残っていた猪男とリュークの剣が火花を散らす。


「そっちこそ退け! 元からこちらの獲物だ!!」


 狼男のラドゥが吠えて剣を振るう。

 開琉とラギは両者が剣を交えた隙に、這いつくばって男達の足元から橋へと逃げた。だが、立ち上がった途端にふたり同時に襟首えりくびを掴まれて持ち上げられてしまった。


「離せ!」


 足をジタバタさせ開琉は首の後ろに手を回す。逃れようと必死で体をくねらせる。

 自分が何者に捕まえられているか分からなかったが、向かいに立つラギを持ち上げている熊男の胸を蹴り上げた。


「うっ! このガキがぁっ!」


 怒った熊男が開琉の胸ぐらに手を伸ばす。


「やめろ! 俺の獲物だぞ!」

「お前がちゃんと掴まえていないから俺が蹴られたんだぞ!」

「なんだと!?」


 開琉とラギを放り出して熊男達が取っ組み合いの喧嘩を始める。「今だ!」とばかりに立ち上がった開琉の目の前を下から上へと剣が過ぎた。


 サンッ!


 開琉の前髪の先が切り払われて目の前をハラハラ舞うのが見える。


(危なッ!)


 すくんだ開琉とラギはあっという間にリューク達に取り囲まれ、ふたりは背中合わせに立ち尽くす。


「もう逃げられんぞ」


 リュークのパーティー4人がふたりを囲み、少し離れた場所にハウが立っていた。


「赤ちゃんを渡してもらおう」


(ああ、もうだめだ)


 開琉はあきらめて肩を落とす。


「嫌だ!」


 しかし、ラギは強い口調で言い返した。その言葉を聞いてギグークが鼻で笑う。


「嫌でも渡してもらう」


 リュークの瞳が光った。


「お前の持つドラゴンの血もな。なに、少し分けてもらうだけだ」


 ラギが奥歯を噛みしめる。

 勝ちを取り宝を手にする瞬間を目の前にしてパーティーの戦気がゆるむ。


「ドラゴンを倒して得た品なら気にならないだろ?」


 リュークが後方を見やる。


「ハウ」


 彼の言い分に、やや困った顔でハウがうなずく。

 ドラゴンは討伐の対象だ。ドラゴンとのハーフであるラギは人間とは言えない、殺して品を得てもほとんどの者が納得するだろう。


「生きたいだろ? 殺されたくなければ渡せ」


 重ねて言うリュークの目が細くつり上がる。首を横に振るラギを開琉は背で感じていた。


「殺すなら殺せ! 俺の返り血でお前ら全員溶けてこの世から消えてもいいならな!」


 ビルとラドゥがわずかに後ずさる。

 ラギが確信しているのか口からでまかせか分からなかったが、声に力はあった。


 ドラゴンの血について真偽の分からない様々な噂は誰しも耳にしたことがあった。治癒の力はもとより血を被った勇者の肌がただれたという話まで。


 ビルとラドゥ、ギグークが視線を交わす。


「血には病を治す力がある。全身に浴びれば、溶け消えるどころか不老不死にだってなれるだろうさ」


 笑むリュークを見て剣を握る3人の手に力が入った。


「悪いな」


 口の端を上げたリュークの剣がラギの胸元へ迫った!


「ラギ、開琉! しゃがんで!!」


 ルットの声が響きふたりは反射的にしゃがみこんだ。間を置かず剣の打ち合う金属音がぐるりと一周する。


「やぁ、久しぶりだな。リューク」


 渋味の利いた声がふたりの頭上から響き、辺りが静まり返った・・・。



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