第1話 この俺に話し相手が!

 そこで、俺が見た光景には、あの『リア充』どもが清き公咲さんをいじめるというとてもひどい行為であった。許さなえぞ!! 


 しかも公咲さんが「やめてください!」って、何度も懇願しているにも関わらず、公咲さんの所有物をメチャクチャにしているのだ。ああ、やっぱり『リア充』共の性根しょうねは腐っているな。それはもう本当に同じ人間とは思えないくらいにな!


 ……さあ、ここからどうしようか。

 絶体絶命のピンチに追い込まれた(別にそうでもない)俺に与えられた選択肢は五つに絞られる。その選択肢はというと


 たたかう

 かんがえる

 にげる

 たすけをよぶ

 おれがたてとなる


 さて、この中のどれを選ぶのが一番効果的なのか。それは考えなくてもすぐに答えは出る。


 その答えはというと……そう、『おれがたてとなる』に決まっているのだ。まあ、男が女の盾となるという事は当然のことだから自然にこの選択肢に行きつくわけだ。


 ……って『たたかう』と『おれがたてとなる』って同じ選択肢じゃねえか。まあいいや。そんなのはどうでもいい。さっきは五つって言ったけど悲しいことに、俺に与えられた選択肢はこの一つだけなんだ。


 …………でもやっぱり『にげる』が魅力的だからさっさと逃げてしまおう! よくよく考えたらこの選択肢が一番いいじゃねえかよ!


 え? なんだって? 公咲さんはどうするのかってか??

 もうあの人は放っておこう! 

 元々俺は公咲さんには興味ねえしそれに助けてもメリットがないんだから別にいいだろう!


 よし、後ろ向いてダ~ッシュ! って、あっ…………まずい、俺、そもそも先生にゴミ捨てを頼まれているんだった。ちくしょう。何でこんな肝心な時ばかりに俺の不都合な事ばかり起こるんだよ。俺、悪いことは普段からしていないはずなんだけどな。じゃあ、もうこのまま別の所に捨てに行くとしま――


「……~ぉ」


 ――うん? どこからか声が聞こえるな。後ろには――誰もいないしどこだ?

 もしかして校舎からか!? ―—違ったわ。


「ぁ――~……———きこえますか?」


 今度は声が近いところで聞こえるな。どこだ? まあ、とりあえず返事するか。


「はい。聞こえてますけど。あの、あなたはどこにいるのですか?」

「わ――は、………らの中です。」


『らの中です』だと? それは一体——


「俺の近くですか? 具体的な場所を教えていただくと助かるんですけど、いいですかね?」

「——。俺の―――—よ。そのまま進んで――――は—―—よ」


 やべえ。全然聞き取れねえ。てか、この人今『俺』って言わなかったか? まあ、流石さすがに女の子が『俺』とか言うわけねえか。


 え~っと、そのまま進むってどの方向に進めばいいんだ? とりあえず『あの現場』に行けばいいのか。でも、それには俺もまだ有効な手段を考えないといけないし、それに行くのも怖――くもないから考えてから行くことにしよう。うん。じゃあ、校舎の壁からひょっこりと頭を出して観察しますか。


 ……よいしょっと。うわっ。また悪化してるじゃねえか。あいつらどんだけ発散したら満足するんだよ。このままじゃマズいかな? でも距離は結構あるから助け出すのも難しいし――うん。様子を見るとしよう。


「ねえ、アンタさ中学の時はいつも教室の隅っこでうずくまってたくせに何なのあの高得点は。高校生になったからって調子に乗ってんの? 何よそれ。別にあたし達がいるからどう足掻いても変わんないのにさ。ねえ、もそう思うでしょ?」

「ああ。俺もエリカに同感だよ。こんなやつが何点取ろうが変わんねえのに、勉強して偉そうにしやがってよ。生意気なんだよ。お前は」


 いや、努力して勝ち取った点数なのに『変わらない』ってなんだよ。こうさきさんはお前らが嫌いでお前らから離れたかったからここに来たんじゃねえの? 知らないけど。


「いや、そのぉ~、私は点数を取りたくて勉強したから至極当然な事をしたまででして、だからその~、貴方たちのそれはおかど違いではないでしょうか?」

「はぁ? ちょっとアンタさ、何急に難しい言葉を使ってんのよ。意味わかんないんですけど。アンタさ、調子乗り過ぎなんじゃない? 少しぐらい自覚持ったらどうなの。キモいよほんと」

「えっ……。すみません私の不手際であなたたちをおこらせてしまい誠に申し訳ありませんでした」

「…………まあ、アンタが何言ってるか分からないけど謝るっていう意思は伝わったから、は許してあげるわ」

「そのようなお許しを頂けてきょうえつごくに存じます」


 ――うん? 今、って言ってたな? それはこっちの台詞セリフだ!


 あぁ? 何が『許してあげるわ」だ~? 意味わかんねえんだよ! ――ってこれは後であいつらに言うための台詞なんだった。危ない危ない。


 しかし、俺もこればかりはあの『リア充』たちに一票だな。……悔しいけど。だってよ、俺には公咲さんが何を言っているのかさっぱり分からねえんだよ。


 ……悔しいけどよ!


 だが、それでもあいつらの罪はたとえ俺が一票入れたとしても許されるものではない。この和解のような会話であいつらの怒りも収まったんじゃ――


「なあ? こいつさ、テストの点数で浮かれててそれで俺たちにぶつかってきたんだからよ、俺は――」


 ――うん。全然ダメだな! どうして『リア充』共は、こうもいきどおることが多いんだろうか。その答えは至って簡単です。それは……………そうです。『親と仲が悪いからか友達とのなれあいに疲れているからなのか』だ!


 …………え? 答えが正確じゃないってか? いやいや。俺の中ではこれが答えになるんだ。だってよ、『リア充』の生活を俺は一度も体験したこと無いうえに俺は前者にも後者にも当てはまらないんだからな!


「——こいつのやったことは元には戻らねえと思うんだよ、俺は。なあ? ミサキはどう思うんだ?」


 ――—いや、それお前だから。やったことは元に戻らねえってそれお前の事だから。そんなこと言う君はさ、ほんっと馬鹿なんだね! 尊敬しちゃうよ! ほんと!


「まあ、それは確かにそうだね。あはは…………。でもさぁ……」

「ああ? 『でもさぁ』がなんだ?」

「あっ、いやなんでもない、なんでもない。ごめん。心配かけて」

「いや、気にするな。俺はそんなことで怒ったりしねえからよ」

「うん。ありがと」


 おい、何でもあるだろ。そのミサキっていう人さ、あまりこういう事に慣れてねえんだろ。嫌なんだったら無理するなよ。俺からでもそう見えるってことはあいつらも自分たちで分かってるはずなんだけどな。後、そこのお兄さん。いちいち再現しなくていいよ! あんたが再現するとただの気持ち悪いオッサンにしか見えねえからよ!


 …………それとさ、この何だっけ。え~っと、まあ、この男がさっき『俺はそんなことで怒ったりしねえからよ』とかっぱい台詞を吐いていたけど、じゃあ、お前は何で怒り狂った状態でこの場にいるんだよって話だよ。人のこと言うまえに自分のことをちゃんとしないと嫌われちゃうよ?


 ちなみに、嫌われちゃうとかの話はどこかの少年のどこか寂しい経験談から引用しました。……いや、それ俺じゃないからね? 『どこかの少年』の話だからね? 俺はそもそも友達がいたことも――あるから、嫌われるとかはなかったなあ。


 ……なんだよ、分かった。今から俺がお願いするから聞いてくれ。頼むからそんなに詮索しないでぇ~!


「まあまあ、そんな事よりもこの女をどうするかが先だろ」

「そっ、そうだね。じゃあ、どうしよっか」

「あっ、ハイハァ~イ! あたし良い案思いついちゃった!!」

「おお、なんだなんだ? それは楽しみだぜ。で、その案って言うのはなんなんだ? それが良かったらさっさと実行しようぜ」

「それはねぇ、公咲さんを監禁しちゃおうって事だよ!」


 ……………………おいおい。今あの女なんて言ったんだ? えっ、監禁? いや、それはいくらなんでも…………なあ? それは…………まずい、だろ……


「おお! それ、テンション上がるぜ! なあゆう! ワクワクするよな?」

「えっ……あぁ、まあ楽しみだな。かいもそう思うだろ?」


 あぁ~。この優斗って奴あれだ。自分の言葉の裏に結構な含みを入れてくる奴だ。だってさっきのこいつの言葉には「おい、ここはなんでも頷け。腰抜け野郎」って意味が入っていたし、目つきも急に悪くなったし。

 …………その、腰抜け野郎は余計だったな。ごめんなさい。


「えっ……あっ、あぁ、そうだな。俺もそう思うよ。だよな、それいいよな」

「…………ねえ、海翔。それはないよ。ねえ、ミサキ?」

「え? 私は特になんも思わなかったけど? まあ、ってこと以外は別になんとも思わなかったよ?」

「マジそれな! 今あたしもそのことを言おうとしてたの! でさ、どっちの○○○○見てたか分かる?」

「えぇ~。そんなの両方でしょ? 私たちのは大きい方だし。だって私のは程よいD○○○だよ? エリカのサイズは何なの?」

「あたしはねえ………E○○○です……。」

「えぇ! 知らなかった! なんだ、そんなに大きいなら最初から言ってくれれば良かったのに。なら後であの特別のあれ貸してあげるよ。」

「あぁ、あれね。ありがと。あたしの奴じゃ全然締まんなくて困ってたんだよね。助かるわぁ。これであれには困んないね。」

「そうだね。だからか。最近妙に男子の○○を感じるようになったのは。まあ、これで一件落着だね」

「うん。ありがと。ミサキのおかげだよ。」


 ――――俺は今とてもいけない会話を聞いていた気がする。いや、が正しいな。だってそれを裏付けるものとして、あの男子勢の会話がストップして、そのうえ視線は『あの部位』にしっかりと固まっていたからな。


 それにしても『あれ』が二回出てきたってことは、それぞれが別の物として考えるとして――全然分かんねえや。まあ、それは置いといて、俺の知ってる限りのガールズトークでは『悪口兼愚痴』(男子も同じく)『馴れ合い兼慰なぐさめめ合い兼励はげまし合い』それに『成績兼テスト』(成績はごく一部の人間のみ)ぐらいしか知らないんだけど、あんな会話もするんだな。そこはまた女性陣と話す機会が出来たら話を聞いてみるとするか。


 …………いや、話せる話せないは無しにして、もし、何か聞くときにそれを聞くのは失礼か。


 あっ、そういえば恋バナもしていたな。すっかり忘れていよ…………。残念ながら俺は恋バナを一度もしたことがないんだけどな!


「おっ、おい! エリカとミサキ!」

「『はい⁉ 何でしょうか利久斗さん!』」

「ごめん。叫んだのは悪かったけど敬礼はしなくてもいいぜ」

「『あぁ、ごめんごめん。よし、準備オッケー。ところでご用件は何でなさいますか?』」


 ――息合い過ぎじゃね? あれはもういちらんせいそうせいレベルで合っているぞ。


 ちなみに『いちらんせいそうせい』って言うのは『双子』ってことだよ。この機会に覚えておくと便利かもしれないね! 


 ……知っていた人はスルーして下さい。はい。


「それはだな……ああ~! もう! だ~か~ら~!」

「『うん! なになにぃ~?』」

「はぁ~。口で言わなきゃ分かんないのかよ。お前らは」

「『うん! そうだよ~?』」

「はいはい。分かった分かった。じゃあ今から俺がで言うからしっかりと聞いておけよ?」

「『オッケーでぇ~す。じゃあ利久斗がで言ったこと聞くね?』」

「おう、分かった。それはだな――」


 ああもう! 何なんだよ! 『リア充』共の甘々な会話を聞いてると本当に腹が立ってくるな! ああ? 何が『なになにぃ~?』だ。何が『そうだよ~?』だ! 可愛い演技の見せつけとかいらねえんだよ! あぁ~あ。こんなの見るならさっさと無視してごみを捨てに行けばよかったよ。はぁ~。


「スタスタスタ――」


 ――何だ? 歩くか歩かないかくらいの足音が聞こえるけど、後ろには誰も――


 その直後。俺は誰かに「トントン」と肩をたたかれた。


 ――えっ、誰だ俺の事を触ったの――って女子⁉


「うわぁぁ!」

「きゃぁぁ!」


 俺と相手は勢いのあまりしりもちをついてしまった。

 はっ! まずい、今のであいつらに聞こえたんじゃ…………


「おい。今どこからか知らねえけど、叫び声がしたぞ? 男女の声がよ」 

「うそぉ~? それさ、もしかしたら行為中だったりしたりして! まあまあそんな事よりも早く作業進めようよ。ちゃっちゃと片づけたいし」

「そうだね。じゃあ、エリカと私でロープを取ってくるから、海翔と優斗は旧校舎の校長室の鍵とってきてよ。鍵はいつもの場所にあるはずだからよろしくね」

「『イエッサー!』」


 ふぅ~、安心した~。…………ん? ちょっと待てよ。今、あいつらが大事な事を話していた気がするが……だめだ。ちゃんと聞いていなかったから思い出せねえ。てか知らねえ。まあ、思い出せないもんは仕方ねえか。


 それよりも……………


「あの、さ。ところであなたは誰ですか?」

「わっ、私は誰かというと…………覚えて、ない?」


 相手が俺に何かを期待してるようで上目遣いで聞いてくる。

 俺はその期待に答えたいけど覚えていないからその期待には答えず


「…………すいません。あなたは俺の記憶に一切御座いません。本当にすいません」

「気にしないで! そりゃ、今日初めて話した、しね」

「ごめん、最後の方が聞こえなかったんだけど、もういち――」

「それよりも何か要件があるんじゃないの? あなたの先言ってよ。いいよ、先に言っても!」


 こ、この人はテンションの振れ幅がとても広いんだな。なんなんだ? たまにでる『低い口調』は? 初めて話すにしては馴れ馴れしいな。……女子ってそんなもんなのか? 今はこの人の話に乗った方がよさそうだな。


「じゃ、じゃあまず一つ聞くけど、俺と同じクラスですか?」

「はっ、はい。…………同じクラス、だよ」


 同じクラスか。となると後はこの人の席の場所と、それとあともう一つ…………


「後、あなたの席はどこですか? ちなみに俺は井上伸也って言って、名字を見ての通り席は一番最初の席なんだ。それで、あなたの席はどこですか?」

「それは…………えっと、井上君でいい?」


 えっ、なぜそんなことを? 別にわざわざ俺に聞かなくても勝手に名前を呼んでくれたらいいのに。


「いいですよ。井上君で。それと俺なんかのちっぽけな了承は取らなくてもいいんだよ? どうせ俺なんて誰にも価値を見出みいだされないんだから」

「そんなことないよ! 井上君も十分価値のある人間だよ! だって人間はみな平等なんだから!」


 あー。この人はあれだ。差別とかに相当厳しいお方だ。不要な発言は控えないといつ怒りが爆発するか分からねえな。


 でもまあ、見てる限りは大丈夫そうだ。この人は見た目には反してどこか明るすぎるところもあるけど、根は真面目そうだし。それに、この人は『綺麗系』に分類される美人さんだ。身長は俺の首辺りでそれなりの低さを保っていて、華奢な体系ではなく、それなりに引き締まっている健康的な体だ。うん。健康的だな。


 ……………あぁ、あれな。別に『膨らみがない』とか言ってるわけじゃないよ? 俺はただと言ってるだけだからね? 本当だよ? うん、本当だ。そう。俺は嘘は決してつかない付かない……こともなきにしろあらず。


「だから安心して! 井上君も立派な男の子だよ!」

「そっ、そうですか……」


 面と向かって『いい男の子』って言われると気分が良いもんだな。へへっ。もっとも~っと言ってくれ!


 ……そうだ、浮かれてはいけない。相手はあの強敵『女子』だからな。集中集中。


「そういえばさ、あなたの席は一体――」

「すいません! それはあの、…………井上君の真後ろの席なんだけど気付かなかったかな?」


 そ、そうだったのか。……うん? ちょっと待て。この人は今俺の真後ろの席って言ったのか? そっ、それなのに俺はこの人の存在にすら気づけなかったとは……。

 これは非常に申し訳ない。だからこの人は俺に向かって『覚えてる?』とか言ってきたんだな。これはしっかりと謝らねば……


「すいません。俺、周りの事をあまり見ていなかったものだから、あなたの席の位置を把握できていませんでした。本当に申し訳ありませんでした」

「気にしないで! そんなことよりも千春は大丈夫なのかな? なんだか心配になってきたよ」


 …………ん? この人は公咲さんと『友達』……なのか?  


「あの、つかぬことをお聞きしますが、そのー……」

「何でも聞いていいよ! なになにぃ~?」


 とてもかわいらしい顔で俺の顔を覗いてくる。

 か、顔が近いっつうの。よし、ここは勇気を出して聞いてみよう。聞かないと始まらないし。


「その、……公咲さんと友達、なんですか?」

「……………………」


 あれ? この沈黙は一体何なんだろうか。俺、そんなに変な事を聞いちまったか?

 その答えは……いいえ――のはず。まずい。この人の顔に何かとても怖いものが宿り始めた気がする。でも俺はそんなものに怖気づいている暇なんてねえんだ。とりあえず、俺がまずいことを聞いたか確認しとかねえと。


「あの、何で黙っているんですか? 俺、そんなにまずいこと聞きましたかね?」

「…………いえ。そんなことはないわ。それとさっきの質問だけど、必ず答えないといけないのかしら?」


 口調が突如として冷たくなった。それとこの人を包んでいる何かもそれらしいものに変わった感じがする。これがこの人のなのか? いや、まだ判断するには早いか。


「あっ、できれば答えて欲しいんですけど、…………はい、答えてください」

「分かったわ。私は……公咲千春と友達だわ。それも、ね」

「古くからとは幼馴染みたいなものですか?」

「ええそうよ。私たちは小さいときから親同士が仲良くしていたものだから、私たちも自然と仲良くなったの。」

「後、もう一つ聞きたかったんだけど、お名前、教えてもらってもいいですか? まだ聞いていなかったので」

「ええいいわよ。というより、井上君の席の後ろだから私の名前の検討ぐら――まあいいわ」


 …………俺、この人に心のどこかで蔑まされてるような気がするんだけど、気のせいかな? それにあんなにテンション高かったのに急に低くなられるとこっちの対応が困るというかなんというか。


「私の名前は、うみ なぎさ。その、変じゃないかしら?」


 おい。俺に上目遣いすると痛い目に遭うぞ。そ、その可愛い目を向けるという行為を今すぐやめろ! おっ、俺は上目遣いに弱いん、だよっ。


「べ、別に変じゃないぞ? むしろ、かわい―—何んともねえ名前だと思うぞ」

「……井上君。その『何んともねえ名前』とはどういう名前の事を言うのかしら。具体的に説明してもらえると嬉しいのだけれど、どう、かしら?」


 で、出たな、あの上目遣いめ! もう、俺はそんな手には乗らないぞ! でも、でもやっぱりかわいい目を向けられたら聞くしかねえよな! 


「喜んで説明しましょう。お嬢様」

「……井上君。申し訳ないのだけれど、井上君の視線に不吉なものを感じるからあまり私を見ないでもらえる? ……吐き気がしてきたわ」


 …………なんだと? 俺の視線に不吉なものを感じるとはどういうことだ! 俺はそんな悪意を込めているつもりはないんだけどな。……もしかして変な目で見ていることがバレていたのか? いや、決してそんなことはないはず――だよな。


「すいません、初対面の方に罵倒するとはどういう事でしょうか具体的に説明していただくと嬉しいのだけれど、ど――」

「井上君こそ初対面の方の真似をするとはどういうことなの? 相手に不快な気持ちをさせたというで謝ってもらえないかしら?」

「おい、って何だよって!」

「文字通りつみつみよ。その程度の事も分からな――あっ、井上君のような低脳には字も読めな――理解できなかったかしら? それならごめんなさい。私としたことがこのような無礼をしてし―—」

「ああ! もうお前ホント腹が立つ! 海氣さんよ、俺の事を罵倒しないと居ても立っても居られなくなる病にでもかかってんのかよ⁉ そうじゃなかったらやめてくれ! ホント!」

「そんな病気にはかかってもいないし、あなたを罵倒しているつもりもないわ。私はただ目の前の事実を並べてるだけなのだけれど?」


 ダメだ。俺、こいつとの相性が悪すぎて話にもならねえ。…………しまった。そもそもの話、公咲さんの行方を追わなきゃならないんだった。


「分かった分かったごめんなさい俺が悪かったです。後、あなたの名前さ、海氣さん、でいいか?」

「今更そんな許可を取らないでもらえるかしら? 本来なら許可を取るのにいち早く行動を起こすべきだったでしょ? これだから低能は困るんで――」

「なあ! 俺たちの本当の目的って何だっけな! 大事な事あったよな!」

「突然何を言いだ…………」


 海氣の顔が少し歪む。そして焦りも出たようだ。しかし恥ずかしいのかすぐにきりっとした表情に戻る。

 あの可愛い表情はもう見せてくれねえかな。だが今はそんなことはどうだっていい。これで海氣さんも少しは理解しただろう。今、俺たちの置かれている状況に。


「なあ、分かってくれたか? もう、俺たちの自己紹介も済んだことだし、そろそろ俺たちも動き出そうぜ? その、海氣さんの友達も危ないんだろ?」

「…………ええそうね。行きましょう。それと、井上君は私を呼び捨てでも名前でも好きなように呼んでもらっても構わないわ。それは私たちの友好度に沿ってあなたが判断してくれたらいい。私は当分は井上君って呼ばせてもらうけれど」

「分かった。じゃあ、さん付けで呼ばせてもらうぞ。よし、なら決まったことだし行くとするか。」

「ええ。それじゃあ私についてきて。今からその場所に行くから。……吐き気がするけれど仕方ないものね」

「了~解」


 ……ちょっと待て。今俺に向けて変な言葉が飛んできたような――


「なあ海氣さんよ」

「どうしたの? 何か気になる事でもあったのかしら?」

「いや……さっきさ、俺に向けた海氣さんからのひどい言葉が飛んできたような気がしてよ。 それこそ、ばと――なんもねえや。気にするな。気のせいだったみたいだからよ」


 突然俺が怒りを放とうとすると、海氣さんが突然肩をビクビク震わせ始めたから、もし俺がこのまま怒っちゃうと、海氣さんが泣いちゃうかもしれないからやめておこうと思ったんだ。それに俺もそこまで鬼じゃねえからな。ここは男の優しさの見せ場ってもんよ。


「……そう。なら最初から話しかけないでもらえる? あなたに時間を割いてる余裕なんてないのよ私には」

「おまえな! ……そうだな。今は公咲さんを助けに行く方が大切だよな。ごめん。俺が悪か――」

「気にしないで。ほら行くわよ」

「……おう。分かった」


 ……俺さ、海氣さんの性格よく分かんねえわ。今まで数多の人間を観察し分析してきたこの井上検察官でもあの『海氣容疑者』はどうにも分析できねえ。だから、このままでは不起訴になってしまって俺の手柄が無くなっちまうかもしれねえよ。


 ……まあまあ冗談は置いといて、海氣さんは急に優しくなったり、厳しくなったり、怯えたりして俺にはちっとも理解できねえ。まあ、時々見せるあの感傷に浸ってるみたいなあの顔を見るとこっちまで悲しくなるような感じもしてくるんだよな。それと、もし俺がこの話題を振りなおさなかったら海氣さんはあのまま俺を罵倒し続けたのだろうか。


 …………考えただけでもぞっとするよ。ふう~、こええ。


***


そして、旧校舎に向かっている俺たちは何故かは分からないが、俺が前で海氣さんが後ろという配置になっているのだが……これは一体どういうことなのだろうか。こうなったのはつい数分前のことである。


「なあ、この校舎って立ち入り禁止じゃなかったっけ? お~い、海氣さ~ん」

「いえ…………そんなことはないわ」

「いや…………今あなた木製の立ち入り禁止の看板抜いたよね? 何が『そんなことはないわ』なのかな? てか、看板踏みつけちゃってるし! やめてあげて! 看板がかわいそうだよ! 旧校舎だからって何をしてもいいわけじゃないんだよ」

「……………………」


こいつ……黙秘を貫き通し始めやがったぞ。くそっ、まあいっか。こんな奴。


「じゃ、じゃあ、早く入ろうぜ? 入り口で立ち止まっていても助けられねえしさ」

「そっ、そうね。行きましょう」

「……おい。俺の服をつまむな。あっ、もしかしてこういう所怖かったりするか? まあ、それなら仕方な――」

「そんなことはいいから早く行ってもらえないかしら? 千春は今も危険にさらされてるというのに」


うわっ、出た出た。友達の事守る自分優しいアピールが。それとしれっと話もそらしてるし。なかなかのやり手だな。


「おう。なら行くか。ちなみに校長室はどこなんだ? 俺、忘れちまってよ。てか見たことねえからさ」


そうなんだよ。俺たちの学年から新校舎で学習することになったから、この校舎の内装とか教室の配置とか分からねえからな。そこで俺は公咲さんの場所も知っているという海氣さんに場所を聞いてみようかなと思ったわけだ。


「……………………」


……あれ? また黙秘ですかな。この黙秘はさっきと違うぞ。あっ、こいつの目が泳ぎ始めた。どうしたんだ? あら、頬まで赤くしてしまって。どうしたのかしら。


「お~い海氣さ~ん。場所分かりますか~」

「……残念ながら分からないわ。けれど校長室ってことだけは分かってるのよ」


あぁ~、あいつらの会話にもそんなこと言ってたような気がする。そうか、会話を聞いて場所を知ったから俺にあんなにも強がってたってわけだ。これで合点がいったよ。そういう事だったんだな。


「まあ、校長室って大体は一階のフロアなんじゃないの? それと端っこだったような気がするよ。そんじゃ、とりあえず行ってみる?」

「……ええ、行きましょう。じゃあ先頭お願いできるかしら?」

「分かってるよ。心配すんな。ほらチンタラしてるとってくぞ」

「ま、待ってよ。うん。行こっか」


おっ、また可愛い顔出してくれたぜ! やっぱ可愛い顔見ると心が安らぐな~。俺、生まれてきて良かったよ。


***


そして、コの字型の校舎をさまよっていたら俺たちはとうとう校長室を見つけてしまった。


「おい、あれだよな校長室」

「ええ、そうね。あれだわ」

「ど、どうする? どっちが前で乗り込む?」

「……そんなの今の陣形のまま出陣すればいいじゃない」


あぁ~、出た出た。海氣さんの例えって思ってたけど、結構変わってるよな。男子では見たことあるけど女子ではないな。うん。変わってるよ。海氣さんは。


「おおそうだな。…………ってそんなのでいいわけねえだろ!」

「しぃぃ~~……静かに。見つかったらどうするの」


口に人差し指を当てて少し前に(俺に向いて)体を曲げ可愛らしく指示してくる。


「ごめん、俺が悪かった。じゃあ、一回ドアの横まで行くか。それでもしも深刻だったら即乗り込んでまだいけそうだったらベストなタイミングで乗り込もう。それでいいか?」

「ええ分かったわ。それと一つ言いたい事があるのだけれどいいかしら?」


おっ、こりゃまた突然何を言いだすんだ?まあ、あいつの顔を見る限り、聞く以外選択肢なさそうだな。また怖い顔してるよ。この人。


「ええ構いませんよ。俺に何なりとお申し付けください」

「…………ちょっと不満が募ったけれど、言わせてもらうわ。仮に千春が悲惨な状態だったらあなたも同じようにするから覚悟しておいて。……それだけよ」


いや、カッコよく『それだけよ』とか言われてもだな、そんなことをされちまうと思うと居ても立っても居られな――くはならねえから、大丈夫だな。うん。


「それだけだな? よし、なら作戦開始だ。その前に一度儀式をしよう」

「……それはどんな儀式なのかしら? もしも私の体に何かするのだったら警察に通報するから覚悟し――」

「しねえよ! 心配しなくて――あぶねえ。あいつらに聞こえちまうところだったな。それで、儀式はだな……よし、海氣さんよ。俺の手の上に自分の手を重ねてくれ」

「やっぱり、私の体に何かする気なのかし――」


俺は小声で


「しねえよ! だから早く!」

「——ええ分かったわ。……こうでいい?」


俺たちはあの体育祭とかチーム戦でよくやる『円陣を組む』のとは別に一人が前に手を出し、それ以外の人が上に重ねて「えいえいおー!」っていうあれをやろうとしているんだ。だから、卑猥な事は決して考えたりはしてないよ? 海氣さんの手が小さくてやわらかくて気持ちいいとか考えてないからね? 本当だからね?


「おう。よし、なら掛け声をかけようぜ。俺が初めに言うから『おー!』って海氣さんは返してくれ。その前は俺が言うから」

「分かったわ」

「よし、それじゃあいくぞ?」

「いつでもどうぞ」


あぁ~恥ずかしい! これ、本当に言っちゃっていいのかな? うん。当たって砕けろって言うし、もう砕けちゃおう!


「しんなぎ特攻隊、いざ出陣だ!」

「『おー!』」


やっぱ恥ずかしいぃ~! でも砕けちゃったし後は、元通りにすればいいだけだ!

 

「ふふっ、面白いわね。いつから私たちしんなぎ特攻隊なのかしら? というよりネーミングセンスが乏しすぎて驚いてしまったわ」

「仕方ねえだろ! 俺だって今とっさに考えたわけだしよ! 」

「ほら行きましょ。掛け声かけたんだから。これじゃ掛け声の意味がないじゃない」

「……おっ、おう。よし、行くか」

「ええ行きましょ」


こうして、『しんなぎ特攻隊』は校長室に向かっていったのであった。果たしてしんなぎ特攻隊の行方は⁉ 気になる方は次の話までお待ちください!

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俺はただ、いじめを受けている子を救っただけなのに。 月出 時雨 @hakumaru

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