ちょうどいい。【二宮×米田】

電車の中は浴衣を着た人が多く、周囲の高揚感も相まってどうしても少し気分が浮き足立ってしまう。

待ち合わせの時間は17時。

屋台をブラブラして、19時から始まる花火を楽しむ予定らしい。


少し気合いを入れて浴衣を着て来たが、これはあくまで祭りの雰囲気に合わせるためであって、決して二宮君のためではない。

断じてない。


電車がもうすぐ目的の駅に着く。

連絡はしておいたけど、20分も遅くなってしまった。

着付けに時間がかかってしまったから仕方ない。

とはいえこの暑い中二宮君を待たせてしまった後ろめたさはある。

ちゃんと謝らないと。


集合場所の駅前広場の大きな柱に寄りかかる二宮君を発見した。

二宮君は私が声をかける前に私に気づいて大きく手を振ってきた。



「遅くなっちゃってごめん。」


「良いですよ。着付けで時間食ったんでしょ。」


「うん、ごめんね。」


「大丈夫です。先輩の可愛い浴衣姿が見れたんで、遅刻は全部チャラです。」


やっぱり二宮君といると調子が狂う。




祭りの会場に着くと多くの屋台とものすごい人混み待ち受けていた。


「先輩、どこから行きますか?」


「何でもいいよ。何があるかよく知らないし。」


「じゃあまずは腹ごしらえしましょう。焼きそばとかお好み焼きとかたこ焼きとか、いろいろありますよ。」


屋台が立ち並ぶ道を歩くと人混みでよく見えないが、確かに腹持ちの良さそうな食べ物の名前がチラチラと見える。

祭りの屋台という未知のものが並び、どれも魅力的に見えてしまう。


「先輩の好きな食べ物とかないですか?」


「うーん、鯖の味噌煮。」


「渋いっすね。鯖の味噌煮売ってる屋台はないかな。」


「ないの?」


「少なくとも俺は見たことないです。」


それにしても屋台の商品の値段、なかなか高いな。

あんなに少ない焼きそばが500円、小さいポップコーンが300円、お粗末な唐揚げが400円、明らかに値段と商品が釣り合っていない。

それでもみんな買ってしまうのはやはり祭りという非日常が生み出す高揚感が原因だろうか。


「先輩、あれとかどうですか。」


二宮君が指さした先には「広島焼き」の文字があった。


「広島焼きって何。」


「いわゆるお好み焼きですよ。美味しいですよ。」


「じゃあ食べてみようかな。」


広島焼きの屋台は5組ほど並んでおり、それなりに人気があることが伺える。

順番が来ると屋台のおじさんが私を見て

「姉ちゃん可愛いね。おまけしてやるよ。兄ちゃん、可愛い彼女がいて幸せ者だねぇ。」

と本来より少し多めに入れてくれた。

二宮君は付き合ってると思われたのが嬉しかったのか、えへへと照れ笑いを浮かべている。


「つ、付き合ってないです。普通に友達です。」


「おう、すまねえな姉ちゃん。ほい、毎度あり。」


「ありがとうございます。」


恥ずかしくなって早足でその場を離れる。

二宮君はまだニヤニヤしている。

私と付き合ってると思われたことがそんなに嬉しいのか。


「二宮君、いつまでニヤニヤしてるの。」


「えー、だって先輩が彼女だなんてニヤついちゃいますよ。」


「何言ってるの。」


「あ、先輩、そこでちょっと休憩しましょう。歩き回って疲れたでしょ。」


「......そうだね。」


なんだか誤魔化された気がする。

人混みを抜けて屋台の裏にある広場に出る。

ポツポツと人はいるが、先程までの喧騒が嘘のように静かだ。


「あれ、仁じゃん。」


休んでいるとガラの悪い男が2人近づいて来た。

二宮君はその2人に親しげに声をかける。


「ああ、お前ら来てたんだ。」


「仁に断られた上に一緒に来る予定だった女の子達にも断られたんだよ。」


「何が楽しくて野郎2人で夏祭りなんて。」


「っていうかおめえその可愛い子誰だよ。」


え、私?

ガラの悪いうちの1人が私を指さした。

否定しないとまた面倒なことになる。


「わ、私はただの......」


「わかった!彼女だろ!」


やっぱりーーーー!


「いやぁ、まあ、そんなところかなぁ?」


二宮君は満更でもなさそうに笑っている。


「お前俺らの誘い断ったのは彼女とデートするためだったのか!」


「抜け駆けしやがって!」


「ごめんって。今度ラーメン奢るから。」


二宮君はずっとニヤニヤしたまま話している。

ふとそんな二宮君を見て少しふわふわしている自分に気づく。

好きとかそんなんじゃない。

ただの友達。

ただの後輩。

平常心、平常心。

そう自分に言い聞かせる。




「彼女と末永く爆ぜやがれよー!」


「はいはーい!」


2人が去ってまた2人きりになる。

なんだか気まずい空気が流れる。


「すみません、勝手なこと言っちゃって。」


「いいよ。なんか楽しそうだったし。」


再び沈黙が訪れる。



「まもなく、花火大会が始まります。」



アナウンスが会場に響く。


「行きましょうか。花火が見える場所。」


「そうだね。」


なんだかモヤモヤするこの気持ちに今はまだ気づかないフリをしよう。

今はこの距離感がちょうどいい。


多分、ね。

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Overflow~とある高校生たちの恋愛事情~ 魚思十蘭南 @ranan5296

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