たこ焼き味。【糸川×馬木】
夏祭り当日。
私は先日買った紺色の浴衣を着て、力は甚平を着て屋台の並ぶ道を歩く。
「やっぱ夏祭りといえばたこ焼きだよなー。うっめえ!」
「夏祭りといえばりんご飴でしょ。こんなの祭りでしか食べれないよ。」
「なんだよ。気が合わねえな。」
「いつものことでしょ。」
年々人が来場者数が増えているというこの祭りは今年もかなりの人混みで、少し気を抜くと力と離れてしまいそうだ。
でも力から手を繋ぎに来てくれない。
これもいつものこと。
とはいえ離れてしまいそうとは思っているようで、今日はやけにこっちを見てくる。
心配ならさっさと手を繋げば良いのに。
「まもなく、花火大会が始まります。」
アナウンスが鳴り響くと同時に人の流れが一気に速くなった。
花火がよく見える場所に向かおうとする人々がまるで濁流のように押し寄せる。
私たちはその流れに逆らうことができないまま押し流されてしまう。
まずい、はぐれちゃう。
「九華!」
名前を呼ばれたかと思うと誰かに左手をぐいっと引っ張られる。
力だ。
そのまま私の手を引いて人の流れの中を歩く。
力の背中ってこんなに広かったっけ。
あれ、私たち手を繋いでる?
力の手、こんなに大きくてゴツゴツしてるんだ。
もう子どもの頃とは違うんだ。
なんとか人混みから逃れ木陰に避難する。
2人ともすっかり息が上がってしまっている。
「力、助けてくれてありがとう。」
「おう、無事で良かったよ。」
「手、やっと繋いでくれたね。」
「何、繋ぎたかったの。」
「当たり前でしょ。付き合ってるんだから。」
「へぇー、そっちから言ってくれても良かったのに。」
「女に頼るなんて男らしくない。」
「知るかよ。どっちから繋いだっていいだろ。」
「力は繋ぎたくなかったの?」
「...」
え、何この沈黙。
本当に繋ぎたくなかったの?
力は後ろを向いて小さな声で言った。
「繋ぎたかったに決まってんだろ。」
「え?聞こえない。」
「あーもういいよ。とりあえず花火見に行くぞ。始まっちまう。」
力は私の手を握って歩き出した。
やっぱり繋ぎたかったんじゃん。
そんなこと本人には言わないけど。
花火がよく見える丘の上に来た。
着いた時にはもう始まってしまってたけど、終了までまだ50分もある。
人は疎らで、多分地元の人でもこの場所を知っている人は少ないはずだ。
1年ぶりに見る花火はとても綺麗で、光ってから少し経ってやってくる重低音に体の芯が震える。
ふと隣から視線を感じて見ると力が花火そっちのけで私の方を見ていた。
目があって慌てて逸らす。
「おう、なんだよ、花火より俺の顔が見たくなったか?」
「ち、力こそ、私の方が綺麗とか、そんなキザなこと言いたいのかしら?」
「いや、そういうわけじゃないけど......。」
特段に大きな花火が打ち上がる。
その音で力の言葉が掻き消された。
「え?なんて?」
「何でもない。」
「さっきので聞こえなかった。もう1回言って。」
「嫌だ。」
「私に言えないようなこと言ってたの?」
「そうじゃない。」
「じゃあ言ってよ。」
「断る。」
「ねえ、言ってって。」
ヒューーーーーーーーーーーーーーー
ドーーーーーーーーーーン
破裂音はしっかり聞こえた。
あれだけ大きな花火の音が聞こえないはずがない。
でもその轟音は小さく聞こえた。
唇に感じる柔らかく暖かい感触。
目の前に広がる力の顔。
少しして離れた力の顔は夜の暗闇でもわかるほど真っ赤に染まっていた。
「嫌じゃ、なかった?」
「......最悪。」
「え、ごめん。」
「ファーストキスがたこ焼き味なんて。」
「まじでごめん。」
力は慌ててひたすら謝る。
可愛いなぁ。
「でも、嬉しかったよ。」
大きな花火が上がる。
轟音が響き渡る。
夏はまだこれからだ。
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